第5話 決断の時

 一触即発のただならぬ空気が、桜夜と二人の副長の神経を研ぎ澄ませる。

 己に向けられた刃と敵意。普通の人間ならば怯えや恐怖をその顔に浮かべるというのに、寧子は一切の感情の揺らぎを見せない。そのうえ――


「伊織、額。神器を収めなさい」

「なっ……!」


 抵抗するなと従者たちに指示する始末。


「何をおっしゃいますか! この者は寧子様に危害を加えようと――」

「収めなさい」


 有無を言わさぬ輪皇の厳命に、額は不承不承、番えていた矢を下ろす。反対に伊織はすんなりと命を受け入れ、納刀していた。


「このまま逃避行を続けたとしても、二人だけで生きていくには限界がある。さっきも言ったけれど、嵐慶たちに見つかってしまうのも時間の問題よ」

「そんなことは――」


 桜夜が否定しかけたところを、寧子がかぶりを振って押し留める。


「たとえあなたが人智を越えた力を持っているとしても、たった一人で数多の敵から大事な家族を守りきるのは難しい。いずれ心身ともに果ててしまう」


 だから、と寧子は一呼吸おいて再び目元を和らげる。自然とこちらの心が落ち着き、安堵させるようなたおやかさをもって。


「わたしたちが後ろ盾となって、あなたたちを守る。あなたたちの人としての尊厳を、幸福を――決して彼らに奪わせはしない」


 偽善だ。自己満足だ。

 警戒するもう一人の自分が、心の中でそう囁きかけてくる。


 けれど、これまでの彼女が見せてきた言動や清廉な笑みが、権謀術数をめぐらせているはずがないと桜夜に思わせた。本当にそんな腹黒さを持っているのなら、すでに自分と蓮夜はあらゆる手段と力をもって屈服させられていたはずだ。

 かつて自分が仕えていた、あの暴君のように――。


「すぐに心を許せとは言わないわ。ゆっくり、少しずつでいいからわたしたちのことを知ってもらいたいの」


 寧子の純粋な慈愛がまるで魔性の囁きのように聞こえてならず、判断を鈍らせる。

 本当に彼女たちから差し伸べられた手を取ってもいいのかと桜夜が逡巡していると、ふと肩を軽くつつかれた。


「姉ちゃん」


 振り向くと、蓮夜がいつもの晴れやかな笑みを浮かべていた。


「寧子様を信じよう」

「蓮夜……」

「二人であちこちを回って隠れ住んでた時、姉ちゃんは万が一に備えて一日中ずっと気を張ってたでしょ。他でもないぼくを守るために。だから、ずっと申し訳なく思ってたんだ。何もできなくて守られるだけの自分が悔しくて情けなかった」

「そんなこと思う必要は――」

「わかってたよ。姉ちゃんならそう否定してくれるって。でも――」



 ぼくは、ぼくのせいで……姉ちゃんが傷つくのを見たくない。



 静かに、悠々と燃え盛る紅炎を宿した赤瞳が己が目に焼きつく。

 蓮夜が抱いていた本当の想い。それを真っ直ぐにぶつけられ、桜夜は言葉に詰まった。


「もし姉ちゃんに何かあったら、ぼくは自分を許せないよ。無力で、助けられてばかりの自分を後悔して最後には恨む。そうならないように、今はそんな自分を変えられる機会でもあると思うんだ」

「自分を変えられる機会」

「うん。だから、ぼくはこの人たちについていきたい。それに、ぼくだって男だしね! いつまでも姉ちゃんに甘えて守られてばかりいちゃ恥ずかしいから」


 はにかむ弟の姿をぼんやりと眺めつつ、桜夜は心中で独り言ちる。


 ――いつの間に、こんなに逞しくなったんだろう。


 ずっと自分が守らなければと思っていた。父からの遺言が使命感をより強くさせたというのもある。けれど、蓮夜も胸に秘めていたものがあったのだ。


 寧子の提案と蓮夜の意志。双方を蔑ろにしてしまって良いのだろうか。

 桜夜は熟考し、最善の答えを導き出す。

 皆が固唾を呑んで見守っているなか、桜夜は〈水牙〉を解いて寧子に向き直る。


「わかりました。寧子様のご意向に従います」


 桜夜の賛同に、寧子と蓮夜はかんばせが華やぐ。


「ただし、二つ条件があります」

「何かしら」

「一つは蓮夜の安全を保障すること。蓮夜に絶対手を出さないという証明を、今ここで私に見せてください」


 寧子は目を細めて思案し、やがて繊手で〈黄心〉を包んだ。すると〈黄心〉が淡い光を放ち始める。


「〈無空むくう〉」


 寧子が唱えると、蓮夜の周りを黄金の神力が覆った。濃密で洗練されたその神力は、やがて極薄の膜となって空気に溶けこむように消えていく。


「今、蓮夜の周囲に護身用の結界を張り巡らせました。この結界――〈無空〉はあらゆる攻撃や干渉を防ぐ、いわば最強の盾。伊織」

「はーい」


 伊織は返事をすると同時に〈黒翼〉を抜き、大きく振りかざした。そのまま蓮夜めがけて刃を真っ直ぐ振り下ろす。


「蓮夜!」


 桜夜が防護に出ようとすると、すかさず額が彼女を捕えて蓮夜から引き離した。


「何をっ」

「いいから大人しく見ていてください」


 蓮夜はぎゅっと堅く目を閉じ、咄嗟に両手で頭を守ろうとする。

 桜夜が蓮夜に手を伸ばした瞬間、伊織の上段斬りが蓮夜に直撃した。が、しかし――


「……?」


 蓮夜がおそるおそる目を開け、見上げると、すんでのところで伊織の刀が制止していた。まるで、見えない何かによって押し留められているかのように。


「うーん、相変わらず寧子様の〈無空〉は堅いなあ。流石、最強なだけあるわ」


 逆にこっちが押し返されそうなんやけど、と伊織は鋭い犬歯を覗かせて苦笑する。彼のこめかみからは汗が一筋伝った。


「それ全力?」

「悔しいことに」


 不敵に笑む寧子に、伊織は未だ歯を食いしばって愛刀に渾身の力を込める。だが、〈黒翼〉はびくともしない。


「見ての通り、親兵局きっての刀の使い手をもってしても結界は破れない。物理攻撃はもちろん、神技すらも通さない」


 これで証明になるかしら?


 寧子がこちらの顔を窺う。桜夜はひやひやした心臓を宥めつつ「……ええ」と承知の意を示した。


「そうだわ。桜夜にも〈無空〉を――」

「いえ、結構です。自分の身は自分で守りますから」

「でも……」

「これは私の矜持ですので」


 頑として譲らない桜夜に、寧子は根負けして次へ進む。


「それで、もう一つの条件は?」


 問われて、桜夜は居住まいを正して答えた。


「私を輪皇軍に入れてください」

『えっ……⁉』


 寧子と蓮夜の驚愕が同時に発せられる。額も瞠目し、しかし伊織だけはなぜか不敵に口の端を吊り上げていた。


「それでは本末転倒よ。あなたを戦場に立たせてしまったらもう隠れようがないし、あなたが生きていると知った瞬間、嵐慶は間違いなくあなたを奪おうとするわ」

「蓮夜と同じく、私もただあなた方に守られるだけの存在ではいたくない。私はこの手で、自らと大切な人の脅威を打ち払いたい。それに、嵐慶は父の仇でもあります」


 わずかな怒気を滲ませて、桜夜は当時を回想する。

 戦力を立て直すことを口実に、嵐慶は柳夜や自分を囮にした。そして、両軍を相打ちにしようとした。

 呪縛の主従関係が柳夜に自害を強制させた。理不尽な死に向き合おうとする父を止められず、守りきれず、ただただ言われた通りに戦場を脱することしかできなかった。


「私は、弱い」


 桜夜は呻くように呟き、面伏せる。

 主や自身に仇なす敵の命でさえ、それを奪うという重責が肩にのしかかって刀を振るえなくなる。過去のトラウマが邪魔をする。しかし、自身の意志に反して異形の姿をとれば、いとも簡単に他者を殺めてしまう。それほど強大な力をこの身に宿しているというのに、いざという時、大切な肉親一人すら守れない。


「そのうえ、私自身の力を望むままに使うことができなかった」


 半端で芯の通らない心の未熟さに、幼い頃からずっと己を責め続けてきた。


「だからこれからは私の意志で、正しくこの力を使いたいのです」


 揺るぎない本懐を包み隠さず打ち明けた桜夜に、寧子は「なるほど」と頬を緩めた。


「嵐慶はあなたの力を『破壊』に使おうとした。けれど、私からすればその力は『守護』にこそ相応しいものよ」

「守護……」

「あなたが弟を守ろうとしていることだってそう。何かを絶つのではなく、存続させることがあなたの真なる力を発揮させる動機となるはず」


 寧子は一息ついて言う。


「いいでしょう。輪皇軍の入軍を正式に許可します」

「ありがとうございます」

「あなたの所属は親兵局。正式な入局をもって、輪皇軍の一員とします。それでもいいかしら?」

「問題ありません」

「それと、なにかあった時のために伊織をあなたの傍につけるわ」

『え』


 桜夜と伊織の音吐おんとが重なり、互いに顔を見合わせる。


「ボクが桜夜ちゃんと四六時中、一緒に行動するんですか?」

「気色の悪い言い方はやめろ」


 桜夜が睨みを利かすと、「辛辣」と伊織は肩を揺らす。


「こう見えて伊織は副長の肩書に相応しい……いえ、それ以上の実力を持っている。性格には少々難があるけれど、あなたの護衛には打ってつけよ」

「いえ、私に護衛は……」

「額ちゃんはともかく、寧子様にもボクの人格を悪く言われるのは傷つくなあ」

「と言いつつ、別に傷ついたような顔をしていないではないですか」


 桜夜が言いかけたところを、伊織と額の応酬が阻む。

 また始まった、と言わんばかりに寧子は肩を竦めつつ、再び口を開く。


「なにも護衛という名目だけではない。彼には、あなたが意図せず蛇女になってしまわないよう見守っておいてほしいの」

「要するに監視ということですね」

「そんな物々しい言葉で片づけるつもりはないわ」


 寧子が苦笑しながらそう付け加える反面、桜夜は表情を硬くする。


 ――当然か。


 万が一、蛇女になってしまった場合、まだ訓練が足りていない自分は敵だけでなく味方をも手にかけてしまう。そんな危険極まりない生物を、何の鎖も繋がず自由に放し飼いしておくのもおかしな話だ。


「伊織。引き受けてくれるかしら?」

「うーん、そうですねえ」


 伊織はわざとらしく顎に手を添えて、桜夜を見定めるように凝視する。

 桜夜は眉を顰め、額もまた『早くはいと言え』と無言の圧をかけている。


「ま、いいでしょう。寧子様のお願いとあらば」

「最初から引き受けるつもりなら早くそう言いなさい。あと、寧子様に対して上から目線で言うのは無礼千万です。あなた、本当に自分の立場をわかっているのですか」


 額がぴしゃりと言い放っても、伊織は「ごめんごめん」と相変わらず軽くあしらうだけだ。その態度が気に喰わず、額の眼光はさらに鋭さを増す。


「ありがとう。それじゃあ、任務の時は桜夜と一緒に行動するように」

「え、ご飯とかお風呂とか、寝る時も一緒じゃ――」


 言い終える前に、桜夜が即座に右腕の肘を伊織の顎めがけて後ろに突き出す。しかし、彼はすんなりそれを受け止めて呵々大笑した。


「冗談やって」

「冗談でも言っていいものと悪いものがある」


 桜夜が睥睨へいげいすると同時に、蓮夜もまた伊織を蔑視していた。


「姉ちゃんに何かしたら許さないから」

「おお、怖い怖い。蓮夜くん、もしかしてシスコン?」

「しすこんって何」

「さあ、何でしょう」


 はぐらかす伊織に蓮夜は「何だよ、教えてよ」と詰め寄る。

 こんなやつを構うだけ時間と体力の無駄だと、桜夜はむきになる蓮夜に言い聞かせて伊織から引き剥がした。


「あなたたちが住む部屋は、そうね。桜夜は正式に親兵になったわけだから、局寮に移ることになるだろうし、蓮夜は……」

「できれば、蓮夜も私と同じところに住まわせていただきたく」


 弟から目を離したくないと訴える桜夜の請願に、寧子は「わかったわ」と快諾した。


「額、二人を局寮まで。それから局舎も案内してあげて」

「承知いたしました」

「伊織は桜夜に局のことと沈丁花に関する情報をすべて共有するように」

「いいんですか?」

「ええ。彼女はもうわたしたちの仲間だから。その代わり、桜夜も持ち得る情報はすべて教えてほしい。ここにいる誰よりも、あなたが一番彼らの内情を知っているでしょう」

「はい」

平介へいすけにはわたしが直接伝えておくわ。わたしは大抵、北紫殿ほくしでんにいるから、何かあったら遠慮なく訪ねてちょうだい」


 北紫殿は黄央殿から真っ直ぐ北に行ったところにある宮殿だ。輪皇の執務室や私室が併設されている。


「じゃあ、わたしはこれで」


 寧子は立ち上がるなり淑やかに身を翻し、颯爽と謁見の間を去っていった。


「平介って……」

「局長の名前です。今は局舎の執務室で書類仕事に忙殺されています」


 蓮夜が誰何すると、額がすかさず答えた。


「いやあ、これから楽しくなりそうやな。桜夜ちゃん、ボクのこと相棒って呼ん――」

「誰が呼ぶか」

「まだ最後までゆってないんやけど」


 けらけらと笑う伊織に呆れ顔で嘆息していると、額が一足先に立ち上がった。


「では早速、局寮に案内します」


 出会った時と何一つ変わらない声色で言い、颯爽と歩きだす額。背筋がぴんと伸びた凛々しいその背を追うため、桜夜も腰を持ち上げる。次いで蓮夜と伊織も謁見の間を後にした。


 敬愛する主に狼藉ろうぜきを働いたうえに刃まで差し向けた。それゆえ桜夜を侮蔑し、謗言ぼうげんを吐き捨てられてもおかしくないというのに、額はいたって平常な振る舞いを見せている。


「私は先ほどのあなたの言動を許したわけではありません」


 桜夜が訝しんでいると、額が歩を進めながら口火を切った。


「寧子様のご温情を蔑ろにし、そのうえ反抗の意を示して武器を向けるなど言語道断。不敬にも程があります。だから私があなたを嫌悪して突き放し、最後には手にかけることだって容易い。ですが――」


 額は一呼吸おいて、どこかもどかしそうに言う。


「そうなることを、寧子様は望んでおられない」


 桜夜は目を瞬いた。


「寧子様があなたをお認めになった以上、私はそれに従うまで。それに、あなたは今日から私たちの仲間――同志となる。内輪揉めはご法度ですから」


 この話題はもう終いだと言わんばかりに、額はすたすたと回廊を渡り歩いていく。


 ――内輪揉めはご法度……。


 桜夜は改めて額の背を見つめた後、呑気に欠伸あくびをしている伊織を振り返った。


「ん? どうしたん」

「いや」

「えー何、気になるやん」

「別に大したことではない」

「そんなことゆわれたら余計気になるし。なあ、額ちゃんには黙っとくから――」

「くどい」


 執拗に聞いてくる伊織を適当にあしらいながら、桜夜は局寮へと向かった。




   *****




 局寮は局舎と隣接しており、全部で五棟あった。

 こちらも大陸風の瀟洒しょうしゃな外観をした建物になっており、周囲には四季折々の花木が植わっている。今は桜と梅の花が爛漫と咲き誇り、桜夜は目を細めた。


 すべて二階建てで、一階奥には食堂と休憩室ラウンジ、浴場がある。局員の部屋は主に二階に集中しているとのことだった。


「桜夜さんはこちらの部屋を使ってください。蓮夜さんは右隣の部屋を。私とこのたわけ者の部屋はご姉弟の向かい側にありますので、なにかあったら訪ねてください」

「馬鹿と愚者の次はたわけ者か。額ちゃんの悪口レパートリーもずいぶん増えてきたな」


 水を差す伊織を無視して、額は部下が用意してくれた親兵服を桜夜に手渡す。


「局員はこの制服を着ることが義務づけられています。まずは着替えを」

「わかりました」

「何着か私服も用意したので、よければ使ってください。こちらは蓮夜さんの分です」


 そこで、額の隣に立っていた佳弥が蓮夜の衣服を手渡す。


「どうぞ」

「あ、ありがとう……!」

「どういたしまして」


 上品に微笑む佳弥に、蓮夜はわずかに頬を朱に染める。

 佳弥は桜夜が任務に出ている間の蓮夜の世話役として、彼の傍に控えることになっていた。彼女もまた伊織と同じ立ち位置で、超常的な存在をその身に宿す蓮夜を監視する役目を担っている。それは彼女や額たちの口から直接聞かされなくても、姉弟にはわかりきっていたことだった。


「お、いたいた。おーい、伊織」


 ふと、赤い絨毯が敷き詰められた回廊の先から溌溂とした声が聞こえた。一同が声の主を振り返ると、こちらに歩み寄ってくる青年の姿が目に映る。

 漆黒の髪に琥珀色の瞳。身長は男性にしては低いほうで、桜夜と同じくらいだった。


 ――この人も神器所有者か。


 彼の右肩には真紅の雄壮な狙撃銃が下げられている。神器にしては目新しく大陸由来の形をしており、桜夜のみならず蓮夜も滅多に見ることができない銃型神器に夢中になっていた。


「マス」


 伊織に『マス』と呼ばれた青年は、歩を止めるや否や桜夜と蓮夜に視線を投げる。


「この人たちが例の?」

「そ。桜夜ちゃんと蓮夜くん。桜夜ちゃんは今日から親兵局員」

「え、マジ?」

「マジ」


 目を丸くする青年の反応を面白がるように、伊織は口の端を吊り上げた。

「あ、この童顔は雑賀さいか増長ますなが。通称マス。ボクの忠実なしもべ

「ちげえわ。なんつう紹介の仕方してんだよ」


 マスこと、増長は呆れ顔で言いながら伊織の頭を軽く叩く。確かに青年の顔立ちはいくらか幼く見えた。伊織と身長差があることも相まって、十代と言われても違和感がない。


 増長は軽く咳払いして、屈託のない笑みを浮かべて元気よく名乗る。


「改めて、親兵局第三部隊、隊長の雑賀増長でっす! よろしく!」

「き、清水桜夜です」


 桜夜は勢いよく差し出された手をおずおずと握り返す。続いて蓮夜も握手を交わした。


「第三部隊って……」


 増長の肩書に桜夜が疑問を抱いていると、伊織が簡潔に説明した。


「親兵局は大きく四つの部隊にわかれてて、それぞれ隊長と副隊長がおんねん。部隊はボクら副長が監督してる。ボクは第三、第四部隊。額ちゃんは第一、第二部隊。だからマスはボクの僕ってわけ」

「だから僕じゃねえっつの」


 部下と言いつつも、増長は遠慮なく上司である伊織の頭を再度叩きつける。

 こんなひょうきん者の下につくとは、この人も苦労するな。姉弟は増長に対し、秘かに憐憫れんびんの情を寄せた。


「それはそうと、マス。ボクになんか用があってここに来たんとちゃうん?」

「ああ、そうだった。沈丁花の拠点が見つかったぞ」


 増長以外、『えっ』と全員の驚愕が零れ出る。


「まあ、拠点っつっても本拠地のほうじゃないけどな。あくまで幹部がいる分拠地がわかっただけだ。昨日の夜、俺んとこの隊員が沈丁花に与している侠客と接触して、口割らせた。本丸を問い質しても、一向に答えないうえに最後は自害しやがったけど」


 増長は軽く舌打ちしてから肩を竦める。

 沈丁花は御庭番だけでなく、幕府に従属していた有力大名やその臣下たち、それから侠客なども多く参入している。その規模はおよそ数千と言われ、国内各地に拠点を設けて輪皇軍の兵力を分散させ、攪乱かくらんさせる手法をとっていた。


「どうする伊織。第三部隊俺たちが出るか?」

「そうやな。沈丁花の尻尾掴んだのはそっちやし。――あ」


 そこで伊織は何か思いついたように、桜夜を一瞥してはにやりと口の端を吊り上げる。


「せっかくやし、ここで桜夜ちゃんの初任務といこか」

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