第四話『屋台から、はじめの一杯屋へ』
「ねぇマコト。これって“湯切り”ってやつ?」
「そうそう、そのまま“シャッ!”って勢いよくやると、麺が締まってプリプリになるんだ」
「プリプリかぁ……わたしもなれるかな、そういうの……」
「ん? ……うん、頑張ろうな」
広場の屋台は、今日も開店前から行列ができていた。
だが、厨房(と呼ぶには狭すぎるスペース)では、リーネが鼻先に汗を浮かべながら真剣な目で麺鍋を睨んでいる。
「……ほら、火、弱めたほうがいいよ。スープが濁るから」
「わっ、ご、ごめんなさいっ!」
そう、リーネはすでに準スタッフと化していた。
配膳、洗い物、そして最近では仕込みにも参加している。
興味の矛先はすでに「食べる」から「作る」へと移っていた。
「マコトさーん、オレにも教えてください!」
「オレも! あのチャーシューってどうやってんすか!?」
村の若者たち――かつては食べる専門だった連中が、今やラーメン修行にやってくる。
「“味見”って言いながら5杯食べて帰るのやめな」と笑いつつ、マコトは皆に包丁の持ち方から教えていった。
その姿は、まるでラーメン道場。
「マコト殿……この村の空き家、使ってくれんかのう?」
そんなある日、村長が頭を下げてきた。
「屋台じゃもう手狭じゃろ。いっそ、“店”にしたらどうじゃ?」
「……いいのか? 材料も器具も、まだ足りてないし」
「そこは、皆でどうにかするさ。あんたのラーメンのおかげで、村に笑顔が戻った。次は、村の番じゃよ」
――その言葉に、マコトの胸に熱いスープが染み渡るような想いが広がった。
*
そこからの村人たちの動きは、ラーメンの湯切り以上にキレが良かった。
空き家の柱を組み直し、炉を設置し、雨よけの庇をつける。
看板には、木彫りで『一杯堂いっぱいうどう』と刻まれた。
「マコトさん、名前考えたんですか?」
「いや、みんなが勝手に……でも、悪くないね」
「“一杯”で人を幸せにするって意味、だってさ。村長が考えたのよ」
完成した店舗の前には、開店日を前に人が集まり始めていた。
村の外から――隣村の農夫、山越えしてきた商人、王都からの食いしん坊貴族の娘まで!
「ようやく……店になったか……」
マコトは、厨房の中で丼を並べ、スープを火にかけながら、深く息を吸った。
そして――開店初日。
「お待たせしました! にんにく醤油、特盛り、いきます!」
「おぉぉおおおお!! この湯気ッ!! 麺の照り!! 油膜の煌めきは……まさに、スープのステンドグラス!!」
「わしの舌が震えておるッ! これは、ラーメンという名の――神殿じゃ!!」
「オレの服のボタンが勝手にッ! あっ、また弾けた!!」
リアクション祭り、開幕。
人は泣き、叫び、舞い踊り、感謝し、語り出す。
「このスープの塩梅は、まるで母の胎内に戻ったようじゃ……」
「……黙って食えよ」
そして。
「マコトォオオオオッッ!! 今日の味噌、過去最高だわあああああああ!!!」
――服、吹っ飛んだ。
そう、リリアである。
彼女はもはや**“一日三食全部ここ”の女**である。
マントは吹き飛び、椅子ごとひっくり返り、壁に激突。
それでも次の瞬間には丼を両手に持って、ズズズと魂を吸っていた。
「ラーメンは……私の光……!!」
「……マコトさん、ちょっと嬉しそうですね」
「うん。ラーメンって、すごいね。誰かを元気にできるって、こんなに嬉しいんだなって思うよ」
マコトは、静かに湯切りをもう一振り。
湯気がたちのぼる。
それはまるで、希望の狼煙のようだった。
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