未読 17 Kさんの告白?!

「書籍化する、その条件は───」


 Rさんの妖しい眼差しが、俺の緊張感をより高めてゆく。

 

───条件ってどんな……


 隣に座ってるKさんもきっとそうだろう。

 黙って真っすぐ前を見据える姿勢から、緊張感が俺にも伝わってくる。

 そんな高鳴る胸にスッと届けるかのように、Rさんは静かに、だがハッキリと告げてきた。


「受け入れることよ」


 静かに告げられた言葉が耳に届く。

 だけど心にはすぐに届かず、俺もKさんも少し謎めいた顔を浮かべた。


「受け入れること?」


「なにをですか?」


 何かを受け入れなきゃいけないのは分かったが、主語がないからハッキリしない。

 聡明なRさんらしからぬ発言に、心がむしろ少しモヤッとすらする。


───どういう意味だよ。それに、なんでわざわざこんな回りくどい言い方を? らしくねぇ⋯⋯。


 だけど俺らのそんな気持ちを始めから分かっていたかのように、Rさんはスッと薄い笑みを漂わせた。


「それは、今度行けば分かるわ。私と一緒に『華中島出版』にね」


 華中島出版という言葉に、俺は心を巡らせる。

 が、すぐにハッとして見を乗り出した。


「ちょっと待て、もしかしてRさんアンタは……」


 脳裏に走った直感で額にジワッと汗が滲む。

 今俺が思っていることが正しければ、Rさんが今まで話してきた内容が全て一本に繋がるからだ。

 けどこれは、web小説を書いてる俺だからこそ分かっただけ。

 Kさんは謎めいた顔で俺を横から見つめてる。


「ジュンさん、どうしたんですか……?」


 だが俺はKさんの方へは振り向かない。

 Rさんの方を見据えたまま、確かめるようにゆっくりと告げる。


「あの華中島出版の……娘か?」 


 こう告げた瞬間、Rさんは片手でワイングラスを揺らし微笑んだ。


「ご名答♪ その通りよ。華中島はあの漫画の主人公とは“花の文字“違いだけど、よく気付いたわね」


 嬉しそうに告げ、ワインを一口飲むRさん。

 その姿からは、何か一つ成し終えたような雰囲気が滲んでいる。

 だが、こっちは全然そうはいかない。

 とんでもない事に挑戦しなきゃいけないという予感を、ヒシヒシと感じているからだ。


「てことは、コネってのはそういう意味か」


「ひゃあっ、Rさんすごいですね! 全然知らなかったです」


 さすがのKさんも目を丸くしているが当然だろう。

 まさかウチの会社に、しかも大手出版社の社長令嬢がいるだなんてよ。

 今までRさんが何かしらいいとこの娘だという噂は聞いていたが、まさかここまでとは思わなかった。

 だからこそ、今も余裕の笑みを浮かべているんだろう。


「フフッ、そうね。ただ普段は言ってないし当然よ。Kちゃんにもね」


 Rさんはそう言って言葉を続ける。


「で、ジュンさん。もう薄々気付いてるでしょ。アナタがこれから、何を受け入れなければいけないのかを───」


 瞳に宿る妖しい光が俺を捉えて離さない。

 またその光が俺の脳裏に、様々な想いを巡らせてゆく。


───そういうことかよ。俺が受け入れなきゃいけないのはきっと……


 思わず拳にギュッと力がこもる。

 もし“受け入れる“の意味が思った通りの事なら、ここから真の試練が待っているからだ。

 けど、そんな俺の気持を知らないKさんは、恥ずかしそうにカァァァッと顔を赤くしてRさんを見つめた。


「ま、まさかRさん……ジュンさんと、なんか…エッチなこと考えてます……?」


「あらっ、Kちゃん大胆な発想ね。まあ、それも悪くないかも♡」


 挑発的な笑みを浮かべたRさんからは、明らかにそうじゃないという雰囲気が出ている。

 が、Kさんはたじたじしながら身を乗り出した。


「や、やっぱり! Rさん、ダメですよそんなの!」


 マジで見てられんと思った俺はサッと横を向き、呆れ混じりにKさんへ告げる。


「んなワケねーだろKさん。見りゃわかんじゃねーか、ったく」


 けどKさんは納得せず、俺に振り向きワーワー言ってきた。


「どうしてですか! 受け入れるって、そういうことじゃないですか! もうっ、ジュンさんのバカぁっ!」


「だからちゃうっての。そうじゃなくてだな…」


 なんとか説明しようとするが、Kさんは聞こうとしない。

 思いっきりしかめた顔で怒鳴ってくる。


「違いませんっ!」


 大きな叫び声が俺の耳をつんざいた。


───ったく、勘弁してくれよ。

 

 この状況を静かに見つめていたRさんは、軽くため息をついてKさんに呼びかける。


「付き合って読んでもらうのはズルよ」


「へっ?」


 サッとRさんへ振り向いたKさん。

 今の今までわーわー言ってたのに、ほよっとした可愛い顔をしてる。

 そんなKさんを見つめたまま、Rさんは軽く笑みを浮かべた。


「さっきジュンさんが言ってたのよ。Kちゃん、アナタにそんな形で“勝負“に勝ちたくないってね」


「お、おいRさん。それは……!」


 突然の暴露に少ししろもとどろな俺を、Kさんは横で顔を赤くして見つめてる。


「ど、どういうことですかジュンさんっ?! わたしと、その⋯⋯つき、付き合おうと……思ってるんですか♡」


 やばい、完全に誤解された。

 いや、正確に言えば誤解でもないんだけど、今のこのタイミングではマジで違う。


───ここからどう言やいいんだよ?!


 顔を赤くしてるし、完全に怒ってんだろ。

 まったく、Rさんもとんでもないタイミングで言ってきたもんだぜ。

 

「いやKさん、それはだな、あの、なんていうか、その……あれだ。例えばの話でな、だから怒らんで…」


 そこまで言った瞬間、Kさんは突然立ち上がり、わっとした顔で叫んできた。


「じゃあその“例えば”を、今すぐ“現実”にしてくださいっ!」


 不意打ちのような叫びに、俺は思わず固まる。


「……へ?」


 向かいにいるRさんは片手に手を当てて、なんか嬉しそう。


「あらっ♡」


 いやいやRさん、あらっ♡じゃないよ。

 こっちはわけ分らんっての。

 どーして、こういう状況になるんだ?

 と、いうかKさん、今なんつった?


 頭がマジでパニくる俺の横で、Kさんは両手でハッと口を覆った。 


「えっ……ああっ!」


 言ったKさんも我に返ったのか、口を両手で塞いでるが顔は真っ赤だ。


「い、いまのは……ナシでっ! ナシでお願いしまーすっ!!」


 そう言うや否やKさんは勢いよく席を立ち、バタバタと走って店から出ていってしまった。

 周りの客たちや店員さんも何事かという顔で、軽くぼーぜんとしてる。


───まあ当然だよな。てか、それよりなんだ今のは? マジで訳がわからねえ。


 いつもギャグばっか言ってるけど、さっきのは違う……よな?

 けどそんな素振り今まで全然なかったし、ああ分からん。

 なのに俺の向かいで、RさんはKさんの出て行った方へ微笑みながら視線を流してる。


「……へぇ、Kちゃんも意外とやるじゃない」


 と、グラスをクルクルと回しながらRさんがニヤリと笑う。

 なんか、とにかくこっ恥ずかしい。


「な、なんだよ」


 軽くふてった顔を向けた俺に、Rさんはスッと視線を向けた。


「フフッ。ま、“どっちにしても“今の話とは関係ないけどね」


 おいおい、Rさんは今の騒動を完全に楽しんでやがる。

 そりゃ傍から見ればそうだろうけどさ。

 とりあえず、ここは仕切り直しだ。


「……で。Rさん、その“受け入れること”ってのは、やっぱ⋯⋯あれか?」


「ええ、きっとジュンさんが思ってる通りよ」


 静かに答えたRさんは、ワインを片手で前にスッと掲げてきた。


「ジュンさん、ワインは飲める?」


「まあ酒はそんなだけど、一応、人並にはな」


 見た目に反して下戸な方だが、付き合いとかでは飲めるレベルだ。

 ただ、Rさんの問いがそこで終わらないのも分かってる。


「そう。けど……“毒“は飲めるかしら」


 この“毒“が何を意味するのか、問い返すまでもない。

 俺はワイングラスをサッと手に持ち、Rさんのように前に掲げた。


「フンッ……。ま、“覚悟“ってヤツと合わせりゃな」


 真顔で答えた瞬間、Rさんは嬉しそうに微笑んだ。

 瞳に射す妖しい光が揺れる。


「フフッ、楽しみにしてるわ。乾杯しましょ♪」


「ああ⋯⋯」


 こうして俺はRさんと乾杯をし、そこから”毒”の話をした。

 そして同時に感じたんだ。


 俺はもう一生Kさんに、俺の小説を“読ませられない“かもしれないと───




📌ここまで長ったかもしれませんが、物語はここからが真の本番です。

“読む読まない勝負“の裏に隠されたテーマを、ここから感じていただければ幸いです。

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