第12話 ちょっとの勇気と朗らかな笑顔

「何か手伝うことある?」


 その日も、阿多地若菜は文化祭の用意に来ていた。

 そして、一人黙々と作業を続ける友彩を気にかけてくれる。


「いや――」


 いつも通り、断ろうとした。誰かと一緒に何かをやるなんて面倒くさい。



 ――そんなの現実逃避でしかない



 まただ、また幽霊君の声が頭に響く。もう二週間も会っていないのに、頭の中には毎日のように出て来る。


 声が聞こえるのは決まって学校の誰かと話してる時。まるで、友達を作りなさいと言われているようだ。


 友彩にとってはもう一種の呪いになっていて、いつもは聞こえないふりに徹するのだが、今日はとっても天気が良くて朝から気分が良かったからだろうか。なぜか、反抗する気にならなかった。


「もし良ければ、星を折ってくれない?」


 ここ数年で一番勇気を出した。断られたらどうしようとか、迷惑だったかなとか、頭の中がぐるぐるしながら、なんとか平然を装ってそう言ってみた。


「――」


 反応がなくて、恐る恐る相手の目を見る。


 ――え?


 しかし、その表情は想像とは全くの真逆で、口角はあまーいアイスを食べた時みたいに弧を描き、頬はお風呂上がりのように少しピンクっぽく、瞳は遊園地にいる子供みたいにキラキラしていた。


「もちろんだよ!!ねね、どうやってやればいい!?」


「え…っと、このお手本を見ながらやれば大丈夫。ちょっとくらい下手でも見えないし、平気だから」


「わかった!」


 その勢いにぽかんとしている友彩を尻目に、ルンルーンと鼻歌を歌いながら阿多地若菜は折り紙を手にした。

 あんまり細かい作業は得意じゃないみたいだが、一つ一つ丁寧に折り目を付けて、丹精込めて星を作っている。



 そして、その手は止めないまま、彼女は口を開いた。


「わたしね、友彩ちゃんに悪いことしちゃったかなーと思って」


「え、なんで?」


「だって、わたしがリーダーやって!なんて強引に言っちゃったから、友彩ちゃん毎日学校来て背景作ってくれてるし。嫌だったら言ってとか言ったけど、よくよく考えたら言える訳ないじゃん?」


「別に、全然嫌じゃないよ。こうやって大きな星空を作るのなんてめったにできないし、何なら楽しい」


「ほんと?なら良かった。――それにしても上手だね、その絵」


「ありがと。でも、阿多地さんも初めてにしてはすごい折るの上手だよ」


「若菜でいいよ」


「――若菜も上手」


 隣り合わせに座っているため、互いの顔なんてまじまじと見ながら喋ってはいなかった。でも、きっと若菜は太陽みたいに弾けて優しい笑顔をしていただろうし、私もいつもよりは表情が柔らかかっただろうなってわかった。


「この後垂れ幕も手伝うよ。まだまだ終わってないでしょ?」


「ばれた?お恥ずかしながら不器用なもので」


 ずっと同じ教室にいたんだから、嫌でも相手の進捗状況も目に入る。

 ペンキを何回もひっくり返して、下書きを何回も書き直している垂れ幕が、若菜一人で終わっているはずがなかった。


 今日手伝ってくれたお礼。そう、垂れ幕を手伝うのはただのお礼だ。




 その日は、いつもより作業が捗った。今日の朝が子葉だとしたら、帰るころには本葉が芽生えていた。


「んー、おつかれー。そろそろ帰ろっか」



 ――笑顔で話しかければ大丈夫だよ。


 いつだったかそんなことを言われた。その時は、笑顔なんかで友達は出来ないよってバカにしちゃったけど、あながち間違ってなかったかもしれない。

 やっぱり、おしゃべりをしてる時、相手が爽快な笑顔だとなんだかこっちまで嬉しくなっちゃうんだもん。


「うん。今日はありがとっ」




 これはお風呂に入ってる時に気付いたんだけど、ほっぺたが筋肉痛になってたの。そんなの、お笑い番組で母に叱られるまでゲラゲラ笑ってた小学生ぶりで、なんかちょっと恥ずかしかった。


 でも、その痛さがちょっと気持ち良くて、頭を洗いながら「いー」って顔を練習してみたのは私しか知らない黒歴史です。

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