第11話 2ー5 侯爵の依頼
最初の患者もマザー・アリシアを良く知っている知人の人達だった。
お年を召された方というのは、結構持病も多いのです。
診療所の前に立てたポールに旗を掲げてすぐに、診療室にそうした人を順番に引き入れ、治癒魔法を施して行く。
一人当たりの診療時間は、概ね五分以内にしている。
一刻(約二時間)の間に診られる人数は、概ね二十人強だね。
第一日目の終わりにエリアヒールを施す必要はありませんでした。
但し、翌日は診療所の噂を聞き付けた人々が大勢診療所の前に並んでいました。
優に50名は超えていたかもしれません。
孤児院の子にお願いして、整理券を渡すようにしてもらっています。
でも
診療所に来る人にもわかるように、孤児院の子でお手伝いをしてくれる子には、赤い十字のマークが入った腕章を付けさせました。
僅かに一刻程度の時間ですが、お手伝いをしてくれた子には大銅貨二枚の報酬を渡すことにしているんです。
特に最後のエリアヒールに際しては、番号札と交換に金属の札を渡し、その代わりに大銅貨一枚をもらうのも、その子たちの仕事にしました。
治療が終わって金属の札を回収するのもその子たちの仕事なのです。
◇◇◇◇
仮設診療所は順調に稼働しています。
但し、五日目には問題が生じました。
診療所の前に騎士が数人現れ、きちんと並んでいる病人たちを押しのけて診療所に入り込んで来たのです。
そうして俺の顔を見て偉そうに言いました。
「お前が、治癒魔法を使える小僧か?
我らに今すぐついてこい。」
「お断りします。
名乗りもせず、用件も言わず、まして病人を無理やり押しのけるような人の言うことなど聞けません。」
そう言って患者に向かって、声をかけた。
「さぁ、もう大丈夫ですよ。
今日はしっかり休んで下さい。
明日には元気になっているでしょう。
次の方どうぞ。」
途端に騎士が怒り出した。
「貴様ぁ、我らを無視するかぁ。
一体誰だと思っているんだ。」
「さぁ、知りませんね。
「ふざけるな。
我らはダイノス侯爵家の直臣だ。
侯爵家より命ずる。
我らに従え。」
「先ほども言いました。
お断りします。
あなたが、例え王家の近衛兵であって、それが王家の命令であってもお断りします。
私に用があるのなら病人をここへ連れてきなさい。
さすれば誰であろうと診てあげます。
それ以外の要求には応じません。
分かったならとっととお帰り下さい。」
「貴様ぁっ。」
そう言って怒鳴りながら殴り掛かった騎士だが、その手が俺に触れる前に身体が電撃に打たれ、その場で倒れて硬直しながら痙攣している。
周囲に居る精霊がそんな騎士の無法を許すわけがない。
一瞬で死ぬような魔法を使われなかっただけ幸いと思わねばならないだろう。
僕が日頃から、手を出すときは死なないように加減してねとお願いしているんだ。
「帰りなさいと言っているのがわからないのですか?
あなた方が診療の邪魔ですから、どうしても帰らないと言うのならば実力を行使します。
それでも良いなら私にかかってきなさい。
但し、ここであなた方が揃って打倒されたなら、ダイノス侯爵なるお方の名誉に関わりますよ。
それを承知ならばどうぞかかってきてください。」
そう言って騎士達だけに限定してかなりの強さで威圧を掛けると、流石に他の騎士はビビったようだ。
未だに
さてさて、この手の話は二番手、三番手があるのだろうな。
目立ちたくないけれど、場合によってはひと暴れすることになるのかな?
まぁ、余り大騒ぎになれば、適当なところでトンヅラするしかないかもしれないね。
王家の忌み子が、誰も知らないことを良いことに、外れとは言え王都に居るのがそもそもの間違いなのかも知れないから・・・。
もし出て行くならどの方向かな?
マザー・アリシアには予め王都を去るかもしれないことを断っておこう。
仮にこの国でお尋ね者になるのなら別の国を目指すだけの話だ。
◇◇◇◇
翌日の午後、いつものように定刻になったのでポールに十字の旗を掲げていると、広場の端に立派な馬車が止まっているのが見えた。
昨日見た騎士と同じような服装の人が数人その馬車の周囲に居る。
うん、これは昨日の続きか新手の二番手だなと俺はそう思った。
だが、意外なことに
列は10人足らずだから、1時間と待たずにその人物の順番になるだろうが、彼が病人とは思えない。
順番に治療を進めて行き、やがてその執事が診療所の入り口に顔を出した。
但し、その背後に貴族と思しき人物が立っていた。
執事が言った。
「私はセンドリックと申し、ダイノス侯爵家の執事をしております。
昨日は当家の騎士がこちらで無礼を働いたと聞き及んでいます。
ここに居られるのは、私の主であるダイノス侯爵でございます。
昨日の部下の非礼を
そこで侯爵が前に出て行った。
「私は、ブキャナン・ディル・フォン・ダイノス、王家より侯爵を拝命しておる。
昨日は家臣が失礼をした。
心よりその非礼を詫びる。
しかしながら、この場に病人を連れて来ることがどうしても不可能な故に、其方に邸に来てもらい治療に当たってもらいたいのだが、その点如何なものだろうか?」
貴族であろうとなかろうと、
「私は、リックと申します。
一介のハンターであって、治癒魔法を使える平民にしか過ぎません。
恐れ入りますが、侯爵の地位にあるお方なれば、教会所属の高名な聖職者の治癒師を自宅にお招きすることも簡単なはずですが、何故に
「確かに王都でも高位の聖職者を邸に招いて治癒に当たってもらったが、彼らでは治せないとされた不治の病なのだ。
しかしながら、其方はかつて聖女が使ったと言われる伝説のエリアヒールが使えるとも聞き及んだ。
なれば高位の聖職者よりも治癒師としての能力が高いのではという我らの勝手な思い込みじゃ。
しかしながら、我妻が残したたった一人の
侯爵ではなく、一人の親として頼む。
どうか、どうか娘を助けてはくれまいか?」
「お嬢様をお助けできるという保証はありませんが、とりあえず私が診ることはできましょう。
一刻を争う事態でなければ、ここでの診療が終わってからお屋敷に参りたいと存じますがそれでもよろしいでしょうか?」
侯爵は、しっかりとうなずいた。
執事が言った。
「では、旦那様はひとまずお屋敷へ。
私がリック殿を邸までお連れ申します。」
侯爵は馬車に乗って去って行き、診療所の脇には騎士一人と執事のセンドリックさんがその後の一時間余りを待っていた。
最後に残った数名にエリアヒールをかけて、旗を降ろしながら執事と騎士に声をかけた。
「ここでの今日の診療は終えました。
お屋敷に参上したいと存じますので、案内をお願いします。」
執事は頷き、俺を広い通りに案内すると辻馬車を拾った。
三人が乗ると馬車は貴族街へ向かって走り始めた。
やはり貴族街まで徒歩で行くには時間がかかるようだ。
何せ都市の中央にある王宮の反対側に貴族街があるのだから。
それでも日没後の夕焼けの陽が残り、完全に暗くなる前までにはお屋敷に着いた。
執事の案内でお屋敷に入り、まっすぐに二階の一室に案内された。
部屋に入る前に
鑑定をかけて、それが呪いの一種であることを確認していた。
これは病気ではなく呪いなのか?
部屋に一歩入り、死臭のような腐臭を感じ取った。
確かに病人が死にかけている。
しかも身体のあちらこちらが腐敗し始めている。
これは何だろう?
梅毒が末期になると患部のあちらこちらが腐敗を始めるというがそれに似ている。
寝台に寝かされているのは女性であり、しかも若い、と言うよりは幼いのか?
多分、身長からすれば俺と同じぐらいだが、いつ発病したかにもよる。
例えば発症して以後発育が止まっている可能性もあるのだ。
何せ露出して見えている腕や手は枯れ木のようにやせ細っており、十分な栄養が取れているとは思えないのだ。
傍にはメイドが二人と侯爵がうつろな目で待機している。
俺は、最初に精霊たちにお願いして部屋を調べ始めた。
次いで寝台の周りを調べ、そうして寝台の上の患者を調べたのだ。
精霊と俺が見つけた問題は三つあった。
一つは、寝台の真上の天井に
二つ目は、寝台の中に同じく呪具があった。
最後に問題なのは、体の中に呪具が埋め込まれていたことだ。
一体誰がこんなことをしたのだろうと思いながら、公爵とその周囲に居る人に尋ねた。
「ここに居る皆さんにお尋ねしますが、この周囲には三つの呪具があるのですけれど、それが置かれている理由をご存じの方はいらっしゃいますか?」
侯爵が反応した。
「呪具とは?
まさか、呪いの魔道具のことか?」
「はい、左様です。」
「まさか、そんなものが、・・・。
あろうはずも無いのに・・・。
一体どこにあるというのだ?」
「
ですから場所がわかってからも無暗に触れないようにしてください。
よろしいですね。」
その場に居る全員が
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