第12話 2-6 解呪とその後
「一つ目ですが、寝台の真上にある天井の裏に呪具が置かれています。
二つ目ですが、この寝台の底の裏手に仕掛けてございます。
三つ目は少々厄介ですが、お嬢さんの身体に埋め込まれています。
特に、三つめの身体の中というのは、通常であればあり得ない場所ですが、何か心当たりがございませんか?」
「まさか、・・・。
もしや、身体の中というのは、右肩の背中辺りなのか?」
「はい、場所的にはそこですね。
小さな針のような呪具が差し込まれたように入っています。」
「そこは、二月も前に息子レオンがふざけて木の槍で突いた跡があるはず・・・。
その際に打ち込まれたものか?
いや、しかし、木の槍には何も仕掛けは無かった筈・・・。」
「誰が仕掛けたものにしろ、解呪により、呪具に呪を掛けた者にその呪が跳ね返ります。
しかも、これまでの呪いの倍返しとなります。
お嬢様の病気を治すには、先ずは解呪をしなければなりませんが、それでもよろしいでしょうか?」
「参考までに聞いておこう。
呪いをかけた者は解呪の結果どうなる?
また、解呪すれば娘は治るのか?」」
「正確にはわかりません。
が、解呪の反射は、これまでお嬢様が受けた呪を
お嬢様を助けるには、少なくとも解呪をしなければ何もできません。
解呪の結果、お嬢様への呪いが解ければ、治癒ができますのでお嬢様は快方に向かうでしょう。
但し、これほど体が弱っていては、健康体に戻るのに相当の時間がかかりますね。
そう・・・、三月ぐらいは間違いなくかかると思ってください。」
俺の回答があって、やや間合いがあった。
「そうか、それも止むを得まいな。
どのようなことになろうと、儂が全ての責任を取る。
娘を助けるために解呪をお願いする。」
「わかりました。
では、解呪を始めます。」
俺は解呪を精霊たちにお願いして脳内で魔力を拡散し始めた。
妖精たちが俺の魔力を使って解呪を始め、一分も経たないうちに、屋敷の中から続けて三つの大きな叫び声が聞こえた。
二人は女、一人は男だ。
女の一人と男は、何となくまだ幼い声のように聞こえた。
侯爵は一瞬ビクッとしたが、やがて静かに言った。
「センドリック、・・・。
最悪の結果が生じたようだが、叫び声をあげた彼らの始末を頼む。
未だ生きているのであれば、捕らえて地下牢に入れなさい。
死人であれば、そのまま遺体を外部に知られぬように始末をしてくれ。
表向きには事故とするしかない。
儂は、このままここに残る。」
指示を受けたセンドリックさんは、深くお辞儀をして去って行きました。
「解呪が無事に終了しましたので、お嬢様の治療にかかります。
右肩に残る針については、お嬢様の健康状態がもう少し良くなってから処置いたしましょう。
少なくとも解呪はできていますので、残ったものは単なる体の中にある異物に過ぎません。」
俺がエクストラヒールを無詠唱で発動すると彼女の身体がほんの短時間ながら黄金色の光で輝いた。
彼女が失ってしまった栄養までは取り戻せないが、少なくとも腕や足それに顔の部分にあった腐敗は止まり、見る見る間に皮膚が蘇ったのだ。
しかしながら枯れ木のような腕はそのままであり、その場には異常にやせこけた少女が横たわっていた。
やがてその少女の瞼が動き、細く目を開けた。
そうしてかすれた声で言った。
「あぁ、お父様、今日は気分がとても良いのです。
このまま病が治ると良いのですけれど・・・。
あら、この方は?」
「お前を治療してくれたリック殿だ。
治るには、今しばらく時間がかかるそうだが、頑張れるな?」
「はい、夢の中でお母様が私の背中を押してくれました。
ちゃんと人生を楽しんでいらっしゃいと・・・。」
「そうか、クリスがそう言っていたか・・・。
クリスのためにも元気になって幸せにならねばな?」
二人の会話に水を差すのもなんだが、帰る時間でもあるので、俺が声をかけた。
「侯爵様、お嬢様は栄養が足りておりません。
暫くは消化の良いものを食べさせてください。
概ね二十日もすれば、歩けるようになると思われますので、その折に肩の異物を取り除きましょう。
私は五日後に確認のために参りますので、今日はこれにて失礼します。」
「いや、待ってくれ。
まだ報酬の話もしておらん。」
「報酬ならば決まっております。
大銅貨一枚、それが私の診療の値段です。
但し、生憎とここは診療所からは遠すぎます。
次回からは往復の辻馬車代を加算していただければありがたいのですが・・・。」
侯爵は苦笑しながら言った。
「なんとも欲のないお人じゃな。」
侯爵は懐から家紋の入った布を取り出して言った。
「これは我が家の家紋が入った
貴族相手に困った時はこれを見せると良い。
少なくとも侯爵以下の貴族に対しては、それなりの効果はある。
但し、公爵家と王家には効かぬがな。
それと貴族街に入る折にもこれを見せれば証明書代わりになる。
大事な物ゆえ失くさぬようにお願いする。
診療費の大銅貨一枚については、明日にでもセンドリックに届けさせよう。
今宵はセンドリックも別の後始末に忙しいので勘弁してくれ。
帰りの馬車はこちらで用意しよう。
メリンダ、リック殿を診療所まで送るよう手配してくれ。
診療所は聖アンクレア教会、王都北西のスラム街近くの孤児院を併設している教会だ。
御者のサム爺は場所を良く知っている。
リック殿、五日後の訪問を娘ともどもお待ちしておる。
必要ならば迎えを出すが、どうじゃ?」
「いえ、それは、流石に気が引けます。
どちらかというと根無し草のようなハンター稼業です。
馬車で迎えに来られても直ぐに動けるとは限りません。
差し支えなければ、時間を定めずに五日後の夕刻頃ということでお願いします。」
「相分かった。
宜しく頼む。」
俺はその日の夕飯を食いっぱぐれたかと思っていたが、孤児院に戻ってみるとマザー・アリシアがちゃんと俺の分の夕飯を残しておいてくれた。
帰った時に誰かが迎えてくれるのは、前世、今世を通じてとても嬉しいものだ。
その夜は、一応の大仕事を成し遂げたという満足感に包まれ、すぐに寝入った。
解呪によって反射の呪いを受けた者が邸に居たであろうことについては、多少気にはなったものの、因果応報であって、人に呪を掛ける以上は、自分にもそれが跳ね返ることがあることを覚悟すべきだと思っているから、その者達に特段の同情は感じない。
ただ、ひょっとしたら侯爵の息子や娘だったのかもしれないと思う。
お嬢さん、・・・。
あれ?
そういえば患者の名前を聞いていなかったな。
彼女のお母さんは既に亡くなっているらしいから、あるいは側室の娘と息子それに側室辺りが後継者問題や相続の問題から派生して、本妻の娘に呪いをかけたという流れなのかもしれない。
執事さんにすぐさま始末を頼んだのは、そもそも侯爵にもそれなりに心当たりがあったのかもしれないな。
一般の人が簡単に呪を掛けられるものでもないから、誰かは知らぬけれど呪具を使った呪いの掛け方を指南した者が他に居るかもしれない。
ただ、まぁ、いずれにしても俺が詮索すべき問題ではないよね。
侯爵も表向きは事故にすると言っていた。
おそらくは、加害者が仮に生きていても秘かに処刑するつもりなのだろう。
貴族の体面を保つためには内紛を表には出してはならないのだろうね。
つくづく貴族社会というのは面倒だね。
まぁ、俺はと言えば、その頂点にある王家の血筋ではあったのだけれど・・・。
◇◇◇◇
侯爵家のお嬢さんの呪いを解呪してから、暫くは平穏な毎日が続いている。
五日おきにダイノス侯爵邸に往診に行き、お嬢さんであるクラウディア嬢の容態確認をしている。
検診と食事療法の指示をするだけで特段の治療は必要ないのだが、念のために筋力強化の付与魔法をかけている。
何せ二か月近く重複する呪いを掛けられた所為で、手足の筋肉がすっかり衰えていたから、寝返りすら中々自力ではできない状態だったようなので、その解消のために筋力の増強を補助してあげたんだ。
但し、掛けすぎるとかえって逆効果になるので、本当にわずかな支援のみに留めている。
初診から二十日を過ぎる頃には、室内をゆっくりと歩き回れる程度には筋肉も回復していたし、痩せこけていた身体にもそれなりに肉が付いてきていた。
クラウディアの年齢は俺と同じ11歳だった。
生まれ月は、俺が6月、彼女は7月だった。
この世界は一ヵ月が30日、1月から12月まであるが、夏至の1月1日が新年となっており、なぜか夏場(?)の盛りが新年なのだ。
まぁ、前世の地球でも南半球のNewYearは夏場なので、この世界で夏場に新年があってもおかしくないけれど、建国の王がそうと決めて以来、新年は夏至の1月1日なのだから仕方がない。
妖精達の話では、国によって暦が違うらしいので、暦合わせが大変らしい。
まぁ、外国に行かない限り問題は生じないんだが・・・。
クラウディアの身長は、俺よりも彼女の方が若干高い。
多分、俺が幼少期から北の塔に押し込められていて碌な栄養も取れていなかったことが影響しているだろうし、この時期の女の子は成長が早い
前世でも小学校高学年の時は、女の子の方が背が高かったように記憶している。
決して負け惜しみじゃないゾ。
俺は・・・、俺は、きっとこれから伸びるんだ。
クラウディアは未だに痩せているけれど、恐らくは美人になりそうな整った顔立ちをしている。
ここ最近は主治医と患者という立場ではあるのだけれど、クラウディアがかなり友人という雰囲気で迫ってきている。
まだ、色気づくには早いと思うのだけれど、妖精たちの調べでは、貴族の間では必ずしもそうではないようだ。
クラウディアは、貴族の子女が通う王立第一学院の生徒であり、貴族の子女は往々にして13歳までには婚約者を決めておかねばならないらしい。
もちろん身分差があるので、貴族は、貴族間での結婚しかしない。
クラウディアの場合、ダイノス侯爵の跡継ぎが居なくなったことで、婿を取る必要が生じたのだ。
それを承知しつつも、俺に関心を示すのは正直頂けない。
俺は、表向きスラム街に近い孤児院に住む平民のハンターにしかすぎないから、絶対に貴族の婿にはなれないはずだ。
単なる好意だけなら良いのだが、恋愛感情が絡むととても面倒なことになる。
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