第四話『屋台から、はじめの一杯屋へ』

「ねぇマコト。これって“湯切り”ってやつ?」




「そうそう、そのまま“シャッ!”って勢いよくやると、麺が締まってプリプリになるんだ」




「プリプリかぁ……わたしもなれるかな、そういうの……」




「ん? ……うん、頑張ろうな」




広場の屋台は、今日も開店前から行列ができていた。


だが、厨房(と呼ぶには狭すぎるスペース)では、リーネが鼻先に汗を浮かべながら真剣な目で麺鍋を睨んでいる。




「……ほら、火、弱めたほうがいいよ。スープが濁るから」


「わっ、ご、ごめんなさいっ!」




そう、リーネはすでに準スタッフと化していた。


配膳、洗い物、そして最近では仕込みにも参加している。


興味の矛先はすでに「食べる」から「作る」へと移っていた。




「マコトさーん、オレにも教えてください!」


「オレも! あのチャーシューってどうやってんすか!?」




村の若者たち――かつては食べる専門だった連中が、今やラーメン修行にやってくる。


「“味見”って言いながら5杯食べて帰るのやめな」と笑いつつ、マコトは皆に包丁の持ち方から教えていった。




その姿は、まるでラーメン道場。




「マコト殿……この村の空き家、使ってくれんかのう?」




そんなある日、村長が頭を下げてきた。


「屋台じゃもう手狭じゃろ。いっそ、“店”にしたらどうじゃ?」




「……いいのか? 材料も器具も、まだ足りてないし」




「そこは、皆でどうにかするさ。あんたのラーメンのおかげで、村に笑顔が戻った。次は、村の番じゃよ」




――その言葉に、マコトの胸に熱いスープが染み渡るような想いが広がった。







そこからの村人たちの動きは、ラーメンの湯切り以上にキレが良かった。




空き家の柱を組み直し、炉を設置し、雨よけの庇をつける。


看板には、木彫りで『一杯堂いっぱいうどう』と刻まれた。




「マコトさん、名前考えたんですか?」


「いや、みんなが勝手に……でも、悪くないね」


「“一杯”で人を幸せにするって意味、だってさ。村長が考えたのよ」




完成した店舗の前には、開店日を前に人が集まり始めていた。


村の外から――隣村の農夫、山越えしてきた商人、王都からの食いしん坊貴族の娘まで!




「ようやく……店になったか……」




マコトは、厨房の中で丼を並べ、スープを火にかけながら、深く息を吸った。




そして――開店初日。




「お待たせしました! にんにく醤油、特盛り、いきます!」




「おぉぉおおおお!! この湯気ッ!! 麺の照り!! 油膜の煌めきは……まさに、スープのステンドグラス!!」




「わしの舌が震えておるッ! これは、ラーメンという名の――神殿じゃ!!」




「オレの服のボタンが勝手にッ! あっ、また弾けた!!」




リアクション祭り、開幕。


人は泣き、叫び、舞い踊り、感謝し、語り出す。


「このスープの塩梅は、まるで母の胎内に戻ったようじゃ……」


「……黙って食えよ」




そして。




「マコトォオオオオッッ!! 今日の味噌、過去最高だわあああああああ!!!」




――服、吹っ飛んだ。


そう、リリアである。




彼女はもはや**“一日三食全部ここ”の女**である。


マントは吹き飛び、椅子ごとひっくり返り、壁に激突。


それでも次の瞬間には丼を両手に持って、ズズズと魂を吸っていた。




「ラーメンは……私の光……!!」




「……マコトさん、ちょっと嬉しそうですね」


「うん。ラーメンって、すごいね。誰かを元気にできるって、こんなに嬉しいんだなって思うよ」




マコトは、静かに湯切りをもう一振り。


湯気がたちのぼる。


それはまるで、希望の狼煙のようだった。

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