第2話:危険な遊び

「これって怪しいすごろくね……」


 デンジャラすごろくの準備の最中だった。


 不安げに、摩耶子がそうつぶやく。


 彼女は、俺と二人でカーペットの床に座り込み、姿勢を正している。


 折りたたまれてあるデンジャラすごろくのボードを広げて開く。赤い厚紙で、世界地図ポスターほどの大きさだった。見慣れない文字が、黄色いマス目に書かれてある。


 だが、異国の不思議な文字は、俺と摩耶子の視界に映る途端、日本語の文字へ変換していった。


「なんだ、これは」


 いくつものマスの文字を読んで確認すると、滝に打たれるや、大きい木の実が落ちてきたなど、何らかの形で実体験ができそうなことも書かれている。結局、それを遊んでみないと何も分からないのだ。謎ばかりが募ってきた。


 摩耶子は、怪しげな目つきで、すごろくのボードを構えて見つめる。


「本当に、面白いの?」


「遊んでみるだけの価値はあるよ」


「そのゲームを実際に遊んだ人の感想を聞きたくなるわ」摩耶子は尋ねた。「規夫、何か有力な情報でも持ってる?」


「このボードゲームの口コミは、調べてみたけど見つからない。とりあえず、面白いかもしれないから、遊んでみよう」


「デンジャラすごろくは、どんな準備を始めるべきかしら?」


「まずは、駒選びだ」


 こう言って、ボードゲームへ付随していた四つの駒を見せる。そのなかで、気に入ったものを選んで、自分の駒にするのだ。


「私から選んでいい?」


「もちろん。好きな駒を選んでくれ」


「じゃあ、私は、これにする」


 摩耶子が選んだ駒は、銅で作られた二本足の、長身のウサギの駒だ。


「それじゃあ、俺は、これにする」


 俺が選んだものは、二本足の亀の銅像の駒だった。


 二つの駒を、厚紙のボードの、フリダシのマスに置く。


「どっちからスタートするの?」


「お互いとも、最初はサイコロを振って投げればいい。出た目が大きい方から、スタートするんだ」


「それじゃあ、あなたから先に振ってちょうだい。私は見てるわ」


「分かった、いくぞ!」


 すごろくに付属しているサイコロを取り出して振って投げた。


 コロコロと、それは、軽やかに音を立てて転がっていき、動きを止める。


「四だ」


 サイコロに差し示された数字を読み上げる。


「次は、私の番ね」


 摩耶子が、サイコロを拾い、振って投げたのだ。


「三ね。あなたが先だわ」


「それじゃあ、俺のほうから始めることにしよう」


 俺たちは、デンジャラすごろくを開始する。


 最初は、俺の番でサイコロを手で拾い、振って投げた。


 すごろくボードの厚紙の上を転がすと、動きを止めてから、番号が出る。


「最初は、二だ」


 そう言って、ボードゲームを見つめたとき、不思議なことが起きる。自分の亀の駒は、自動的にボードの上を進み始めたのだ。


「すごいね、いったいどんな原理かしら?」


「分からない。まるで魔法のようだ。様子を見てみよう」


 俺の亀の駒は、スタートから二マス目で止まった。そこに書かれてある文字を見つめた。


「そのマスには、なんて書いてあるかしら、どうでもいいけど」


「一本の飛ぶ矢に注意だって……はくしょん!」


 くしゃみが出たとき、前へ倒れる俺の頭の背後を、涼しい風が吹き抜けていったその直後に、ビーンという耳障りな音が響いてくる。


 思わず音のしたほうを見て愕然とする。一本の矢が、壁に突き刺さって、振動をしていた。


「規夫、マス目へ書かれてあるように、矢が飛んできたわ」摩耶子は尋ねる。「これっていったい、どういうこと……マス目へ書かれてあることは、現実にも起きてしまうの⁉」


「……そのようだ」


 ごくりと、生唾をのみ込む。どこから飛んできた矢なのかは、見当もつかない。だがもし、くしゃみをしていなかったとするなら、どうなってしまっただろうか……自分が遭遇するはずの危険を想像してみただけでも身震いする。これが、恐ろしい危険な遊びの幕開けだった。

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