第15話 ザッツ・イズ・デュエル Part3

「さて。どうするかなぁ?」


 ルカの笑顔の先で、アレックスは閉口していた。

 その顔には、怒りも、恨みも、悲しみもなく。

 ただ、絶望だけが読み取れた。


「どうって……発動体なきゃ、何も」

「何も、なあに?」


 ルカが硝子の破片を踏み付けて、アレックスの顔を覗き込む。

 ぎち、と破片が潰れる音が、いやに耳に響く。


「ルールにあるよねぇ、『一方が何らかの理由で戦闘不能になる』と『戦闘不能になった方が負けとなる』って」

「……」


 無言のままのアレックスの顔色が、みるみる悪くなっていく。

 ルカの威圧感と疲労で、うまく呼吸ができていないのだろう。

 彼のくびれた腰は、冷や汗でぐっしょりと濡れていた。


「でもって、『競技者は、魔法を主に使用して相手に攻撃をする』だから」


 目を逸らそうとするアレックスの頬に手を添えた。

 顎の骨の辺りに、白く細長い指がめり込んでゆく。


発動体なしこれで何もできなかったら。君、負けになっちゃうねぇ」


 ルカの手を振り払ったアレックスは、無言のまま手をかざした。

 まだ諦めたくはないらしい。

 眉間に皺を寄せて、エネルギーを自力で操ろうと試みた。

 ただ、彼がやったものを真似しただけで、その手のひらの先には虚空が広がるばかりである。


「ねえ、アレックス。そんなに無理しなくてもいいから」

「……」


 ルカの呼びかけには応えず、すっと手を下ろした。


「……なんで」


 アレックスの呟くような声も、観衆が静まりかえっているおかげで、アリナ達にもよく聞こえる。


「なんで……なんでお前だけ、できるんだよ。そんなこと……」


 間もなく、試合終了を知らせる声が響き渡った。


























「「ありがとうございました」」


 二人の少年の声が重なり、試合は幕を閉じた。

 試合はもちろん、ルカの勝利であった。

 挨拶を済ませると、彼は眼鏡をかけて、その場を立ち去ろうとした。

 観客席の方も、いそいそと帰る準備をしている。

 アリナとシャーロットも、席を立とうとした。


 が。


「おい」


 フロアの方から、男性にしては少々高めの声が聞こえた。

 アレックスである。

 ルカは気だるそうな目でちらと彼の方を見た。


「……どうしたの?」

「一応、今は負けたことになってるけどよ。お前、俺の発動体壊したよな?」


 は、として、アリナはシャーロットから貰ったメモ書きを確認した。


「『競技中に相手の発動体を破壊し、競技後に弁償等の措置を行わないこと』にかするよな。別に、弁償できればいいわけなんだが」


 反則事項には、確かにそれが記されていた。

 だが、別に弁償しないと決まったわけでもない。


「ルカ、お前そんな金あんの?」

「ひっどい‼︎ サイテー!」


 アレックスの言葉に真っ先に反応したのは、本人ではなくシャーロットだった。

 以下の台詞、読み飛ばし可。


「そりゃ発動体けっこう高いし壊されたらだいぶムカつくし反則に触れかけてるし、言いたいことはよーくわかるけど! でもさでもさ、流石にこんな大衆の前で個人の経済事情に触れるのはさあ、いくら迷惑かけられててもデリカシーなさすぎですよね⁉︎ どういう神経してんの親の顔が見てみたいわあのオレンジ染髪ヘソ出し小僧、あとルカ様はちゃんとお金あるもん普通に生活してるもんそんなクソヤローじゃないもん!!!!」

「ロッティ、ちょーっと静かにねー。視線が痛いよー」


 こんな長い台詞を遠くからほざいたところで、誰も聞きやしない。

 当の本人、ルカはというと、何かを思い出したような顔になって、顔の前で両手を合わせた。


「ごっめん、完全に忘れてた。

「……え?」


 アレックス(と、観衆)の困惑をよそに、ルカは左の懐に手を突っ込んだ。

 取り出したのは、さっき壊したはずの発動体だった。


「は? え? なんでそれまだ生きてんの?」

「? だって、最初から壊してないし」

「……は?」


 アレックスの口から憤りでもなんでもない、呆気にとられるような声が漏れた。


 言われてみれば。

 壊した方の硝子球は、右側の懐から取り出していた、気が、する。


「割った方のはね、即興で作ったの。ほら、片付けてないのに、もうひとかけらもないでしょ」


 魔法で作られた物体は、時間が経つと消滅する。

 ルカは本当に申し訳なさそうな顔で、発動体を持ち主に返した。


「……っ、ならいーんだよ、別に。んじゃさっさと帰れ、俺も帰るっ」


 全てを理解してバツが悪くなったのか、アレックスは逃げ帰ってしまった。

 それを穏やかな微笑で見送ってから、ルカも会場を後にした。


「……帰ろっか、あたし達も」

「そだね」


 会場を後にし、二人は家路に着いた。


「ねえ、アリナ」

「何?」

「どうだった、デュエル」


 アリナは、シャーロットに訊かれてはじめて、自分の落ち着かない胸に気づいた。


「……不思議な競技だけど、ちょっと、楽しそうかも」


 月明かりが照らす小道に、二つの影が伸びていた。






























おまけ


「ところでロッティ、それなに見てるの?」

「ひゃっ⁉︎ いや、これはその、なんでも、ないよ?」

「ダウト。ちょっとスマホよこしなさい」


 画面に映し出されたブログのタイトルには「デュエル選手の死亡例」の字が踊っていた。


「……」

「あの、ほらー、ね。違うんだよ、これは」


 なんの変哲もないとある少女は、二日連続でスープレックスをかけられた。

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