センパイの小説は読みません♪──カワイイ後輩の未読スルーが、恋と出版業界をざわめかす

ジュン・ガリアーノ

♡ 笑顔で読まない女の子

未読 1 Kさんの”読まない”宣言

 昼下がりの休憩室。


 コーヒーの香りがふわっと広がる中、彼女は湯気の立つマグカップを、両手で包み込むように持っている。

 そしてメガネ越しに長い睫毛まつげの奥から俺を見上げ、ほんのり唇をゆるめ───


「ジュンさん、病院の予約しときました♪」


 って、俺に微笑んできた。

 彼女の声はやけに軽やかで、マグの縁から漂う湯気と同じくらい、ふわっと俺を包んでくる。

 が、言ってきた事はマジで意味不明。

 どうやら病院を予約してくれたみたいだが、俺は健康そのものだっての。

 健康診断はオールA。

 なので、思わず顔をしかめちまう。


「は? なんで病院?」


 すると彼女はわざとらしく首を傾げ、メガネの奥でニコッと目を細めた。


「さっきジュンさんが書いた小説、”いいね”ゼロで落ち込むと思うんで♪」


 まったく、とんでもねぇ決めつけだ。

 ムカつく──


「けっ! 今回は自信作なんだよ。読んでみろや」


 と、俺は唇を尖らせてみた。

 けど悔しいことに、彼女はマジで可愛いのさ。

 ふわっとセミロング、黒縁メガネ、胸もデカいし、眩しい笑顔で”返して”くる。


「えっ、ジュンさんの自信作ですよね? わたしなんかが読むなんて、とてもとても⋯⋯恐れ多いです。アハッ♡」


 こうやって俺の勧めを毎回かわし、決して小説を読まない小悪魔ちゃん。

 今も楽しそうにニヤニヤしながら俺を見てる。

 けどなぜか、いっつも俺に寄ってくんのさ。

 何を考えてんのか、さっぱり分からない。


 それが、謎の可愛い後輩『Kさん』だ。


───

 ───

  ───


 俺は都内で会社員として働く傍ら、日々のスキマ時間でweb小説を書いている。

 『心を震わす小説家』になる為に、胸を打つ、熱い物語を執筆中。

 流行りとは違うから、正直なかなか読まれんよ。

 けど俺は、自分が信じた物語で夢を掴みたい。


 また俺には、もう1つ本気の夢がある。

 実は、それがこの物語のメイン。


 『後輩のKさんに、なんとしても俺の作品を読んでもらう』


 という、どう考えても迷惑系の願望だ w


 けど発端は、会社でKさんが笑いながら言ってきた、小さな一言なのさ。


───

 ───

  ───


「えっ、ジュンさん小説書いてるんですか? マジウケる〜♪」


 ショートヘアを軽く揺らし、イタズラっぽい顔でケタケタと笑うKさん。

 メガネっ娘で男ウケもいいが、俺は怯まんよ。

 ……まあ、ちょっとはアレだけど。


「ウケるって、なーんよそれ。そもそも”ウケ”てねーの、俺の作品は」


 軽く自虐混じりにギャグをかますと、Kさんはニヤッと笑みを浮かべた。


「うっわ、さぶっ。それじゃ流行らないのも納得です♪」


 ちょっとカチーン。

 今のは否定すべきとこだろ。


「言うね w けど、内容には自信はあっから。1つ目は、AIドル(アイドル)って完璧な存在が支配してる世の中で……」


 そう言って結構マジに説明する俺を、Kさんはニタニタしながら見つめてる。


「へぇ〜、確かにちょっとおもしろそうですね♪ けど……」


 うっわ。

 付き合いが長い分、この『けど』で俺には分かっちまう。


───コイツ、”やばい返し”をしてくるわ!


 俺のその心を読んだように、Kさんはメガネの奥からニヤッと微笑んできた。

 メッチャ可愛いだけに、一瞬ドキッとさせやがるからタチが悪い。


「ニヒヒッ♡ わたしジュンさんの小説、ぜーったいに読みませんから♪」


 とんでもねぇことを言われ、俺は思わず目を見開いた。


「はあっ? なんでよ?!」


 冗談半分、本気半分な感じな声が響く。

 同時にKさんはなぜか突然、顔を少し赤らめた。


「だって、もし読んだら……」


 なぜか、少し恥ずかしそうな雰囲気を出してる。

 今までケタケタ笑って小バカにしてきてたのに、なんなのか本当に意味不明。

 で、Kさんはサッと背を向けて、顔だけ俺に振り向けてきた。

 やっぱり頬は、なんか赤い。


───最近流行りの風邪でも引いたのか?


 そんなことが脳裏によぎる中、Kさんは俺を見つめたまま軽く笑った。


「……内緒です♡」


「へっ? どーゆーこと? 意味分かっんねー」


 思わず斜め上を見上げちまったが、Kさんはさらに意味不明なことを言ってくる。

 

「けど……毎話書くごとに、私に勧めにきてもいいですよ♡ ぜ〜ったいに”読まない”ですけど♪」


 Kさん楽しそうだし、マジで謎。

 んでもって、絶妙にタチが悪ぃ。


───読まねークセに勧めてこいとか、なんかの罰ゲームか?


 でも、読めって言ったのは俺だし、ここで引いたら、なんか負けな気がする。

 ぐぬぬっ⋯⋯。

 まあそれに、Kさんが勧めてこいって言ってんだから……ねぇ?

 

「じょーとーだ。いつか、ぜってー読ませてみせっからな」


 ドヤ顔で告げると、Kさんはニコッと微笑んだ。


「やってみてください♪ 楽しみにしてますね、ジュンさん♡」


 軽やかに髪を揺らし去っていくKさん。

 後ろ姿は、なんだかとっても嬉しそう。

 なぜそうなのかは、全く見当がつかんけど。


───ただまあ、嬉しいなら別にいっか。


 楽しそうに歩くKさんを見届けると、俺はクルッと背を向けブースに戻る。


───ったく、おもしれー女。


 だけど、これはまだ序の口。

 Kさんが本気で面白いのはこっからだった。


 笑えるほどぶっ飛んだ、”読まない理由”。


 ここから毎回、それをメッチャ可愛い笑顔と仕草で炸裂させてくるんだ。


 しかもこの───”読む読まないバトル”。

 いずれ周りを巻き込む大事件になることを、俺はまだこの時、知るよしもなかった。

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