第9話

昼休みの図書室前、ベンチにて。


**西岡 ミホ(ESFP)**は、怒っていた。


「だから! 私は“みんなに合わせるだけの女”じゃないって言ってるやん!」


「うん。でも、ESFPって“場の空気に流されやすい”って説明されてるよ?」


そう返したのは藤崎 カナ(INTP)。冷静沈着、いわゆる“論理型”。


「……は? それ、ネットに書いてあっただけやん」


「でも、傾向としては当たってると思うよ。ミホ、昨日もあやかが話してた流行りのアイドル、興味ないのに“めっちゃ好き!”って言ってたでしょ」


「それは場を壊したくなかったからで……」


「つまり空気読んだってこと。やっぱESFP」


「ねぇ、そういうのもうやめてくんない?」


声のトーンが、変わった。


「私が何か言うたびに、“はいそれESFPの特徴〜”とか、“あーだからFe主機能なんだよね”とかさ。あんたに、私の何がわかんの?」


カナが固まった。


「……うん。でも私は“論理的に”話してるだけで、別に否定してるつもりは……」


「もうええ。MBTIなんか、全部ゴミやわ」


ミホはそのまま踵を返して去っていった。


図書室のドアが、静かに閉まる。


放課後。

誰もいない体育館の隅に、ミホはひとり座っていた。


「ESFPって……なんなん」


陽キャ、うるさい、軽い、八方美人――ネットにはそんな言葉ばかり。


「あたし、ただ……みんなと楽しくしたいだけやのに」


思わず涙が出た。


そのとき、横から草履の音が近づいてきた。


「……自らを“型”に閉じ込め、苦しむか」


宮本武蔵だった。


「……また、出た……変な武士……」


「苦しみが深いほど、人は分類にすがる。“自分は何者か”を、証明せずにはおれぬ」


「……でも、型にハメられんの、しんどいよ……。あたしは、ESFPでも、誰でもない……ただの、西岡ミホやって言いたいのに」


「うむ。では、その言葉を、最も近き者に伝えてみよ」


翌朝、教室の隅。


ミホは、机に向かうカナの横に立った。


「ごめん。昨日、怒って。……でも、正直に言うわ。

あたし、自分をESFPって言われるの、なんか……“見透かされた”気がして嫌やった」


カナは黙って聞いていた。


「私が“空気読む”のは、好かれたいとか、そういうのじゃなくて……嫌われたくないだけ。

誰にも、本当の気持ち見せたくないから、笑ってるだけ。……それを、勝手に“タイプ”で片づけられんの、めっちゃ怖かってん」


沈黙。


少しして、カナが答えた。


「……ごめん。私、逆に“タイプ”に頼ってたんかも。

人と関わるの、苦手やから。“分類”して理解した気になって、安心してたんかも」


ミホは小さく笑った。


「でも、カナがINTPっぽいのは認めるわ。“無意識に人傷つけるロジック女”って感じ」


「それ、悪口やん」


ふたりは見合って、笑った。


屋上にて。

武蔵は、校庭でじゃれ合うふたりを見下ろしていた。


「人の性(さが)とは、分かり合いたくて、分けたがるもの。

しかし、型の奥にある“個”を見たとき、真の理解が生まれる」


風に揺れる木刀の柄を、そっと握り直す。


「そして、“私をわかってほしい”という想いこそ――闇を祓う剣となる」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る