第2話

片山中学校、夕暮れのグラウンド。


「サーブ、また浮いてんで。千晶、打点下がってるわ」


「……秋山、あんた空手部やのに、うるさいねん」


「うちは二刀流やからな。テニスでも手ぇ抜かへんで?」


くすっと笑う声。ソフトテニス部の練習も終盤、ペアを組むふたり――野原 千晶と秋山 彩音の声が、夕日に照らされたコートに響いていた。


千晶は身長170cm、褐色の肌に短く結んだ髪。パワータイプのプレイで前衛を務めるが、最近はどこか冴えない様子だった。


「ほんまにしんどかったら、部活来んでええんやで?」


「来た方がマシや。……家にいても、ええことないし」


その言葉に、秋山の顔が曇る。


千晶の家。


台所には酒臭い空気。母親がまた、酔っていた。


「部活ばっかして、なんの役に立つんや! 洗濯もせんと!」


「さっき帰ったとこやろ……! うち、なんか悪いことした!?」


「口答えすんなや!!」


バンッ、と机が鳴る。


千晶は口をつぐみ、黙って犬の寝ている部屋に逃げた。

老犬のポメラニアンを撫でながら、膝を抱える。

姉の結衣はバイトで不在。父親は夜勤。千晶はひとりだった。


「……なんで、うちばっか、こんな目に……」


そのとき、ふすまの向こうに、人影が見えた。


「……誰?」


開けると、そこには、正座する男――宮本武蔵がいた。


「この家の中に、闇がある」


「なに……あんた……誰やねん」


「拙者は武蔵。お主の心が、声を上げた。助けを求めてな」


「ふざけんな……助けてくれる奴なんか、おらんわ。秋山以外、誰もうちのこと見てへんし」


武蔵は、静かに立ち上がった。


「秋山。よい友を持ったな。だが、友に寄りかかるばかりでは、闇は祓えぬ」


「……じゃあ、どうすんねん」


「まず、己を信じること。お主には、心を貫く力がある。剣を持たずとも、心の刃で斬るのだ」


その言葉が、胸に残った。


翌日、部活後。


「千晶、昨日LINE返ってこんかったけど……」


「ごめん。ちょっと、色々あって……」


秋山は、まっすぐに見つめた。


「うち、心配してる。あんた、最近目ぇ死んでる」


千晶は笑ってみせた。


「……うち、もうちょっとだけ頑張ってみるわ。秋山おらんかったら、ここにもおらんかったかもしれん」


秋山の拳が、軽く千晶の肩を叩く。


「その分、練習ではしごいたるわ」


「やめてやー!」


ふたりの笑い声が、グラウンドに響く。


遠くで、それを見守る男の姿。


武蔵は、静かに頷いた。


「斬らずとも、人の心に届く“強さ”がある。……見事、見事」


かつて千の命を奪った剣士は、今、人の心を救う“闇祓い”となって、静かにそこに立っていた。

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