回答編、その⑥:五十年後のあなたへ

「ったく、とうとう俺に犯罪の片棒を担がせやがって……こいつは高くつくぞ」


「やだなー、ツヴェルク警部はもうほとんど犯罪の捜査の仕方してるじゃないですか」

「あれはだ。俺がやった証拠も、痕跡もどこにも残してねえ」

「でも、僕に『悪い噂』を流されたら困りますよね? 立場とか」

 金色のショートボブの女性が、ちっ、と舌打ちをする。


「いいとこのお嬢さんが『情報屋』なんかとコネを持ちやがって……も大概にしとけよ?」

「ほら、僕を心配してくれる。ほんとはいい人なんですからー」


「調子に乗るな」

 カラテチョップを頭部にお見舞いされ、頭をさすりながら「暴力反対ー、ヒリングに言いつけてやるー」とほざいていた。そんなに強くしてないだろ。


「それで、どうなりました?」

「ああ、警察と軍のお偉いさん同士はいつも権力争いしてるからな……どっちとも人脈がある俺じゃなきゃ、機密事項扱いで手に入らない情報だぜ?」

「ツヴェルク様、いつもお世話になっております!」

 わざとらしく手を合わせて、拝んで見せる。


「いつもお世話になってる相手を脅すな」

 てへっ、とアンは舌を出してみせる。

 あの吸血鬼、こんな子供っぽいクソガキのどこが気に入ったんだか。

 まさか少女趣味ロリコンじゃないだろうな。逮捕だ逮捕。



 まあそんな不純な好意なら――この物語は『あんな結末』には(※ここで文字は途切れていた。どこまでが原稿のつもりだったか不明なため、原文ママを掲載)



「お前が見つけた男は、ぞ。正式に殉職じゅんしょくした扱いになった」

 日付が『明日』の新聞を、ツヴェルクは事務所の机に広げる。

「おお、うまくいきましたね!」


「あんな方法、よく思いつくもんだ。この悪ガキめ」

 再度、カラテチョップをお見舞いする。

「あー、またぶったー」

「二発目は悪い子へのお仕置きだ。ちったあ改心しやがれ」


「体罰も反対ー! そういうの古いですよー!」

 ぶーぶー、と彼女は唇を尖らせて抗議する。

 こういうところは年相応なんだが賢いというか、小賢こざかしいというか。

 まるで歯止めを知らない子どものようで、ハラハラさせられる。


「で、アンよ。実際のところどうやって『』したんだ?」

「それはですね!」

 気を取り直して、少女は久方ぶりの探偵モードに突入した。


「軍が竜を討伐していた時、まだあの人の行方不明に気づいていません。

 転送が失敗したと思われてるなら――『転送が成功していた』ことにすればいいだけです」


「ほんっとよく、人の心理の裏をかくのな。敵に回したくねえガキだぜ」


「褒め言葉として受け取っておきましょう! で、ですね、ドラゴンの死体を持ち帰ったのがポイントなんです! 希少素材の塊であるドラゴンの死骸を、放置する道理はありません。強靭な生命力でドラゴンゾンビ化してしまうリスクの観点から見ても、世評を気にする軍がそのままなんてことはありえない!」


「お、落ち着け……ちょっと声を抑えろ。一応、軍事機密なんだぞ……」

 よっぽど溜め込んでいたのか、いつもより三割ほど増しでテンションが高い。


「……ええと、情報屋レムに頼んで、売り払われていた鎧の『兜の部分だけ買い戻した』んです。

 それをドラゴンのお腹に詰めこんじゃえば、『作戦に参加していた彼が食べられてしまっていた』としか思われません」


 と、今度は小声で耳打ちしてきた。


「耳がくすぐったいだろ。そういうのはヒリングにでもやってやれ……っておいちょっと待て、それ、どうやって『兜を腹に詰めた』んだ?」

「ふふふ、捜査に進捗があったという名目で駐屯地ちゅうとんちに戻って、こう、こっそりと」


「こっそりと、じゃねえよ。普通に犯罪じゃねえか。逮捕すっぞこら」

「あっ、そういうプレイは僕の趣味じゃないんで……」

「プレイじゃねえよ、こちとら本職だこら」

 再三のカラテチョップを、学習していたアンは先んじて頭部をガードした。


「つーかアン、そんな言葉どこで覚えてくるんだ?」

「なんか最近、ヒリングが変な知識に目覚めちゃって……」

 まさかの脱法輸入ルートであった。

 保護者ぶってるつもりなら、ちゃんと保護してほしいんだが。子どもの教育に悪影響だ。



「――あいつ真祖の吸血鬼は自称で実は『』だったりしてな?」



「あっ、それもう僕が言いました」

「面と向かってか? よく無事だったな……真祖のプライドとかないんかあいつ」


「えへへー、ヒリングは僕のこと好き過ぎますからねー。胸もガン見してくるし」

「やっぱあいつ……サキュバスなんじゃ」

 吸血鬼の居ぬ間になんとやら、日頃のうっぷんも籠めて、好き勝手言っておく。


「今頃、どうしてるんでしょうね……」

「買い出しかなんかに行ったんじゃねーの?」

「ああ、違います。ヒリングのことじゃなくて、あの人、ちゃんと逃げられたかな」

 アンが窓越しに、綺麗な円を描く満月を見上げる。


「記事になってないってことは無事に逃げおおせたんじゃねえか。俺の裏ルートでも捕まったなんて情報は上がってねえぞ」

「【問題:転送魔法陣で消えた人は帰らなかった、なぜか?】、【答え:無事に逃げられたから】……だと、いいんですけどね」


 彼の安否が判明するのは、五十年以上も後のことである。

 アンは最期さいごまで、知らずにってしまった。お前が助けようとした相手はちゃんとお前の推理で助けられたよ。


「なあ、アン。お前は……どこにも行かないでくれよ」


 勝手に口が動いていて、自分でも驚いた。


「警部、珍しく素直ですねー。悪い物でも食べたんですか?」

「くそっ、前言撤回だ。その辺で野垂のたれじね」



「お嬢様に向かって、野垂れじねとは――聞き捨てなりませんね!」



 がちゃり、と音のほうを見やれば、事務所の扉が開いている。


「うわっ、めんどうなサキュバスが帰ってきた……」

「誰がサキュバスですか誰が。お嬢様? さては話しましたね?」

 アンとツヴェルクは互いに顔を見合わせ、せーの、でヒリングの両脇をすり抜ける。

 両手に荷物を抱えた彼女は、いくら吸血鬼と言えども咄嗟に反応できずに。


「よしアン、二手に分かれるぞ。あいつはドスケベだから、これよかれとお前のおっぱいを狙ってくるはずだ」

「僕が囮じゃないですか!」

「任せたぜ、名探偵」



「うええっ! もし僕が捕まったら、どうなっちゃうんですかー!」



 悲痛な叫びを置き去りに、夜の街を逆方向に駆ける。

 冷静になって考えれば完全な満月の夜に、真祖の吸血鬼相手に『鬼ごっこ』でかなうはずもなかったんだが。


 結局、ここに書けないようなことはされてない……よな?


【今回の総括】(事件からおよそ五十年後、ツヴェルクによる代筆)

 ・くだんの男はアンの気転で、つつがなく逃げのびていた。

 ・夫婦でお前に直接お礼を言いたかったと残念そうだったぞ。

 ・それとこれは、もう少し後の話で……あの〈魔法陣〉はいろいろあって実戦投入を見送られてな。

 ・その結果、戦争は膠着こうちょく状態が続いて、最小限の被害で隣国とは和平条約が締結ていけつされたんだとさ。


 それはそれとして、今回ヒリングがマジで何もしてない気がするが……。

 たぶん貧民街で、メモを書いた痕跡も残せないような壮絶そうぜつな事件があった……んだよな?


(第3問・解決、つづく)

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