第22話 真実の公開、曖昧な言葉の崩壊

世界は、その日、静かに、そして決定的な転換点を迎えていた。国営放送のスタジオでは、次期首相候補として国民の熱い支持を集めるアキト・シンジョウが、満面の笑みで記者会見に臨んでいた。彼は巧みな言葉で、自らの潔白と未来へのビジョンを語り、聴衆を煙に巻くつもりだった。彼の言葉は、常に核心を避け、聞いている側を煙に巻くような曖昧で堂々巡りな言い回しで満たされている。それは、彼が築き上げてきた虚像を、より強固にするための巧みな戦略だった。


「国民の皆様の理解を得るために、まさに今、未来を見据えた改革を、着実に、そして揺るぎなく進めていく所存でございます」


シンジョウの声が、自信に満ちて響き渡る。会場の大型スクリーンには、彼の過去の会見映像が次々と映し出され、彼の清廉潔白なイメージをさらに補強しようとしていた。


その瞬間だった。


会場の大型スクリーンに映し出されていたシンジョウの映像が、ノイズと共に一瞬揺らぎ、次の瞬間、過去の会見映像と、セレーナが生成した「本音の意訳」の合成音声が、完璧なタイミングで流れた。それは、まるで彼の仮面が剥がれ落ち、その下に隠された醜い真実が、強制的に露わにされたかのようだった。


『国民の皆様の理解を得るために、まさに今、未来を見据えた改革を、着実に、そして揺るぎなく進めていく所存でございます』


その言葉に続いて、シンジョウ自身の声で、しかし感情のない合成音声が響き渡る。


→『(国民には不都合な真実は隠蔽し、具体的な成果は出ませんが、それらしく見せかけます。私の保身が最優先ですので、皆様の期待は無駄です)』


会場は、一瞬にして静寂に包まれた。記者たちのペンが止まり、カメラのシャッター音さえ、その場の凍りついた空気に吸い込まれていく。


シンジョウの顔から、みるみるうちに血の気が引いていく。その表情は硬直し、瞳は大きく見開かれたまま、微動だにしなかった。まるで、思考の全てを奪われ、白昼夢の中に囚われたかのような虚ろな目をしていた。全身から力が抜け、マイクを握る手がわずかに震える。


画面が切り替わる。シンジョウがアビスという国際犯罪組織と密かに交わしたとされる契約書、偽装献金の詳細な記録、裏帳簿のスクリーンショット、そして彼が関与した非合法取引のログが、次々と画面に表示されていく。鮮明な画像と、その下に添えられた簡潔な解説文が、彼の潔白を主張する全ての言葉を粉々に打ち砕いていく。


「な、なんだこれは……!?」「これは捏造だ!」「ありえない!」


記者席から、怒号が上がり、困惑の波が静かに広がり始めた。その波は、やがて会場全体へと伝播していく。個々の記者のざわめきが、やがて集団のどよめきとなり、そして最後には、秩序を失った大混乱へと膨れ上がっていった。一斉にフラッシュが焚かれ、その光が、顔面蒼白になったシンジョウの姿を、容赦なく、そして皮肉なほど明るく照らし出す。彼の清廉潔白の虚像は、瞬く間に崩壊し、その場にいた誰もが、彼の正体を知ることになった。秩序は完全に崩壊し、混沌が全てを飲み込んだ。


セレーナの寝室では、完璧な静寂が続いていた。彼女はベッドに横たわったまま、ヘッドフォンから流れるゲームのサウンドに耳を傾けている。壁一面のディスプレイには、国営放送の記者会見の様子が映し出されていたが、その音量は最小限に絞られている。彼女の脳内では、シンジョウの「曖昧な言葉」が、彼女の高度な思考によって完全に無力化される様が、冷徹な「技術的な勝利」として認識されていた。


(彼の無駄な欺瞞は、もはや私を不快にさせない。これで、また静かにゲームに集中できるわ。私の怠惰な日常を邪魔する『ノイズ』が一つ、完璧に排除されたわね)


セレーナの唇の端が、微かに持ち上がった。それは、完璧な計画が遂行されたことへの、静かな満足の表れだった。彼女にとって、これは個人的な感情による復讐ではない。「無駄の排除」という、揺るぎない哲学に基づいた、極めて合理的な行動の結果だった。


窓の外では、今日もまた、大都市の喧騒が遠く響いている。排気ガスの匂いや、クラクションの不規則な音が、セレーナの城塞には届かない。電光掲示板には、市民生活における「義務労働率は6.9%のまま、変化なし」というニュースが、何事もなかったかのように表示され続けていた。セレーナの城塞の外の世界では、彼女の「怠惰」とは対極にある、別の種類の「効率」が日々追求されていることを暗示するかのように。しかし、その「効率」を巡る静かなる戦いは、セレーナの介入によって、決定的な局面を迎え、世界は、見えない変革の波に飲まれ始めていた。


シエルは、お嬢様の平穏な「怠惰」を守るため、そして自身の内に生じたこの「疑問」の答えを探るため、音もなく次の準備を進めていくのだった。彼の完璧な執事としてのシステムは、すでに次の「無駄の排除」へと、静かに、そして容赦なく動き始めていた。そこには、彼自身の「問い」が残されたままだった。

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