フルーツナイフ
檸檬
第1話
蝉の声が目立つ八月の上旬。分厚い毛布を羽織り、毒島は南極大陸でペンギンの生態調査をする隊員さながらだった。
『夏に風邪ひくのって意味わかんねぇよな。コーヒーで溺死するみたいなもんだろ。』
毒島は飲みかけのぬるいポカリを傾けてながらそう吐き捨てる。
『それ、また冷やしとけ。暇じゃないんだ。買い物くらい這ってでも行くんだな。』
桃は、飲みかけのポカリを取り上げ、冷えた水を分厚い毛布に投げ落とす。
『……で、こっちにも用ができた。電話がきたよ。俺らのボスの娘がいなくなったってさ。探してこいって、年頃だしどうせ家出だろ。
この前は、おもちゃの指輪が抜けなくなったから呼ばれたんだぞ。溺愛するのもほどほどにしてほしいな。コーヒーで溺れるよりもたちが悪い』
桃が冷蔵庫の右奥にポカリを入れながら言う。
『今回は1人で行くんだな。這ってでも行きたいところだがナイフも握れそうにない。まあ、そこらへんにいるんじゃないのか。ボスの家の周りでも探してこいよ。散歩は健康にいいからな。頭も良くなって考えも前向きになる。あの娘も少しは可愛らしく見えるようになるだろ。』
毒島は両手を小さく上げ、己の非力さをアピールしながら布団に横たわる。
引きずり出してやろうかと思ったが、この暑い中、病人を歩かせるほど残忍ではないと考え直し、桃は毒島の家を後にした。
残った毒島はペットボトルを空中で縦に回転させ、もう一度立たせようとするが、まだ中の水が多く、鈍い音を立てながら畳に水滴がつくのを見ていた。
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