第3話 

 春の光が教室に差し込み、どこか浮ついた空気が流れていた。


 「それじゃあ、席替えするぞ」


 担任のひと言に、クラスがどっと沸く。


 (そういえば、今日だったな)


 俺は今朝のノートを思い出す。


 4月11日(月)09:12

『くじ引きの最後のあまりを選べ』


 また妙な指示だ。

 だけど、これまでノートの内容はすべて的中していた。まるで未来を知っているかのように。


 (信じてみるか)


 腹をくくるように、俺はくじを引かず、静かにその場に立ち尽くした。

 周りがざわついていようと、俺だけは静かな時間の中にいた。


 次々と席が決まっていく。

 ざわめきが薄れ、俺ひとりが取り残されていく感覚。ふとした孤独が、胸の奥にぽつんと残った。


 「おい久遠、引かなくていいのかよ?」


 「最後のでいい。余り物には福があるって言うしな」


 言いながら、自分でそのセリフに苦笑いしてしまう。

 周りからちょっとした笑いが起きるが、その軽さが妙に心地よい。

 教師が最後のくじを渡してくる。


 「久遠、残念だったな。最前列だ」


 (福、あったか?)


 溜め息まじりに席へ向かったそのとき


 「最前列なんて、ついてないなぁ」


 声がした。

 柔らかく、どこかからかうような、それでいて耳に心地よい響き。


 (まさか)


 思わずそちらを振り返る。


 「久遠君も、余り物に福はなかったみたいだね」


 そこにいたのは藤崎梓。

 いたずらっぽい笑みを浮かべ、肩をすくめて見せる。


 思わず、息が詰まる。

 教室の中心にいるはずの彼女が、まさかの隣の席に。


 (あたり、だったな)


 その瞬間、ノートの指示の意味が理解できた気がした。


 「いや、俺は嬉しいけど」


 口が勝手に動く。

 心臓がばくばくと早鐘を打つ。顔が火照ってるのが、自分でもわかる。


 「え?」


 大きな瞳が、こちらをじっと見つめる。まつ毛が長くて、少し首をかしげるその仕草が反則的に可愛い。


 「藤崎が隣なんて、むしろ当たりだと思ってる」


 (やばい、言いすぎたか? 気持ち悪いって思われたらどうしよう?)


 言った直後、後悔の波が押し寄せる。

 照れ笑いのつもりだったけど、思った以上に破壊力があるセリフだった。


 けど


 「ふふ。そう言ってくれるなら、私もよかったかも」


 頬をほんのり赤らめながら、梓がやわらかく微笑む。

 その仕草に、思わず目が釘付けになった。

 笑ったときの口元、少しだけ赤く染まった耳、ふわりと揺れる黒髪、全部が、綺麗で、眩しい。


 (やっぱり、かわいい)


 ただ、それだけの感情が、すっと胸に降りてきた。

 懐かしさとか、ノートの指示とか、そんなのはもうどうでもよかった。


 ただ、今、隣にいるこの子が、すごく近くに感じられる。それだけで、胸が温かくなった。






 昼休み。


 ノートには、また指示があった。


 4月11日(月)12:23

「彼女の弁当に気づいて、こう声をかけろ」

 →『それ、自分で作ってきたの?』


 (やるしかないか……)


 ちら、と横目で梓の机を見る。


 時計の針が12時23分を指した、その瞬間。


 「それ、もしかして、自分で作ったの?」


 思わず口をついて出た言葉に、彼女はちょうど弁当箱を開いたところで、ぱちんと目を丸くする。


 「うん。見よう見まねだけど、頑張ってみたんだ」


 その後、くすっと笑った笑顔は、どこか誇らしげで、少し照れくさそうだった。

 思わず目が引き寄せられる。綺麗に並べられたおかず以上に、彼女の仕草が気になって仕方がない。


 「すごいじゃん。彩りもきれいだし、栄養バランスも良さそう」


 「えへへ。ほんとはちょっと不安だったんだけどね。久遠くんにそう言ってもらえるなら、自信つくかも」


 梓が俺にと言ってくれたことが、なんだかくすぐったくて、嬉しい。


 「俺のなんて、茶色ばっかでさ。から揚げと、焼きそばと……」


 「確かに、茶色ばっかだね。でも、茶色っておいしい色だよね?」


 「よく分かってんじゃん」


 そのとき、梓は俺の弁当をちらっと覗き込み、目を細めて笑った。

 その笑顔が、やたらと近い。距離感がおかしい。思わず、視線を逸らしてしまう。


 「ふふっ、照れてる?」


 「ちょっとだけな」


 「じゃあ、もっと照れさせちゃおうかな?」


 その一言に、鼓動が跳ねる。


 次の瞬間、彼女は自分の卵焼きを一切れ、俺の弁当にそっと入れた。


 その仕草が、もう反則級に可愛い。


 「味見、してみて?」


 「いいの?」


 「うん。久遠くん、甘いの好きでしょ?」


 (え?)


 ドキッとする。思考が一瞬止まった。


 「なんとなく、そんな気がしただけ」


 はにかんだ笑みを浮かべて、箸をつつく梓。

 その仕草が、なんだかすごく自然で、優しくて。

 言われた通りに卵焼きを口に運ぶと、ほんのり甘くて、やさしい味がした。


 「うまい」


 「よかった」


 嬉しそうに笑うその顔が、今日いちばん近くにあった。

 瞳がキラキラしていて、ほんの少しだけ揺れている。


 (この距離、悪くない)


 穏やかにそう思えた自分がいた。


 と、そこで彼女がふと思い出したように、俺の弁当をもう一度覗き込む。


 「久遠くんってさ、昔から変わらないよね。お弁当、茶色いのばっかりで」


 「うるさい。から揚げと焼きそばは最強だろ」


 「うん。小三の遠足のときも、ぜんぶ茶色だったもんね」


 「覚えてんのかよ」


 「だって、私の卵焼きと交換したでしょ? 『甘いの好きかも』って、そのとき言ってたもん」


 「そんなの、よく覚えてんな」


 「ふふ。だって久遠くんとのこと、わりとなんでも覚えてるよ?」


 箸を動かしながら、何気ないように微笑む彼女。

 でもその言葉は、妙に胸に残った。


 きっかけはノートだった。

 でも今はもう、指示通りって感覚も薄れている。


 弁当を食べながら、たわいない話をして、ちょっとからかわれて、笑って。


 それだけで、胸が満たされていく。


 春の光が差し込む窓際で、二人の時間が静かに流れていった。


 このまま、ずっとこうしていたいと思った。






最新話まで読んで戴きありがとうございました。


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