【第8章】木村柚月の視点(日本)

2024年9月2日(月) 東京都豊島区の中学校


「ねえ、さなえちゃん。

どうして今回の英語テストでそんなにいい点取れたの?いつもギリギリでしょ?」


「えへへ!だって、私って天才だから!」


「からかわないでよ!教えてってば〜!」


「うーん…どうしようかな…ゆずが親友だから、特別に教えてあげてもいいかも?」



さなえは、私が必死になって頼む様子を見てニヤニヤしてる。ほんとムカつく!



「早く〜!私たち友達でしょ?」


「ははは、ゆずって怒ると本当に面白い!」


「別に怒ってないし。ただちょっと、がっかりしただけ…」


「ごめんごめん、そんなに拗ねないで。

私が何か教えられるなんて滅多にないからさ。

実はね…『セカセマ』ってやつ使ってたんだ。」


私は耳を澄ましていたけど、思わず驚いてしまった。


「セカセマ?それって日本のサービス?」


「うん、ママが教えてくれたの。

ママ、そこでコミュニティマネージャーやってるんだって。

男の人もけっこう利用してるから、試してみたらって言われて。」


「えー!?つまり、出会い系みたいなもの?

男子とやり取りしてるってこと?すごいじゃん!」


「イケメンと文通できたらいいなーって思ったけど、まあ宝くじみたいなもんよ…」


「それでも、誰かとやりとりはしたんでしょ?結構メッセージ送ったの?」



このアイデア、シンプルだけどすごく面白そう。

同じ趣味の人と話せるなんて最高じゃない?



「やる気満々って顔してるね!でもね、やりとりって長く続かないのよ。

大体1、2週間?長くても3週間。

だって、世界中と話せるから、すぐに飽きちゃう人も多いの。」


「でも、好きなことについて話せるなら、それだけで楽しいじゃない?」


「うん…まあ、最初は楽しいかな。

でもたまに変なメッセージも来るし。

やってみたいなら、招待リンク送るよ。」


ピッポン!


メッセージが届いた。

アプリをダウンロードしておこう。登録は今晩しようかな。

まさか、これが私の人生を大きく変えることになるなんて、この時は思いもしなかった――。


◆◇◆


やっと宿題が終わった!

さなえちゃんが言ってたことを思い出す。


「世界中の人と繋がる、それがセカセマの目的!」

そうだ、世界は狭い。


私は絵を描くのが好きで、美術全般や切手も大好き。

でも、こういう話題ってクラスじゃできない。誰も興味ないし…。

ファッションにも興味はあるけど、それは話を合わせるため。

正直そんなに面白くない。

スマホでセカセマのアプリを開いて、登録を始めた。


「ユーザー名を入力してください…」


とりあえず、木村柚月と入力してみる。


うーん、早苗ちゃんが「本名は使っちゃダメだよ」って言ってた…。クラスのみんなに知られたら、からかわれちゃうかもしれない!


漢字の一部だけ使ってみようかな。


「木柚」


「名前をちょっとおしゃれにアレンジしたって感じ。これ、けっこう気に入ったかも」


でも……日本人じゃないと読めないかも。ダメだな。


世界中の人が読めて、メッセージをくれるかもしれないし、ローマ字の方がいいかも。


翻訳したらどうなるんだろう?


「英語だと… "Tree Yuzu"? なんかちょっと味気ないな…」


ネットの名前って、どうしてこんなに悩むんだろう?


「もう眠いし、今日は早く終わらせて寝たい…」


私の夢は画家になって、パリの美術学校で学び、ルーヴル美術館を訪れること。でも、画家なんて稼げないし、周りの期待とは違うんだよね。


フランス語だったらどうかな? フランスに友達ができたら、うれしいかも。


「フランス語だと“arbre yuzu”か…」


響きがきれいで、なんだか気に入った!


「ユーザー名:arbre-yuzu」


これで決まり!


今度は投稿を作れる!


「投稿タイトル:?」

趣味について語りたいし…正直にいこう。


「タイトル:切手集めしてます」


次は本文…

えっ!?もう23時37分!?

なんでこんなに時間かかってるの!?


「こんにちは、[arbre-yuzu]です。

東京に住んでいます。

世界中の切手を集めているので、ぜひお手紙をください!」


…いや、住所書くのはちょっとリスキー。

気が合う人ができてからにしよう。


「メールでも大丈夫です。東京や日本についてお話しします。」


これでよし!

おやすみなさい。

明日、通知が来てますように…。


◆◇◆


2024年9月6日(金) 東京都豊島区の中学校


「どうしたの、ゆず?なんだか元気ないね…」


「セカセマのこと…登録したのに、何にも来ないの…」


「えっ、何にも?荒らしすら来ない?」


「うん…まったく…」


「えー、そんなことある? …どれどれ、メッセージ見せてみて。」


さなえは私の投稿を見て、深いため息をついた。


「ゆずちゃん…正直すぎたんじゃない?

荒らしも来ないのはむしろ良いことだけど、内容ちょっと地味すぎるかもね。変えてみたら?」


「でも、何か別のことを書こうかな? 興味ない人に無理に読んでもらわなくてもいいし、慣れてるから…」


「でもさ、男の子に会うのってすごく難しいでしょ?

授業にもほとんど来ないし、来ても滅多に話せないじゃない!

せめてセカセマなら、誰かの目に留まる可能性はあるよ!」


日本では、多くの男性は女性を怖がっていて、話しかける勇気がない。


法律では男性は最低5人の妻を持たなければならないけれど、その制度は不公平だ。


「それに、男の子って結婚が遅いし、しかも護衛付きでしょ? セカセマで私のことを見てくれる人がいたとしても…別に期待なんてしてないよ。」


この前なんて、ネットオークションで「結婚の申込み権」を売っている男の子まで見たことがある!


私は“結婚のためだけの結婚”はしたくない。


今の状況じゃ夫なんて見つからないだろうし…


だったら、海外の人と話して、少し夢を見るくらいはいいよね。


「ほら、元気出して! カラオケでも行って気分転換しよっか!」


◆◇◆


2024年9月8日(日) 午前7時45分 東京都豊島区


ピッポン!


…えっ?朝からスマホの通知?何事!?

見てみると、ついにセカセマにメッセージが!

荒らし…じゃないといいけど…


Tana-kタナ・ケ @arbre-yuzu

 こんにちは!東京に行くつもりです。おすすめの場所はありますか?


すごい!ついにきた!

しかも日本語で書かれてる!

えっと…来年って何かあったっけ? …落ち着け、まずは観光名所から書こう。


arbre-yuzu @Tana-kタナ・ケ

 観光なら、武蔵タワーとか浅草のお寺とか…

 それに、渋谷とハチ公像はすごく有名で、友達と出かける定番スポット!

 ところで、日本にはいつ来る予定ですか?



私の初めての返信…!やったね!


ピッポン!


えっ、もう返信!? 早すぎじゃない?

…それとも、他にも誰かから?


Tana-kタナ・ケ @arbre-yuzu

 まだはっきり決まっていませんが、2026年明けくらいを考えています。



ええと…何て返せばいいかな?急いで!


arbre-yuzu @Tana-kタナ・ケ

 3月〜4月は桜が咲いてとても綺麗です!

 友達と一緒にお花見するのにぴったりの時期ですよ♪



もし仲良くなれたら、さなえちゃんと一緒にお花見に行って、お弁当食べたりしたいな〜!


ピッポン!


Tana-kタナ・ケ @arbre-yuzu

 それって、日本の新学期の時期ですよね?

 テレビで見たけど、本当に綺麗そう!


◆◇◆


Tana-kタナ・ケちゃん……。お母さんが日本人ってことは、「タナ」は苗字かな。


一つの漢字なのか、それとも名前の最初の音なのかな? なんか田中っぽいね。


でも「k」…これは名前の頭文字かな? ケ?

ケちゃん、きっとけいちゃんに違いない!


ニックネームがシンプルだから、私に似てるかも。

仲良くなれたらいいな!


◆◇◆


2024年9月9日(月) 朝8:20 東京都豊島区の中学校


「おはよう、ゆずちゃん!週末楽しそうだったね!

なになに?もしかして男の子と出会ったの?」


「そんなわけないでしょ!私はチビだし、運動もできないし、勉強もまあまあだし…」


…でも、いつか出会えると信じてる。


「昨日、メッセージが来たんだよ!」


私の話を聞いて、さなえちゃんが優しく微笑む。


「やっぱりメッセージ変えたのが良かったんだね!」


「変えてないよ!最初のまま!」


さなえちゃん、目を丸くして驚いてた。


「英語で返信、大変じゃなかった?」


「ううん、kちゃんは日本語で書いてくれるの。フランスに住んでて、これから日本に2年間来る予定なんだって!

日本語能力試験に合格しないといけないらしいよ。」


興奮して話しすぎたせいで、さなえちゃんはついてこれない様子。


「じゃあ、名前はケイトっていうの?」


「ううん、たぶんけいちゃんだと思う!しかもね、

 私たちと同い年なんだって!

 ちょうど土曜日が誕生日だったらしい!」


さなえちゃんは少し真剣な表情になった。


「嬉しい気持ちは分かるけど、気をつけてね。ネットって危ないこともあるから…」


――もし、kちゃんが私の思ってる人じゃなかったら?

…でも私は信じたい。このまま友達になれたら、嬉しいな…。


――――――

ケンはフランス語圏出身で、ペアネームを考える際にTana-kタナ・カ=「田中」という意味を込めて選びました。

ただし、「Tanaka」はすでに使用されていたため、この形になったのです。


一方、柚月はケンが男であることを知らず、Tana-kタナ・ケを見て、[k] を日本語のけいと解釈してしまいました。


そのため、彼女は「Tana-k」を「田中恵ちゃん」という日本の女の子の名前だと誤解してしまったのです。


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