第三話『屋台の香りと、衝撃の一杯』
朝の村には、今日も寸胴の香りが立ち上る。
オルマ鳥のガラと、昨晩リーネが見つけてきた野生ニンニク「サクメル草」。
香ばしく揚げて香り油にすれば、それはもう村人たちが理性を失うレベルのラーメンが完成する。
「よし、今日は“にんにく醤油”いってみようか」
「マコト、それって昨日よりも匂いが強いってこと?」
「うん。でもそれがまた、クセになるんだよ」
マコトが村の広場にこしらえたのは、木の台に天幕を張っただけの簡易屋台。
それでも、毎日昼前になると人が並ぶ。村の人口30人中、28人は食べにくる。
――残りの2人は寝たきりのおじいちゃんと、リーネの病気の母親だけ。
「この匂いは、まるで獣人の婚礼の儀式みたいだってばあちゃんが言ってたぞ!」
「今日のスープは昨日より深い! これは……“二段仕込み”ってやつか?!」
「やっぱり、あの白いやつ……“モヤシ”が最強だよな……!!」
ラーメンは、村人たちの娯楽になっていた。
マコトは嬉しそうに笑いながら、湯切りをひと振りしては、スープを注ぎ、トッピングを添える。
リーネは黙って、それを横で見ている。そして空いた皿を洗い、次に使えそうな野草や茸を持ってくる。
「これ、昨日の北の崖のほうで見つけた。香りはちょっと甘めだけど、火を通すと面白いかも」
「おっ、ありがと。リーネの舌、なかなか育ってきたな」
「……ふふん、毎日食べてれば覚えるっての」
最初は半信半疑だった村人たちも、今やマコトに絶対の信頼を寄せていた。
一杯のラーメンが、腹と心を繋ぐのだ。
──そんなある日の午後。
「おや、見慣れない顔だな」
一人の女性が村にやってきた。
旅装をまとい、マントの下には上質なドレスのような生地がちらりと見える。
その姿は、ただの旅人にしては上品すぎた。
「ふう……ここが“腹の匂いに誘われし村”という噂の地かしら」
「……そんな名前いつ付いたんだこの村」
マコトは笑いながら、客に出していた丼を洗う手を止めた。
「あんた、旅の人?」
「ええ。私はラ……ただの食べ歩きの女。良い匂いにつられてきたの。……それ、ラーメンっていうのよね?」
「……そう。ラーメン。あんた、食ったことあるのか?」
「ないわ。だからこそ、ずっと探していたの。未知なる料理――その一杯のために」
どこか芝居がかったその口ぶり。でも、目は本気だった。
マコトは、彼女のために一杯を作ることにした。
今日の特製――“焦がしバターと茸の味噌ラーメン”。
香ばしいバターと、魔物キノコ“ゴールデンマッシュ”のうま味がぶつかり合い、味噌のコクがそれらを包み込む。
麺はもっちり太麺。焼いた肉の切れ端もトッピングに添えて、熱々で丼を差し出した。
「お待ちどう。今日の主役だ」
女性は静かに箸を取り、ひと口。
……次の瞬間。
ビシュンッ!!!
「――――ぁああああッ!!」
彼女の服のボタンが一斉に弾け飛び、マントが風のように舞う。
ドレスが一瞬で色づき、背景に薔薇の花が咲き乱れる。
「こ、これは……! 麦の香りが奏でる“鼓動”! 味噌のコクが唇を滑り、バターの余韻が脳髄を直撃して……!」
「……ちょっと、なに言ってんのこの人……」
リーネが引き気味に言う中、彼女は半ば恍惚の表情で、さらにもう一口啜った。
「まるで……スープの海に、私という小舟が溺れていく……ああ、帰れない……帰れないわ……このラーメンの世界からッ!!」
村人がざわつく。
「な、なんだこの人……!すごい……けどなんか怖い……!」
「でも、ラーメンって……やっぱり人を狂わせるほど美味いんだ……!」
マコトは湯気の向こうで苦笑する。
「……そこまで言われると、ちょっと照れるな」
彼女はふいに正面に向き直り、胸元を押さえながら深く頭を下げた。
「あなた。名は?」
「マコト。ラーメン屋だよ」
「私は……リリア・ルシフェール。ただの旅の娘よ」
(──うそだな。そっちは“王家”の匂いがする)
でもマコトは、何も言わずに笑った。
ラーメンが、またひとり、心を溶かしただけだ。
次の日から、リリアは屋台の常連になった。
この村が、静かに変わり始める気配があった――。
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