第1話『新たなる公安捜査に起て!桜祐警部』

 中華人民共和国首都北京のどす黒い夜景は、中国の混沌を表しているように感じられた。

 国家主席の地位にある中国共産党総書記の周陣兵は、この日、国家ではなく党の私的な会議室を密談の場所に選んだ。

「同志主席、こちらです」

「うむ」

 周は通信席に着き、マイクを手元に寄せる。

 無論、盗聴などは細心の注意を払っている。通信衛星も、中国独自の衛星を選び中継している。

 それほどまでにやりとりに盗聴をおそれる相手は、国際反米テロリスト集団アバンギャルドだ。

 今、周陣兵の前の画面には、アバンギャルド中央執行委員長フロム・シュターデンが映る。

「お待たせした、委員長殿」

『同志主席とお話しでき、光栄です』

 シュターデンは眼鏡をかけており、端正な顔つきで、元CIAハッカーであるという彼の経歴を話せば、多くの者が納得するだろう。

「盗聴される前に要件を済ませよう、「抗日工程」についてだが」

『首尾は?』

「日本のゲームセンターの景品に、ガスガンに改造可能な玩具銃を紛れ込ませた」

『承知しました、取りに行かせます』

「それから、海上自衛隊イージス艦きりしま副長へのハニートラップが成功した」

『おお』

「我が国の公安当局がちょっと脅したら、やっと家族ができたんだと逆上していたよ」

『手配に感謝いたします。こちらは映画撮影企画「バトルオーシャン」に偽装したイージス艦きりしま武装占拠計画を進めています』

「きりしま副長が手引きするのだろう? 決行日は任せるが、事前通告するように、人民解放軍私服がバックアップするからな」

『ありがとうございます、同志主席』

 

     *     *


 場所は変わって日本。東京都千代田区霞ヶ関。

 警察庁、特に公安警察を取り仕切る警備局警備企画課は中国共産党総書記とアバンギャルド中央執行委員長との密談を一部傍受しており、それを、前田武という警備企画課課長補佐の警視が報告した。

「中国共産党党中央とアバンギャルドの通信量が増えています」

「ご苦労」

 前田の報告を受けたのは警備企画課の裏の理事官である。彼は中村照警視正。

 禿げかかった髪だが顔立ちはそこそこ整っており、髪と顔のギャップに独特の印象を感じさせる。

 そのような裏の理事官は公安警察の影の指揮系統「ゼロ」の核心であり、各都道府県警にいるゼロの直轄班を「作業班」と呼ぶのだ。

「通信の中身はなんでしょうか?」

 そう訊ねたのは、警察庁警備局警備企画課付の桜祐警部だ。キャリアで25歳とまだまだ若い彼は、エリート公安捜査官として知られている。

 なぜならば、2年前、米軍・自衛隊が関与したクーデター事案において、祐は実父たる畠山正晴内閣総理大臣とタッグを組み、首謀者の米泉統一郎前内閣総理大臣を検挙せしめたからだ。

「それを探るのも桜祐警部、君の仕事だが?」

「……」

「特に君は警視庁公安部のサイバー捜査員が婚約者なんだ。調べてもらえよ」

「父親が元警察庁警備局長で総理大臣だからって、調子に乗るなよ?」

 祐は黙りこくる。

 中村は嫌そうな顔で異動辞令を祐に叩きつけた。

 読めば、スクワッド:公安特別捜査隊専従班(仮)と書かれている。

 一昨年のクーデター事案においては、公安事案A27号特別捜査本部諜報専従対策室が警備局長肝入りで組織され、特捜選対として大立ち回りをしたものだが、規模は縮小すれたようだ。

 特捜専対に移籍する際、桜祐の以前の身分は死亡扱いとなった。以前の身分は畠山正晴衆議院議員の息子、畠山正警部補だ。

「どうだ? 受けるか?」

 中村に呼びかけられ、桜祐は姿勢を正した。

「この件は持ち帰らせてください」


     *    *


「ただいま!」

「おかえり!」

 桜祐がマンションに帰宅すると、焼き鯖の匂いが鼻をくすぐった。彼女も彼女で仕事で忙しかっただろうに、同棲中の千代田春が作ってくれたようだ。

 春は一旦火を止め、祐のスーツの上着を脱がそうとする。

「いいって、自分で脱ぎますから」

 ふたつ年上の春にされると申し訳なく思う。

「えー? 同棲中なんだし」

 こうしてあたたかい家庭に恵まれているのは、過去の自分の育ちからすれば伏して感謝すべきことだ、と祐は思う。

 夕飯を囲みながら、祐は春に新たな特捜専隊への異動辞令が発出されたことを侘びながら話した。すると春にも同様に特捜専隊への異動辞令が出されたと言うではないか。

「また引っ越しとなると家賃がもったいないなあ」

「えっ、祐君らしくない、私は受けるつもりだけど」

「強いですね春さんは」

 祐は口を咀嚼しながら若干動かした。


      *     *

 

 鳥のさえずりが聞こえ、添い寝していた祐と春が身をむずらせる。

 翌朝のことだった。いきなりインターホンが鳴らされた。

「え? 誰」

 春が寝ぼけまなこで眼鏡を着ける。

「僕が出ます」

 ドアを開けると、見知った顔があった。

「大河内さん!?」

「久しぶり!」

 朝からアポなしで訪ねてきた陸上自衛隊別班の二等陸佐は、革ジャンを着ていた。

 

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