寄り道してラムネを飲んで君を知って ~生徒会長と量産型JKの百合~

モコモコcafe

第1話 プロローグ



    生徒会長、藍原雫あいはらしずく



 彼女の名前をしっかりと記憶したのは半年前の全校集会の最中だった。


 その日の全校集会は、前期生徒会のお披露目式のようなものを兼ねていて生徒会の面々が順に呼ばれ登壇していく。


 眠たい生徒会の部員発表。


 知らない名前ばかりが並ぶ候補者の中から、名前も見ずにペンを走らせた私にとってはどうでもいいことだった。


 大変失礼だけど私にはなぜ貴重な青春の時間に、生徒会などという疲れるだけでなんのメリットもない(推薦はもらえるけれど)ことをするのか到底理解できない。


 ただ漫然と授業を受けて友達と放課後遊んで、時々テスト週間の間だけ勉強を面倒くさがりながらして。ただただ無駄だけれど充実した時間を過ごす。それが私にとっての高校生活だった。


 けれど壇上に立つ彼ら彼女らは少なくとも自分の意思を持ってそこに立ち、学校を変えるだとか、生徒を引っ張っていくだとか、嘘なのか本心なのかはわからないけれど聞こえのいいことを並べ立て生徒の規範を演じる。


 私には一生理解できないし、興味もなかった。



 彼女、藍原雫を見るまでは。



「続きまして、生徒会長となりました藍原雫さんの決意表明です。藍原さん登壇してください」


 司会役の庶務の学生が告げると、しもて側からきっちりと制服を着こなしたとある少女が登壇する。


 彼女は黒い長髪をなびかせながら、横並びになる生徒会執行部の面々の前を堂々としたいでたちでゆっくりと歩いてゆく。

 中央に設けられたマイクの前に立つと指先で小さく叩いてから口を開く。


「ご紹介にあずかりました藍原と申します」


 よく通る澄んだ声だった。


 眠い頭の中にスッと入ってくる。眠気を阻害してくるけれどそれほど邪魔だとは思わなかった。


「——以上の公約を実現できるようこの生徒会の面々と共に励んで行こうと思います。ありがとうございました」


 相原さんがそう落ち着いた声で宣言すると形だけの拍手が体育館に響き渡る。


 この中できちんと彼女を支持し応援した人はどのくらいいるのだろう。きっと誰も彼女に期待などしていない。


 生徒会選挙なんて一般生徒からしてみれば、固い地面に座ることを強要されお尻の痛い時間が一時間かそこら増えるだ。

 勉強が嫌いすぎる生徒からすれば授業がつぶれてうれしいのかもしれないけれど、それ以外の生徒からすればどうでもいいという以外に言葉がない。


 きっと彼女が選ばれたのだって、容姿が整っていて朝の演説を候補者の中で一番精力的にやっていたから名前を憶えている人の割合が多かっただけに過ぎないはずだ。


 私自身がそうだった。


 名前も見ずに鉛筆を走らせた後、ふと一人だけ名前に見覚えがあった。ただそれだけの理由で今しがた記入した投票用紙の名前に消しゴムをこすりつけて書き換えた。


 藍原さん的に言えばそれは作戦通りなのかもしれないけれど、一般生徒の認識と言えば結局その程度でしかない。気概も意志も当事者意識すらない行為だった。


 けれどそんな一生徒の中であるはずの私の目には、藍原雫がどこか美しく見えた。


 大きな群れの中で個性を消して、けれどその中でもマウントを取って。そのくせコミュニティーから逸脱することは忌避して。

 そんな私たちとは違うその姿。


 精神性だけではない。彼女の立ち居振る舞い、歩く時のしなやかな歩き方。

 黒いタイツに隠された細く長い脚。

 マイクを持つ細長い指先。


 何より長く伸びた光を反射するその黒髪は、私の量産型なショートヘアーと比べるとダイヤモンドのように光って見えた。


 そして何より。



 彼女の容姿が目を奪われるほどに綺麗だった。



 選挙活動をしているところを何度も見て聞いていたはずなのに、その瞬間から『藍原雫』その名前と彼女の容姿が頭にこびりついて離れなくなっていた。


 自分でも分かってる。とても人に言えるような理由でないってことは。

 けど友達だとか恋人だとかって結局はそういうのが始まりなんじゃないのかとも思ったりする。


 可愛いとかかっこいいとか、優しくされただとか。表面をなぞってそれから深く潜って知っていって……。


 まあどのみち、卒業まで藍原さんとかかわることなどない私には関係のない話だけど。




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