武蔵、片山中に現る

パンチ☆太郎

第1話

雷が、空を引き裂いた。


その閃光とともに、男は現れた。

黒羽二重の着物に身を包み、腰には二本の木刀。髷(まげ)を結ったその風貌は、明らかに現代のものではなかった。


「……ここは、どこだ?」


男の名は――宮本武蔵。


気づけば、彼は校庭に立っていた。古めかしい石畳もなければ、土の道もない。目の前には、鉄とガラスの建物。そこに記された文字は、


「吹田市立 片山中学校」


武蔵の目は細く鋭くなる。周囲には人の気配もない。しかし、何かが蠢いていた。目には見えぬが、心を鈍らせる何か――“闇”。


校舎の一室。2年2組。


「どうせ、頑張ったって意味ないやん……」


そう呟くのは、北川悠真(きたがわ・ゆうま)。かつては明るく活発な少年だったが、最近は授業にも出ず、部活も辞め、黙ってスマホを見つめるばかり。


彼の背後に、黒い靄のようなものがまとわりついていた。


武蔵はそれを見逃さなかった。


――なるほど。これが、現世の“敵”か。


次の日の朝、生徒たちは目を疑った。

校門の前に、一本足で正座をして座る男がいる。脇には長い棒――木刀。


「拙者は、宮本武蔵と申す。この片山中学校に、邪なるものが蠢いておる。手助け、させてはもらえぬか」


教師たちは最初、警察に連絡しようとしたが、なぜかそれが叶わなかった。いや、“止められた”のだ。武蔵の眼光が、魂の奥を見通すようだったから。


武蔵は、剣ではなく言葉で戦う。

悠真の心に巣食う“闇”――それは、家庭の不和、教師の無理解、SNSでの陰湿な中傷。そのすべてが、彼の心を濁らせていた。


武蔵は、彼の前に正座し、言った。


「――お主の“本当の敵”は、他者ではない。己の中にある、諦めと怒りじゃ」


その声は低く、だが、真っ直ぐだった。


悠真の背後の闇が、ぐらりと揺れた。


「なあ、悠真……剣がなければ、闇は斬れぬと思うか?」


「え……?」


「否。剣とは、己の意思が形を持ったもの。心が折れぬ限り、何度でも立ち上がれる」


その瞬間、悠真の目から涙がこぼれた。黒い靄は消え、教室に朝の光が射し込む。


こうして、武蔵は“闇祓いの武士”として、片山中に居座ることとなった。


今日もまた、誰かの心に巣食う“闇”を、言葉で斬り伏せる。


時代を超えて届くのは、剣豪の魂。

そして――変わらぬ、人の弱さと強さだった。

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