人はどこからきてどこへ還っていくのか 番外編
詠方介
第1話 夢って楽しい
純はよく夢をみる。夢をみた朝は、映画をみていたみたいで一日中楽しい。
夜になると
『今夜はどんな夢かな』
ワクワクする。毎晩寝るのが楽しみだった。
空を飛んでいる夢もよくみる。
高いと怖(こわ)い。だから低い電線の近くを飛ぶ。自分ながら
『ぬけめがないな』
って思う。草の根がエネルギーをもっていて、根っこをつかんで飛ぶ。
この日の夢もスリル満点だった。洋館の屋根裏の窓からそっと忍びこんで、
天井の節穴から泥棒一味の悪だくみを盗み聞きする。
『警察にどうやって届けようかな』
夢の中で悩んだりなんかしている。
「そんなことをなんで知ったんぞ」
問いつめられたら、悪さがばれてしまう。
六年生の夏のその夜は、海をわたって巨大なゴジラがやってくる夢だった。
『どこからきたんだろ』
夢の中で考えている。
『恐竜の生き残りの卵が、広島の原爆で突然変異したのかも』
なんて思ったりする。
映画では、アメリカから太平洋を渡ってきていた。
『アメリカからわざわざ日本を目がけてくるな』
腹がたつ。
地球の地底深くから孵(ふ)化したらしい。
『エサはなにを食べるのだろう。漫画のように人を食べたりしないのかな』
映画では原子力がエネルギーのもとだった。
~~
紡績工場の沖から、高く炎を吐き
「ガオー、ガオー」
雄叫(おたけび)びをあげてゴジラが上陸した。
工場や小さな家をなぎ倒し、ドシン、ズシン、踏みつけ、迫ってくる。
人々は泣き叫び、逃げまどっている。その中に叔母の佳奈(かな)がいた。
あろうことか、ゴジラはその大きな足で、この佳奈を踏みつぶした。
みんな命からがら、やっとの思いで山のほうへ逃げのびた。
洞窟に身をひそめ、ゴジラが隣の町へ移っていくのを、高台からみおろしていた。
~~
そこで目が覚めた。パジャマが寝汗でびっしょりぬれている。
佳奈が踏みつぶされた瞬間、純は
『ウワァ咬(か)みつき亀がやられた。ゴジラに踏みつぶされた』
夢の中の佳奈の死が、いい気味だった。
不思議なほど、嫌になるほど目覚めがさわやかだった。
『ざまぁみろ、罰があたった』
同情なんかしていない。心の奥の願いが夢の中でかなった。だから喜んでいた。
復讐と、仇討ちが果たせたことが嬉しかった。
そしてそのことにハッと気がついた。
『ぼくは冷たい人間なのかもしれん』
純はがく然とした。
あの叔母がいくら咬みついたとしても、鬼だったとしても。
それどころか、スーっとしているなんて。
そう思ったことで、自分の心の醜(みにく)さに気がついた。
優しさのない冷たい性格だということに、はじめて気がついた。
ふだんは優しい振りをしてごまかしているだけで、
本当はうす汚(よご)れて汚(きたな)い人間だった。
この叔母は純にいつも意地が悪い。だから大嫌いだった。
『咬みつき亀なんか、踏みつぶされて当然じゃ。自分が悪いんじゃけん』
いいわけまで用意している。
そのぬけめなさに、うしろめたさが透(す)けてみえる。
『それだけかな。それだけじゃないかも。叔母にだけだろうか』
心の奥のどこかがざわついた。そんな自分が嫌になった。
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