第3話:服あさり

「何か、不吉な予感がする……」


 ニトーローカドーの店内、春のバーゲンセールの出来事だった。


 家のなかで、俺と摩耶子が危険なすごろくをしている最中、服売り場では、大勢の客同士がせめぎあっていた。どれにしようかと格安値引きの服をあさっている主戦場のなかで、坂峯摩耶子の母親、美野里の姿はそこにあった。


「大切な誰かが危機を迎えているのではないかしら」


 彼女の言葉を聞く者はいない。しかし、美野里が春バーゲンの手を止めていた。


「バーゲンセールには、関係ないことかもしれないけど、何か気になる。心配だから、摩耶子へ電話を一本入れておきましょう」


 そうつぶやいて、美野里は手提げのバックに手を差しいれたのだが、


「スマホを忘れた、迂闊だわ、私のしたことが……」


 それだと家にいる摩耶子へ何も連絡がとれない。


「けれども、家の鍵はちゃんと閉めてきたし、用意を万全よ」美野里が呟く。「家の事情は、摩耶子に任せておけば平気なはず。目の前のことに集中しなきゃ。バーゲンセールを油断しておいて、あとで後悔するのは嫌なんだから!」


 そう言って、坂峯美野里が、再び目の前に広がるセール服をあさりだす……。

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