差し伸べる手

「誰か! 誰か手を貸してくれる人はいませんか! 治療できる人を呼んできてもらえるだけでもいいです!」


 俺は、周りの人間に声をかけつつ、天使を運ぶ。

 しかし、協力を申し出る人はいなかった。


 当たり前だ。

 ドラゴンを瞬殺し、人に襲い掛かるような天使など、恐れて関わろうと思うはずがない。

 とりあえず天使をどこかで寝かせるため、先ほどの宿に戻ることにした。


 宿屋の扉をノックすると、店主が店の中から現れる。


「な、なんだよ......!」


 店主は、血まみれの天使を見て驚く。


「すみません! この天使を少しだけでいいので休ませることはできないでしょうか......! お金は手持ちが無いですが、必ず払います! お願いします!」


 お金は同僚に全て持ってかれしまったため、無一文だった。

 それどころか、装備や道具などのお金になるものまで持っていかれたので、素寒貧である。


「はぁ!? 嫌に決まってるだろ! 金もねぇし、その上得体も知れないやつを店に入れるなんて......」


 店主はそう言うと、扉を思い切り閉めた。


「だよな......」


 店主の言い分はごもっともだ。

 宿で寝かせることは諦め、どこか一目が付かず、ゆっくり休めそうな場所を探すことにした。



 すれ違う市民全員が、血まみれの天使を運ぶ俺を凝視する。

 だが、そんなことは気にならなかった。

 散々酷い扱いをされてきた俺にとっては、変な目で見られることなど苦ではない。


「すみません! 誰か手を貸してください!」


 無駄だと思いつつも周囲の人に声をかけながら歩くが、やはり手伝ってくれる人はいない。

 それでも俺は、助けを求めつつ、歩き続けた。



 三十分ほど歩くと、郊外に辿り着いた。

 都市部と比べ、自然が多く、建物が少ない。


 しばらく歩くと、近くに川があることに気が付いた。


「あっ......。川だ......」


 川の周辺は草原が広がっており、人気も無かった。

 俺は、川のすぐそばまで近づく。

 ゆっくりとしゃがみ、天使を草の上に寝かせた。


「ふぅ......。荷物持ちをしてたとはいえ、長時間人を運ぶのは辛いな......」


 独り言を言いつつ、自身の服の端を破る。

 破った布を川の水で濡らし、天使の血を拭きとっていく。


「はぁ......。これからどうしようか......」


「ねえ」


 天使の血を拭きとっていると、誰かに声をかけられる。

 振り向くと、ポニーテールの赤髪の女性が立っていた。


「もし困ってるなら、助けてあげようか?」


「ほ、本当か!?」


 手を差し伸べてくれた嬉しさのあまり、突発的に大声で返事をしてしまう。


「うっさ......。ただ、条件があるんだけど。その天使? のことを調べさせてくれない?」


「そ、それはこの子が起きないと何とも言えないけど......。交渉はしてみる! だからお願いだ!」


「......まぁいいか。ほら、その子を連れてきな」


 女性は、スタスタと歩き始めた。

 俺は天使を再びおんぶし、女性の後を着いて行った。



 女性の家は、そう遠くない場所にあった。

 レンガ作りの小さい家で、家の周辺には見慣れない草花が生えている。


「さぁ。入って」


「お邪魔しま......。ゴホッ!」


 家に上がると、埃っぽいせいで咳き込んでしまう。

 部屋を見渡すと、山積みの本やメモが部屋中に散乱していた。

 おそらく、ほとんど掃除していないのだろう。


 また、他には巨大な釜や薬棚が置かれていた。

 この女性は薬師などの仕事をしているのだろうか。


「私のベッドを使っていいから、その子を寝かせて」


「えっ......。まだ汚れているけど、いいのか......?」


「私、そういうの気にしないから」


「じゃあ......」


 言われた通り、天使を寝かせる。


「あんたはそこの椅子で休んでなさい」


 部屋の窓際の椅子を指差す女性。


「あ、ありがとうございます......」


 お言葉に甘え、座らせてもらう。


「それじゃ、ちょっと見させてもらうよ」


 女性が天使の隣でしゃがみ込み、様子を見始める。


「ちなみに、この子はなんでこんなことになったの?」


「えっと......。ドラゴンに襲われたんですが、その子が助けてくれて......」


「どんな感じで助けてくれたの?」


「特に魔法とか能力を使った感じはありませんでした。突然何かが飛んできたかと思ったら、ドラゴンを貫いて一撃で......」


「ふーん......」


 天使の腕を触り、何かを確かめる女性。


「そんなに力がある感じはなさそうだけど......。身体能力を強化する魔法でも使ったのかしら......」


 女性は立ち上がると、薬棚に向かって歩き出した。

 そして、二つの薬を取り出した。


「あ、そういえば自己紹介をしていませんでした。僕はライトっていいます。あなたは、薬師か何かですか?」


「薬師......。に近いが、正確には違う。私は錬金術師ってやつ。ちなみに、名前はリリン」


 錬金術師。

 元の世界に居た時にゲームやアニメで聞いたことがある。

 自然由来の材料を元に、様々な道具や薬を生み出す魔法のような技術を持った職業だ。


「さて、この世には魔力が自身の動力源になっている生物がまあまあいるが、天使がそれに該当するか......」


 リリンは、天使に青い薬を飲ませる。


「リリンさん。それは何ですか?」


「リリンでいいよ。魔力を回復させるポーションだ。もし、天使が魔力を元に動いている生物なら、これで元気になるだろう」


 説明をしつつ、もう一つの緑色の薬を飲ませるリリン。


「そちらは?」


「ただのとてつもなく苦い草の搾り汁」


「......え?」


 その緑色の汁を、躊躇いなく天使に飲ませる。

 しばらくすると、天使の口がモゴモゴ動き始める。


「おっ。聞いてきたか?」


 次の瞬間、天使の目がパッと見開く。


「にがああああああああああ!!!!!」


 さっきまで全く動かなかった天使が、悲鳴と共に勢いよく飛び起きた。

 口を押え、ベッドの上で悶え苦しんでいる。


「へー。天使も苦味とか感じるんだ」


「な、何やってるんですか!」


「さっき言ったじゃない。調べさせろって」


「それは交渉してからの話ですよ!」


「まあいいじゃない。目が覚めたんだから。それに、元気そうだし」


 ベッドの上で足をジタバタさせている天使を見ながら言う。


「まぁ......。それはそうですけど......」


 リリンに呆れつつも、天使が無事で安心する俺だった。

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