第3話 緑という名の少女

 それから、優介は館のことについて、三人から詳しく話を聞いた。


 彼らは優介よりも半日ほど早く目を覚まし、すでにこの建物の中をある程度探索していたらしい。


 まず、わかったのは部屋の構造についてだ。

 この建物には、優介たちが使っている個室のほかに、どうやっても開かない部屋が四つ存在しているという。


 開かない扉には鍵穴が無く、カードキーを差し込む端末が設置されているそうだ。

 ただ、そのカードキー自体はまだ誰も見つけていないらしい。


 それとは別に、食堂にある一際大きな両開きの扉――どう見ても正面玄関のような扉も、同じく開かない。

 そこには何かをタッチするような端末があったが、こちらも完全にロックされているようだった。


 閉ざされた部屋、閉ざされた出口。

 どう足掻いても、現状この館から出る手段はない、ということだ。


 それから、食堂にある自動販売機の話になった。


「僕たち、最初はどうやって食事を取ればいいのかわからなかったんだけど……」

 晃が指差したのは、壁に埋め込まれた例の自販機だ。


「この自販機、どうやら銀貨を使えば、弁当や飲み物が買えるんだ。」


 試しに使ったら、問題なく動作したらしい。


 弁当は銀貨二枚、飲み物は銀貨一枚。


 値段は固定で、今のところ他に食料を得る手段は見つかっていない。


「そういえば、優介さんの部屋にも銀貨、ありましたよね?」

 ゆみが俺に尋ねた。


「ああ……あった、けど……俺、数えてなかったな。」


「あはは、やっぱり。」


 晃が軽く笑う。


「最初はね、僕も数えてなかった。でも、僕たち三人の部屋を全部確認したんだけど、どうやら貨幣の配分は全員共通だった。」


「金貨三枚、銀貨六十三枚、銅貨十四枚。それが各部屋に用意されてたみたいだよ。」


 それなりに長く過ごせる程度の備蓄。

 だが、もしこれを使い切ったらどうなるのか――そこはまだ誰にもわからない。


「あと……他にも人がいるよ。」


 晃が、ふと視線を廊下に向けた。


「まだ全員に会ったわけじゃないんだけど、部屋の並びと、名前のプレートを確認したら、多分、ここには十二人いる。」


「優介さんはこれで10人目かな。」


 ……10人目。


 まだ起きてない人が2人いるということか。

 1番早く目覚めた人は誰だったのだろう。

 そんな話をしていた、その時だった。


「……あ。」


 食堂の入り口から、小さな足音が響いた。


 ふと振り返ると、一人の少女が、ぬいぐるみをぎゅっと抱きしめたまま、こちらに駆け寄ってきた。


「あ、起きたんだね! お兄ちゃん!」


 元気で愛らしい声が食堂に響く。


 目の前に現れた少女は、ぱっと見て小学校低学年くらい――おそらく十歳前後だろう。


 白いワンピースをふわりと揺らしながら駆け寄ってくるその姿は、どこか人形のように華奢で、小さな手足が頼りなくさえ見える。


(……小さい。想像以上に小さいな。)


 一番目立つのは、胸のあたりで抱きしめている大きな猫のぬいぐるみ――ではなく、その長い髪だ。


 緑の髪は、ゆるくウェーブがかかった茶色がかった髪で、背中のあたりまでふわりと伸びている。


 毛先が軽く跳ねていて、動くたびに優しく揺れる。

 その髪は、大きめのリボンで高い位置に結ばれていた。

 色は薄いピンク。小柄な彼女によく似合っていて、どこかおとぎ話に出てくるお姫様のようにも見える。


 無邪気な笑顔でこちらに駆け寄ってきた緑は、まるで以前からの知り合いかのように、当たり前のように俺の隣の椅子にちょこんと座った。


「お、おう。えっと……君は?」


「緑だよ!京山緑!」


 ぱっと胸を張って、元気よく名乗る。


「緑……か。」


「うん!」


 人見知りの気配は一切ない。むしろ懐き方が早すぎる。

 ぬいぐるみを抱きしめたまま、にこにこと俺を見上げてくる。


(……なんなんだ、この子。初対面のはずなのに、すごく自然に距離が近い。)


 緑は優介のことを「お兄ちゃん」と呼びながら、小さく歩を詰めてくる。


「お兄ちゃんって、どこのお部屋だったの?」


「えっと、五番の部屋だった。」


「ふーん、五番かぁ。じゃあ、お隣さんだね!」

 緑は嬉しそうに小さく跳ねる。


(お隣さん、か……)


 その言い方が、なんだか可笑しくて、少しだけ口元が緩む。


「お兄ちゃんの部屋、どんなだった?」 


「いや……まあ、普通にベッドがあって、机があって……そんな感じ。」


「ふーん……」


 緑は少しだけ考え込むように首を傾げると、ぱっと顔を上げた。

「見てみたい!」


「……え?」


「お兄ちゃんのお部屋、見に行ってもいい?」


「え、いや……別に面白いものは何もないぞ?」


「だってお隣さんだし。」


 緑はそう当然のように言って、にこっと笑う。

 その無邪気な一言に、優介は言葉が出なかった。


 ちら、と佐伯さんたちに視線を向けると、佐伯さんは小さく肩を竦めた。


「いいんじゃないか?ちょっと見に行くくらい。」

 佐伯さんがそう言った。


「ふふ、私も気になります。優介さんのお部屋。」

 ゆみさんが穏やかに笑う。


「お兄ちゃん、いいでしょ?」

 緑が袖を引っ張る。


(……まあ、そこまで言うなら。)


「別にいいけど、ほんとに普通だぞ。」


「やった!」

 緑は嬉しそうに小さく跳ねた。


「じゃ、行こう。」


 晃が軽く言い、みんなでそのまま歩き出す。流れるように自然な足取りだった。


 廊下を歩きながら、晃がふと口を開く。

「ところでさ、まだ会ってない人、あと何人いるんだっけ?」


「たしか……二人だ。」

 佐伯さんが答えた。


「最初に起きたのは、私だった。しばらくして、次に起きたのが真田という男だった。ちょっと柄が悪いし、口も態度も荒っぽいが…まあ今のところは大人しくしている。」


「ふーん……」

 緑が興味深そうに聞いていた。


「あとはそうだな……君たち以外に、顔を合わせた女性が3人いるよ。」


「名前は確認したんですか?」

 ゆみさんが静かに尋ねる。


「ああ、軽くな。まだ深く話したわけじゃないが。……ま、順番に会っていけばいいさ。」


 佐伯さんが一言だけ含みを持たせた様子でそう言い、そのまま歩き続ける。

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