第4問:人造ゴーレム事件

出題編、その①:その人造ゴーレムは生みの親の命を『断とう』とした、なぜか?

 その事件が起きた朝、黒いショートヘアを揺らしながら、アンは楽しげに鼻歌を唄っていたという。


「お嬢様、やけに上機嫌ですね。また事件ですか?」

「失敬だね。僕が事件にしか興味ない推理バカみたいに言わないでもらえるかな?」


「ええっ……! 三度の飯より推理が好きなお嬢様が?」

 ヒリングが、赤い瞳を見開いた。


「そこで驚くのやめてくれるかい? さてはサキュバスって呼んだの根に持ってるな? こ、このヤロウ……人のことつかず離れずの絶妙な距離を保ちながら、ひと晩中追いまわしてきたくせに……」


「途中から気づいていたのですか……さすがです、お嬢様。なら、お逃げになる必要もなかったのに」

「捕まったら、何されるかわかんなかったからだよ! 君、満月の影響で妙にハッスルしてただろ!」


 声を張り上げたアンに、ヒリングは「はて、なんのことでしょう」と口笛を吹いてとぼける。


「なんで僕のほうがもてあそばれてるんだ……くそう、たしか列車事件の頃は僕が主導権を握ってたはずなのに……」


「ふっふっふっ、あれから5万文字も経ったのです。千年生きた吸血鬼の成長直線が必ずしも緩やかなカーブを描くと、甘く見ましたね」


 胸に手を当てて威張るヒリングである。ちなみにアンのが大きいからと言って、小さいわけではない。


「君のそれは成長じゃなくて……『俗化』って言うんだよ」

「失敬ですね。それだけ、『人間らしくなった』とおっしゃってください」


 シルクのような白いロングヘアを、ふぁさあっと優雅に翻す。


「君の人間観はどうなってるんだよ! いや、変な知識を身に着けたのは半分は僕のせいみたいなもんだけど……まったく、神秘的な吸血鬼がこんなんなっちゃって、怒られるの僕なんだぞ」


「怒られるって、誰にですか?」

「ええと、君の知り合いの吸血鬼……とか? いない?」

 問われたヒリングが、しばし逡巡しゅんじゅんする。


「うーん……いましたっけ?」

 わりと失礼なことを言われている気がするが、当人は真面目に首を傾げる。


「その、真祖の吸血鬼仲間とか、いないの?」

 たわむれのようなものとは言え、口論していたはずなのに、相棒の交遊関係が心配になってしまうアンであった。


「ひとり、思い当たる気もするんですが……なんせ千年以上も会ってませんからね。最後に会った頃はまだ、人間も火の精霊と契約したばかりの、神秘の時代でしたよ」


「その神秘が、まさに僕の目の前で失われつつあるんだけど。今になって、ベッドで誘惑とかやり過ぎたと反省している」


 申し訳なさそうに、少女がぽりぽりと頬をかく。


「そうです。性的な内容を含むのは、お嬢様の胸がデカいせいですよ。ご自身のデカパイを反省してください」

「君がそういうこと言うからだよ! もうサキュバスを通り越して、ただのおっさんみたいになってきたな……この吸血鬼」


 異世界サキュバス探偵ならまだしも、異世界おっさん探偵は、さすがにジャンルごと変わってしまう。


「お嬢様、それはさておき――」

 アンは「さておき、で流していい話題だろうか」といぶかしんだが、話が進まないので黙っていた。


「先ほどの鼻歌、曲名などありますか? 版権に差し障りなければですが」

「ああ、問題ないよ。僕の『学生時代の友人のオリジナル曲』だからね。その、吸血鬼が版権を気にしないでくれる? なんか、嫌だから」


「私は配慮もできる吸血鬼なので、お嬢様のご友人……ですか、ふむ」


「なんだその変な間は! 僕の友人だからどうせ変わり者だろ、とか思ったでしょ! いやまあ、変わり者ではあるよ? 僕と同い年なのに、魔導工学の専門分野で既にいくつも発明をしてる天才だし、彼女の発明は【メモ:千年先の技術】って言われてる」


 千年と聞いて、千年生きているヒリングが、ぴくりと耳を動かす。

 さっきとは異なるライバル心を、刺激してしまったらしい。


「その話、つい最近聞きましたね……たしか大規模転送魔法陣の際に」



「うん、エクスカ・メタマトン――僕の一番の友達さ!」



「ふむ、お嬢様の一番とは、いろいろな意味で私のライバルですね……」

 ヒリングが顎に手を当てる。

 なにやら、よからぬことを考えているようだ。


「だから、ライバルじゃないってば!」

「そのお方、顔に特徴はありますか?」


「み、見た目は普通の女の子だよ? 【メモ:右目の下にある泣きぼくろ】がチャームポイントなんだ」

 とんとん、とアンが自身の右目の下を指さす。


「よし、これで顔の特徴は覚えました」

「僕の友人の顔を覚えて何をするつもりだ!」



「安心してください、『お嬢様のご友人に暴力などいたしません』。真祖たる吸血鬼ヒリング・ブラッドリリーの〈真名〉に誓って、ここに〈契約〉いたします」



 スカートの裾を摘まみ、うやうやしく礼をしてみせる。


「その約束を破ると灰になるんだっけ? まあ、そこまで言うなら……でも、君の神秘が弱体化してるなら、今はそこまで強い誓約じゃないんじゃ?」

 ヒリングが、ドキッとして一歩下がった。


「た、たしかに、私も正直、即座に灰になるほどとは……ですが、〈真名〉に誓う以上、それなりに重いですよ。体調不良にはなります――口内炎こうないえんができたりとか」


「なんで口内炎を例に出したの! 軽い症状の代表格だよ!」

「ですがお嬢様、口内炎の吸血鬼は嫌でしょう? 私の沽券こけんにも関わります」


「嫌だけども……! まあ、手を出さないっていう意志だけは伝わったよ。【メモ:君をエクスカに会わせようか、迷ってた】ところだから」


 両手で抱えた封蝋ふうろう付きの便箋びんせんと手紙を、アンが「ほら!」と嬉しそうに見せる。


「久々に会わないかって『招待状』が来たんだ!」

「お嬢様はその御方を――本当に、大切に思われているのですね。少しけます」


 封は丁寧にペーパーナイフで開けられ、一見すると開封後だと判別できないほど、大事にされていたという。


「まあ、自分で言うのもなんだけど、僕は変わり者だったからね」

 学生時代を懐かしみながら、彼女は語り出す。


「友達の少ない僕と唯一気が合ったのが、エクスカでね。当時はふたりでよく、夢を語り合ったものだよ」

「お嬢様はやはり、探偵になるのが夢だったんですか?」


「それがさあ、僕が探偵の道に進むよう、アドバイスしてくれたのがそのエクスカでね。推理ばかりしてた僕に対する冗談……ていうか、皮肉のつもりらしかったんだけど」


「ふふっ、その頃から推理がお好きだったのですね」

 ヒリングはやんちゃなアンを思い浮かべて、頬をほころばせた。保護者か。


「まあ、同級生の失くし物を探したり、抜き打ちテストが何日に来そうとか、〈迷宮〉に忍びこんでボス部屋の前で帰ったりとか、くだらないことばかりだけど……そうだ、ちょうど学生時代のエクスカの発明品があるよ。僕の最初の『探偵七つ道具』さ」


 ほら、と緑色の簡素な魔石の付いたペンダントを取り出す。


「へえ、『吸血コウモリ除けの超音波を出す魔道具』ですか。まあ私には聞きませんけど、無敵なので。ご学友も、魔導工学者になるのが夢だったんですか?」


「それが、エクスカ本人は音楽家に……作曲家になりたがっていてね。自分で歌ったり、演奏をするのは苦手だったから、魔導工学の道に進んだんだけど」


「音楽は……諦めてしまわれたんですか?」


「違うよ、『代わりに演奏してくれる機械を作ればいい』んじゃない? って僕が助言したのさ。まさか稀代の天才発明家になっちゃうとは、思わなかったけどね!」


 アンは探偵モードでもないのに機嫌が終始よく、友人の功績を心から誇らしげであったという。この時は、まだ。


【ここまでの調査レポート】(事件の起きる前から、メモが残されていた)

 ・千年以上先の未来を先取りしてるって噂の発明さ、本当にすごいんだよ!

 ・『右目の下』の泣きぼくろ、ちゃんと覚えていたとも!

 ・喧嘩になっちゃわないか、少し不安だけど、僕の友達をヒリングに紹介したい!

 ・会うのが楽しみだよ!


(第4問その①・了、つづく)

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