第4話 十一人目

「ここだ。」


 優介はポケットから部屋の鍵を取り出し、五番の扉を開けた。


 鍵を回すと、わずかにくぐもった音を立ててドアが開く。

 

「どうぞ。」

 

 中に入ると、さっきまで一人で見ていたはずの簡素な部屋が、誰かと共有するだけで少し違って見えた。

 

「……ふーん。」

 

 緑が部屋に入るなり、きょろきょろと周囲を見渡す。小さな背丈では届かない棚に目を向けたり、ベッドをじっと見たり、部屋の隅まで歩いて確認している。

 

「ほんとに普通だねー。でも、お兄ちゃんの匂いがする。」


「いや、それは流石にしないだろ。」


「するよー。」

 

 そう言いながら、緑は嬉しそうにベッドの上にちょこんと座った。


「緑、あんまり勝手に触っちゃダメだよ。」

 晃が苦笑しながら声をかける。


「うん、わかってるー。」

 

 本人なりに気を遣っているのか、部屋を物色するでもなく、ただ視線を忙しなく動かしながら楽しげに周囲を眺めていた。

 

「金庫はもう開けたのか?」

 佐伯さんがふと聞く。


「ああ、確認はした。中には金銀銅の貨幣。」


「私たちの部屋と同じだな。」

 佐伯さんが小さく頷く。

 

「優介さん、この部屋の宝箱、ちゃんと見ました?」 ゆみさんが俺に声をかけた。


「宝箱って……ああ、思い出した。」

 優介はぽんと手を打つ。

 

「そういえば、俺の部屋にもあった。妙にそれっぽい木箱が三つ。最初、なんだこれって思って、結局、開け方がわからなくて放っておいたんだった。」

 

「どれも、金色のプレートがついてますよね?」

 

 ゆみが確認するように言う。

「一枚箱、二枚箱、三枚箱……どれも金貨を入れるようになってるようなんですよね。」

 

「でも……無闇に使えないってことだよな。」


「そうだな。」

 佐伯さんが軽く頷く。


「たがまあ、気になったし、試しにみんなが見てる前で一枚箱を開けてみたんだ。中には、タバコと、灰皿と、ライターが入ってた。」


 優介は思わず声を漏らした。

「それだけ?」


「それだけだ。まあ……中身はご丁寧にも俺が普段吸ってた銘柄だったけどな。」

 

 それを聞いて優介は眉根を寄せて呟いた。

「……それ、偶然なのか?」


「さあ。」

 佐伯さんは特に何かを思っている様子もなく肩をすくめる。

 

「……気味が悪いな。」


 絞り出すように呟いた優介の隣に緑がぴたっと俺の隣に立ち、宝箱を見つめたまま聞いてくる。


「お兄ちゃん、どれ開けるの?」


「え?」


「一緒に開けよ。」


「……まあ、また今度、な。」


「約束だよ。」

 緑はにこっと微笑んだ。




 食堂に戻ると、そこには見知らぬ女性がいた。


 長い金髪に、透き通るような青い瞳。

 息をのむほど整った顔立ちで、まるで異国の絵画から抜け出してきたかのような美しさだ。


 だが、最も目を引くのはその服装だった。

 長い袖と足首まで隠れる白いローブ。肩を覆う黒いケープ。

 どう見ても、キリスト教のシスターを思わせる姿だ。


 いや、実際にシスターなのかどうかはさておき——彼女の纏う雰囲気は明らかに“神官”や“僧侶”といった、どこか聖職に携わる者を思わせる。


 彼女は優介たちの姿を認めると、ほっとしたように小さく笑った。


「……良かった、誰かいたんですね。」


 柔らかい声だった。


 戸惑いと不安を隠しきれない様子で、彼女は一歩こちらに近づいてくる。


「私、目が覚めた時、一人だったんです。ここがどこかもわからなくて……」


「まあ、驚くよな。俺たちも同じだったよ。」


 優介はできるだけ穏やかな口調で返す。


「とりあえず、今のところすぐに危険ってことはなさそうだ。焦らなくていい。」


 彼女はその言葉に少しだけ肩の力を抜き、控えめに頷いた。


「ありがとう……。あの、私、——」


「自己紹介は、あとでまとめてしよう。」


 佐伯さんがゆるく制止するように言う。


「全員が揃ってからのほうがいい。」


 そう言ってから、佐伯さんは晃に向き直った。


「晃君、みんなを呼んできてくれないか。まだ起きてない一人も、ノックして起こして来てもらえると助かる。」


「了解。」


 晃は軽く手を挙げて、そのまま廊下へと歩き出す。


 食堂に残った俺たちは、少しだけ落ち着いた空気のまま、自然と椅子に腰を下ろした。

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