第2話 幽霊騒動

 

純には咬(か)みつき亀とこっそりあだなで呼ぶ、苦手(にがて)な叔母がいる。

父の末の妹で佳奈という。年は彼よりひとまわり上になる。

純たち一家が家を建てる前、祖父母や佳奈たちと一緒に暮らしていた。


五歳になったばかりの純はこのころからお化(ば)けや、

幽霊が大嫌いで気が小さい怖(こわ)がりだった。

その日、みんなはリビングでくつろいでいた。

弟の剛(ごー)は母に抱かれたまま眠っている。


佳奈が座敷で純を手招きしている。

「なに?」

警戒心はなかった。なにも考えず、座敷に入った。


佳奈が襖を閉(し)め、純を閉(と)じこめた。突然、部屋の灯りが消えた。

まっ暗になった。なにもみえない。


なんか聞こえてくる。気配がする。目が暗がりに少しなれてきた。すると

「怨(うら)~めしや~」

真っ暗闇の中、だらりと両手を垂れ下がらせ、おどろおどろしく

青白い不気味な幽霊が、暗闇から純を手招きしているではないか。


すぐそこ、目の前に、だらりと両手をたれ下らせた幽霊が立っていた。

いかにも意地悪そうな佳奈の顔に、下から灯が当たっている。


そこに一段と凄(すご)みが増したゾンビに化けた佳奈がいた。

幽霊の佳奈が、テーブルの上の懐中電灯へゆっくり顔を近づけていく。

意地悪な佳奈の顔にま下から灯(あかり)が当たった。


呻(うめ)きながら、青白い幽霊に化けた佳奈が純を手まねきしていた。

ゾンビが、そこにゾンビがいた。怖かった。

普段のなん千倍もすごみがある佳奈の幽霊が、そこにいた。


「怖い」

純は悲鳴を上げた。怖がるとなおさら面白がってエスカレートしていく。

震えが止まらなかった。

「怖いけん、止めてや」


いくら泣いて頼んでも止めてくれない。とうとう純は発作を起こした。

「ギャー」

悲鳴をあげ、狂ったように泣き叫んだ。


父が飛んできた。

一緒にかけつけてきた祖父に懐中電灯を取り上げられるまで、

佳奈は幽霊のまねを止めなかった。


助け出されても純はなかなか泣き止まない。

祖母に抱きしめられ、布団に包(くる)まっても、いつまでも泣きつづけた。


一晩中ひきつけを起こしたように、ビクっとしゃくりあげ、泣きじゃくった。

泣きながら眠り、思い出してはいつまでも泣きつづけた。

涙と、はなと、よだれでズルズルにぬれた顔をこすって、

右手の親指を、血がにじんできても必死で吸いつづけた。


この恐ろしい一件は幼い頃の悪夢だった。

怖い幽霊騒動を忘れたことは一度もない。


純にとって佳奈はゾンビ以外のなにものでもない。鬼門(きもん)だった。

そんな苦い記憶が心の奥に残っている。

本当に怖かったのを今でも覚えている。


佳奈が遊んでくれたのは、このときただ一度きりという淋しい間柄だった。

だからというのでもないけれど、ゴジラに佳奈が踏みつぶされたとき、

夢で敵(かたき)を討(う)てたのが本当に痛快だった。


咬みつき亀は妙に勘(かん)がいい。

油断するといつなんどき足をすくわれるかわからない。


そのうえ佳奈はいつも純に口うるさかった。

いつも𠮟られてばかりだった。


そればかりではない。

どうしてだかわからないけど、夜はもちろん昼間でも本を読むと叱られた。

その理由がさっぱりわからない。

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