第2話 駄菓子屋の前で
私は昔から綺麗なものが好きだった。
可愛い物やカッコイイもの、自分が綺麗でキラキラしていると感じたものが好きだった。
自分の感性に当てはまるものなら何でも欲しがるそんな子供だった。
例えばラムネ瓶に入ったビー玉が好きだった。キラキラと光る瓶の中で光にかざすと中のビー玉がひときわ輝いて見えた。
それを取ろうと頭をひねって両親から開けられないものだと言われるまで一時間以上格闘していたこともあった。
自分がきれいだと思ったものには一直線な幼稚園小学生だったと思う。
けれどよくある話で、成長するにつれてその感性というのは普遍的でつまらないものにチューニングされて行ってしまう。
かわいいものが好きだと言えばあざといと言われて。かっこいいものが好きだと言えば男っぽいと言われ。
綺麗なものはこういうものだと個人の感性でなく全体の共通認識が当たり前だと言われる。
そんな声にさらされた私はいつからか面白みもない、ただの量産系女子になっていた。
とはいえこの世界のおかしいところで、量産系というのもそれはそれでハブられるもので、それぞれグループの中で役割が付与されている。
リーダーでいつも話題の中心に居る女子、その女子をちょっといじったり時になだめたりする女子。天然な自分で、ある意味あざとく生きる女子。天真爛漫グループのマスコットキャラクターとして時にはグループの垣根も超えていく女子。
そして私のようにリーダーのご機嫌伺いをしながら適度に相槌を打つ量産型。成績もそこそこよくて少しファッション雑誌の知識あり(これも知りすぎるとオタクっぽいと言われる。めんどくさい) 私のグループの立ち位置で言えばこんなところだと思う。
「ねえ
自分の名前を呼ばれて顔を上げると、友人の一人が私の顔を覗き込むようにしてみていた。
その顔からは不満げな感情がありありとつたわってきて慌てて言葉を選ぶ。
けど頭をひねっても記憶がない。話の途中で意識でも飛んでいたか。
「えっと、ごめん、なんの話だっけ?」
「だから昨日のドラマのヒロインあざとすぎだって話」
「あっ、あぁね、なんかやりすぎだよね」
よかった一応この子の好きなドラマだったから見ておいたんだった。飛ばし飛ばしだったけれどこれぐらいなら全然。
「そうそう」
「え~私は結構かわいいなぁって思ったけど?」
「あんたは同族だからそう思うだけだって」
「えーひどくなーい!?」
「あははっ」
「てかさこの間近くにできた——」
その後も話題はコロコロ変わってドラマの話から近くのカフェの話、最近出たコスメの話。百均でもいいコスメはある話とか。話題が変わってそのたび私は適度に相槌を打ちながらコメントして場を回して。
別にグループでの私のこのポジションが嫌だというわけではないし、むしろただ相槌を打つだけでいいのは好ましく思えたりもするけれど、なんとなく物足りなさを感じてしまう。
このまま無駄な時間を過ごして来年からは受験勉強に追われてそれなりの大学に入って。大体みんなそうだよね。
でも、と考える。
生徒会長の藍原さんはその点いい大学に行くだろうなと。
彼女は生徒会長という肩書に倣うよう当たり前みたいに学年一位で、きっと内申点も私と比べるべくもなく素晴らしいものに違いない。
推薦だろうと自分で上の学校を目指そうと、行きたいところならほとんどどこにでも行けそうだ。
そんな藍原さんは今何をしているのかとちらっと視線だけ向けると、彼女は自席で静かに本を読んでいた。
色を抜いた私の髪とは違う、綺麗な黒髪。くりっとした綺麗な瞳。
黒髪が扇風機の風を受けてひらりとはためく。はらりと耳から落ちたそれを静かに耳へとかけなおしていた。
ああ、やっぱりきれいだと思った。
こんな時でも私の目が自然と追ってしまうぐらいに。
*
その日の帰り道、私は一人で歩きなれた通学路を歩いていた。
今日はみんなそれぞれ用事があるようで、それならと私は図書室で本を読んでいた。そのせいで少し変えるのが遅くなってしまって、日が長い夏だというのにもうあたりは茜色に染まり始めていた。
私の場合家が学校の近所だからそれほど問題はないけれど、だからこそこんな遅い時間まで学校に居たんだけど。
とはいえだらだらと歩いて居たいという気分でもない。こんな暑い中を長々と歩いて居たいと思うほど変人でもないし。
今日は抜け道を使って早く帰ろう。そう思いいたって十字路を右に曲がって、いつもは通らないわき道を行く。
進んで行くと広がる風景は見慣れないものばかりで、部活に所属していない私は帰る時間がここまで遅くなることが少ないというのもあるかもしれないけれど、すべてが新鮮に映った。
小さい子供でなくともこの新鮮さはなんとなくワクワクするもので、少しだけ体が軽くなった感じがする。新しい新雪の中を一歩一歩踏みしめていくような、そんな面白さがあった。
ふとこの間友達の一人に少し子供っぽいところがあるよねと言われたことを思い出す。その時はどういう表情をしたらいいのかわからなかったけれど、なるほど案外的を得ていたのかもしれない。
かといって子供っぽいという評価がうれしいというわけではない。
そんなの私のキャラじゃないし。
しばらく行くと昔よく行っていた駄菓子屋が見えてくる。
小学校の通学路はこの前を通るので、よくここで誘惑に誘わるままに引き込まれていた。今ではこの通りもうほとんど来ることなんてないけど。
それは取り上げる必要もない過去の話なんだけど、その駄菓子屋に珍しいことに女子高校生の客が居た。
軒先でラムネ瓶を片手に竹の椅子に座ってたそがれている。
自分の学校の生徒だと気が付いてからばれると面倒くさい気がして、私は知らないふりをしてそそくさと店の前を通りすぎる。
けれどちょうど正面を通り過ぎるとき。
「あれ、加藤さん?
名前を呼ばれて私は立ち止まる。さすがに名前を呼ばれといて知らんぷりというわけにもいかない。それにこの声聞いたことがある気がするような。
そんなことを考えながら呼ばれたほうを振り返ると。
美少女が居た。
綺麗な黒髪を風にたなびかせた少女が、優し気な笑顔をこちらに向けている。
きっと誰もを魅了してしまうような容姿に柔らかい笑みを湛えてこちらを見ている。
目が奪われて呼吸を忘れて、ふっと思い出したように口を動かす。
「藍原さん?」
「……っ、はい、藍原雫です」
一瞬驚いた表情をした藍原さんは、すぐさま平然とした顔に戻って座ったまま小さくお辞儀をする。
彼女の顔を知らない人は私の学校ではそんなにいないと思う。この美貌で成績優秀、しかも生徒会長。
そんな誰しもの記憶に残る藍原雫。
私が時々放課の間に目を奪われる女の子。
そんな子がなぜここに? しかも話しかけられた。
私が驚きのあまり言葉を失っていると、藍原さんは思い出したようにわたわたと手を顔の前で動かす。
「えっとごめんなさい。急いでいたみたいなのにび止めてしまって」
「いや全然、急いでるとかはないんで」
……にしてもほんときれいだ。
茜色の夏空とラムネ瓶、それから黒髪JK。日本人なら誰でもノスタルジーに浸ってしまいそうな組み合わせだ。
麦わら帽子でもかぶっていたら絵画の題材にでもなれるんじゃないか。
そんな賛美を声に出して伝えてしまいそうになるくらい、藍原さんにしか醸し出せない特別な空気感がそこにはあった。
背中を押されたら出てたかも。
「隣どうぞ?」
見とれていると藍原さんが椅子の隣を譲るように端へ寄る。
それから隣に座るように手でぽんぽんと。
「えっ。う、うん?」
私は敷かれたレールの上を進むみたいに自然にできたスペースに腰かけた。
腰を下ろしてからふーっと一息ついて汗をぬぐって。
夕日がきれいだね、とか言いそうになって。
ハッとした。
————いや、どういう状況? 言われるがまま座ってしまったけど。
藍原さんとはほとんど初対面と言っていい。
一方的に好意を持っているだけで、提出物を渡すときぐらいしか話したことはない。
何なら名前を憶えてもらっていることすら驚きだったぐらいだ。
なのに出会ってそうそう隣に座るように促してきて。いや、座ってしまった私も私なんだけど……。
やけにおさまりがよかったから。
「あっ、そうだ加藤さん。ラムネ、飲みますか?」
太陽みたいな明るい笑顔を私に向ける。
困惑をさらに深める魂胆なのか、それともほかに理由でもあるのか。私を置ざりにさらに距離を詰めてきた。
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