第4話
一日、分隊してきた三軍が広い平地に集まってくると方向転換をし、挟撃の体勢に入る。
高台からそれを見ていた
側でそれを聞きながらも、あまり今日は集中出来なかった。
分かっていたけれど、側にいる徐庶を気にしないように集中することがやっとだった。
昨日聞いた、徐庶と
自分も、何故
人柄は優れていたが、王のような覇気はないように思えたからだ。
だからこそ現実に劉備と会い、語らい、彼を知った徐庶の言葉は重かった。
彼は立派な父の資質があるから、一国の王にもなれると迷いなく彼は言った。
そういえば孫家も、元々は
彼が
孫文台を一族の父とした孫家のもとに、朱家が集い、淩家が集い、張家が集い、陸家が集い、その他の一族の父たちが一族を連れて合流する。
確かに呉軍も一つの家族のような所があった。
劉備が『父』なら、
彼を慕う者たちは確かに、彼が流浪の身分であろうと思いは変わらず支えていこうと考えるだろう。
……陸議は父という存在があまり分からなかった。
自分の心がこれほどまでに呉から離れ、遠い場所に今あるのは、もしかしたら自分があの国の誰にも『父』という存在を感じられてないからなのかもしれない。
徐庶は劉備に父を感じているから、魏の国にこうして離れても彼のことを慕い続けている。
陸議にはあまり実感がなかったが、
(多分、『父』という存在は、迷いある人生の道標であり、
……そういえば
この世には父のない人もたくさんいるけれど、そういう存在を求め欲する人が、それを失うと、きっと魂が漂流してしまうのではないだろうか……。
「
「今日一日私の部隊をご覧になっていかがでしたか?
私同様、まだまだ未熟な者が多いのは分かっているのですが、気になったことなどあれば率直に言っていただけると助かります」
気分の沈んでいた陸議には眩しいほどの光を背に、楽進が尋ねて来る。
彼は若いが、どこまでも曹魏の為に戦い、貢献したいという願いが覇気のようにいつも漲っていた。
「未熟どころか。楽進殿が普段ご自身の部隊とどのようにお過ごしになられてるのか、よく伝わってきました。
分隊の一人一人にも楽進殿の覇気が行き届いていて、特に急な策の変更に対しての対処がお見事でした。
敵が仕掛けてくるものに対しての対処は……もっと緊迫した状況で行われるものでしょうが……でも非常に調練の行き届いた部隊であると感じました」
楽進が嬉しそうに、わしゃわしゃと自分の髪を掻いた。
「ありがとうございます! 実は以前
戦では必ず思い通りにならない戦況は訪れるので、その心構えはしておくようにと」
「そうでしたか」
「貴方にそう言っていただけて、少し私の部隊にも軍としての強度が備わってきたのだろうかと思えました。
とはいえ、まだまだ魏軍の歴戦の方々には追いつきません。
これからも精進していきますのでよろしくお願いします!」
「はい……」
「どうされました?」
「あ……夕陽が眩しくて……少し目が眩みました」
目を擦った陸議に楽進が夕陽を振り返る。
「ほんとうだ……とても綺麗な夕陽ですね……朝焼けみたいだ。
私は、暁の時間の空がとても好きで、早朝修練の時はいつも眺めてしまいます。
何か明るい兆しがあるのではないかとそんな風に思えるので。
突然聞かれて徐庶と陸議は同時にえっ、となった。
楽進が二人を、目を輝かせて交互に見てくるので、陸議は慌てる。
「そ、そうですね……私は、一日の終わりが近付くのを実感できる夕暮れでしょうか……陽が落ちてくると、休みの時間が来て……少し安心します……」
徐庶も少し返答に困ったような気配がしたが、小さく笑った。
「私は……以前、人に追われる生活をしていたので、人目を避けて移動は夜にしていました。
ですから日が落ちると、……身の危険を感じたので暗闇は少し、苦手かもしれません。
暁の時間は、私にとっての眠りを許される時間だったので、……いいですね」
「なるほど……でも戦では日中を避け、あえて野戦に持ち込むこともありますから、夜闇の移動に慣れておられるのは強みだと思います。
そうか早朝修練ばかりでなく、夜間演習に慣れておくことも非常に重要ですね」
楽進は何を聞いても、そこから自分の軍に取り入れられる良いものはないか、常に探している人物らしかった。
自分が休めて安心すると言った夜の時間を、
徐庶が身の危険を感じるほど不安に思うと言った時、多分決してそういう意味ではなかったのに、自分が余程危機感のない未熟な人間に思えて、陸議は無意識に、側にいる馬の作る影にそっと隠れていた。
地に映る自分の影が夕暮れの光を避け、影のなかに沈み込む。
徐庶も、楽進も、自分とは違う存在だ。
彼らは光の中にいる。
心の中にある光や、
現実の、自然が生み出す光のなかに。
陸議は最近心が沈んで、日中の光を避けて眠り、夜に起き出すことさえあった。
暗がりに潜むことを、自分が望みはじめている。そう感じた。
徐庶が闇の道を歩んでいたのは、必要に迫られていたからだ。
別に彼が暗がりを望んでそう生きていたわけではないことは、話を聞いていれば分かる。
だから彼は夜闇を恐れるのだ。
それは正しいことだった。
きっと心の底まで闇に染まっていない証拠なのだ。
陸議は
早く戻り、もう何も考えず眠りたい。
自分が徐庶や楽進のような人間よりも、司馬懿のような人間の側を好み始めていることに気付いていた。
司馬懿は彼らより、闇に慣れている。
かつての自分は、むしろ徐庶や楽進のような者たちに惹かれていたような気がしたが、もうその感覚もあまり思い出せなかった。
日が沈むまで見ていましょうかと楽進が言ったので、一時そこに佇んだが、陸議は二人からは少しだけ離れ、眼下にいる兵たちの様子を見ているかのように誤魔化し、ずっと影の中にいた。
(このまま影の中に溶けてしまいたい)
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