第七話『旅芸人と獣耳ラーメン、奇跡の一杯』

「さぁさ! さぁさ! 目にも止まらぬ神業芸――!」




村の広場に、きらびやかな装束の一団がやってきた。旅芸人一座だ。


炎を操る火吹き男、軽やかな踊り子、口上を述べる道化。


しかし――。




「……ん?」




「なんか……ノリが悪いっすねぇ……」




マコトは、寸胴をかき混ぜつつ遠目に眺めた。


村人たちは「一杯屋」の香りに鼻をくすぐられながら、芸にはチラ見しかしない。


旅芸人たちの演目に、拍手すらまばら。




「むむっ、これは“敵”がいるな……!」




一座のリーダー格である帽子の男――ジャスルが、苛立ったように帽子をひねったその頃。




裏路地では、別動隊が密かに動いていた。




「さあ、お姫様。こちらへ来てもらおうか」




「なっ……!? あなたたち……!」




リリアが気づいた時には、もう囲まれていた。


だが、彼女は地を蹴った――




「マコトッ!!」




悲鳴混じりに飛び込んだのは、木造屋台『一杯屋』の厨房奥。


寸胴の湯気が立ち込める中、マコトが振り返る。




「リリア!? どうしたっ」




「追われて……! あの旅芸人、やっぱりただの一座じゃない!」




追ってくる黒装束の男たち――それを遮るように、


三人娘の護衛・セレナ、ミナ、クレアが素早く立ちはだかる。


さらに、背後からはじい様護衛・ギルドと若き剣士カイが現れ、店の中は一触即発の空気に。




「ふうん……王女、ここにいたか。なるほど、“一杯”に逃げ込むとは洒落てるな」




ジャスルが、広場からの演目を中断し、仲間たちと共に姿を現す。




「……ラーメン屋ごと燃やすつもりだったが、どうやら考え直す必要がある」




「やめとけ」




マコトは静かに一言、寸胴をのぞき込んだ。




「せっかくいい感じに煮えてるのに、殺気で味が台無しになる」




「は?」




「ほら、これ。とりあえず一杯。話はそのあと」




カウンターに置かれたのは、醤油ラーメン。


今日のスープは、鶏ガラと魚介の合わせだし、


炙りチャーシューに、香味油と海苔をあしらった一杯。




ジャスルたちは思わず息をのむ。




「……ふん、最後の晩餐ってか?」




そう言いながら、箸を取る一味。


口に含んだ瞬間――




「ぬおおぉぉぉぉおおおおおおおッッ!!!」




「なっ、なんだこれはッ……うまい……うまいぃぃ!!」




「脳髄が……震えるぅぅぅぅ!!」




パンッ! という音とともに、踊り子の衣装が吹き飛んだ。


三味線の音が突如“G線上のアリア”を奏でるほどの衝撃。




護衛たちも、一瞬だけ警戒を解く。




「……我らの目的は王女の動向を探ること。


 本来、手荒なことはするつもりはなかったが……まさか、庶民と混ざってラーメンなどとはな」




ジャスルは目を伏せた。




「命令主は、王都の“貴族派”。国の行方を危ぶむ彼らの意向ってわけだ。


 だが、こいつは……ラーメンだけは、革命的だった。


 ――王女殿下。うちの黒幕にゃ報告はしますが……あんたの判断が間違ってるとは、もう言えねぇ」




「……わかっていたわ。貴族派が動くのも、王都の味覚が死んでるせいだもの。


 でも……この一杯があるなら、希望はある」




リリアの瞳に、確かな光が宿る。




そのとき。おずおずと、店の隅から一人の少女が顔を覗かせた。




小柄で、うす汚れた服に、猫のような耳と尻尾。


年の頃は12歳くらい。怯えたようにマコトを見ていた。




「君は……この人たちと?」




「……ユエ。わたし、奴隷。調理道具……洗い、火の番……ときどき、叩かれる……」




「ユエ……。君、ラーメン……食べたことあるか?」




少女は首を横に振った。


マコトはにっこりと笑い、特製の塩ラーメンを差し出した。




「じゃあ、今から君は“食べる人”になって、次に“作る人”になって。


 ……それから、“届ける人”になればいい」




少女は一口食べた。


涙が、ぽろりと零れた。




「……おいしい」




「うん、よかった」




その夜、芸人一座は何も持たずに去っていった。


残された少女・ユエは、厨房の隅に小さな布団を敷いて寝ていた。




王女の旅路には、新たな同行者が加わった。


小さな耳と大きな鍋を抱えて――“味”の未来を夢見て。

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