第14話 ザッツ・イズ・デュエル Part2

「じゃあ、せいぜい死なないように、ね」


 先程まで、焦点が合わぬような目をしていたルカ。

 冷ややかにも見えるような彼の目は、しっかりとアレックスの姿を捉えていた。


 すぅっと、相手選手アレックスの方へ手をかざす。



 次の刹那。



 アレックスの目と鼻の先から、耳をつん裂く爆発音が聞こえた。


 しゅうぅと音を立てる、フロアの床。


 火種が燃え移ったところから煙が上がって、彼の表情は隠されている。

 その様子を見たルカは、顔に喜色を浮かべた。


「ははは。こんなのも避けられないんだぁ。ま、かろーじて防いでるみたいだけど」

「っつ、うるせえ」


 ルカをギロリと睨みつけたアレックスの脛に、血が滲んでいた。


「……ねえロッティ、今どうなったの? 速くない?」


 たった十五、六歳程の大学一年生の試合にしては、展開と速度が速すぎる。


 ルカの手から放たれたフラッシュのような強い光は、観衆の目を眩ませた。

 そのせいで、アリナは今起こった事を理解できなかったらしい。

 ただ、彼女なりに、ルカは他人を凌駕する魔法の技術者である、とだけ理解した。

 頭ではなく、本能で。


「ルカ様が相手を撃ったの。銃じゃないけど、似たようなものだよ。

 あと、ルカ様のは速いよ。発動体使わないもん」


(魔法で撃つって何? 発動体使わないと速いの? あの人が使ってるのって何魔法?)


 まだ訊きたい事だらけだが、またルカが仕掛けているらしい。

 先程と微妙に違う閃光が、容赦なくアレックスに降り注ぐ。


 彼の脛にできた傷が、だんだんと広がっている。

 ただ防御に徹している様子を見るに、迎撃する余裕など皆無だとわかる。


「あはは。弱っちぃなーつまんないなぁ。さっきまであんなに楽しそうだったのに」

「知るかよ。てか何なんだよその魔法エフェクト、気色悪ぃわ」


 悪態をつきつつも、どんどん削られていくアレックス。

 彼の“気色悪い”という表現も、ルカには微塵も効かないらしい。


「失礼なこと言うね。知ったところで、君の実力じゃぁどーすることもできないのに」


 これ以上防御するのも厳しいのだろう。

 アレックスが、なんとか攻撃の軌道をずらし、猛スピードでルカに接近した。


 振り絞るような咆哮の次に。

 発動体が見る限り一番の激しい炎に包まれた。

 それをルカにぶつけようと、大きく振りかぶる。


「隙あり」


 ルカは即座に構えて、拳をアレックスに向かってぶつけた。

 彼の構えは、何かの武術のそれをを思わせる。


 間髪入れず、鈍い音が聞こえる。


 アレックスはうめき声を出し、その場にばたりと倒れ込んだ。

 ルカの目の前で嗚咽まじりの咳を晒し、腹を押さえて蹲っている。

 彼の程よく日に焼けた肌から、冷や汗がだらだらと流れ出ている。


「ほんとに、弱っちぃなぁ。折角こんなに近づいたのに、思いっきりみぞおちやられて、さ」


 冷たい笑顔のまま、しゃがんでアレックスを見下ろす。

 倒れたまま動かない彼に、とどめを刺さそうとはしなかった。


「……っぐ、なん、で、だよ……」

「? 普通に、隙あったから突いただけで。デュエル決闘なんだから、当たり前でしょ?」


 苦しむアレックスを変わらない笑顔で眺めているあたり、アリナは恐ろしく感じた。


「違ぇよ……殴るのは、反則、だろ……」

「あ、そっちね。全然反則じゃないけどなぁ」


 体をゆっくり起こし、間合いを取りつつ、ルカを睨みつけて言う。


「ルールにも、あるだろ。『競技者は、魔法を主に使用して相手に攻撃をする』って」

「そうだね。だから?」

「魔法使ってないだろ、今の。だから反則だろ」

「……アレックス。君さあ、ちゃんと文読んでよね」


 呆れたような声色だが、アリナにはその理由がわからなかった。

 先程シャーロットから貰ったルールのメモにも、そう書いてある。

 その一文を読むと、流石に反則では、と誰もが思うだろう。


 アリナも、そう思ったのだが。


「ルールのどこに『魔法だけ』なんて書いてあるの?」

「……は?」

「だから、『魔法を使用』する、なら別に殴ろうが蹴ろうがどーってことないの」


 アリナは、とんだ理屈だと思った。

 しかし、審判が何も言及していない限り、それは正論なのだと理解した。


「確かに、実際に殴る人はそんなにいないけど。

 でもねぇ、その程度のルール理解してないのは、ちょっと……クソ雑魚」

「……っ、黙れクソ餓鬼‼︎」


 怒号を響かせ、怒りに任せて発動体を投げつける。

 至近距離だったが、特に焦燥の色もなく跳ね返された。

 それでも、アレックスはめげずに攻撃し続ける。

 ルカの挑発が、よっぽど頭にきたのだろう。

 感情が大きくなったのか、球速も先程よりは断然速い。

 目で追うだけでも苦労する速さだが、ルカは涼しそうな顔で躱し続ける。

 躱しながら、ねじ曲がったような軌道の閃光を撃つ。

 その度に、アレックスは発動体を投げるのを止め、炎の盾で防御した。


「……さっきから思ってたんだけど」


 突然攻撃をやめ、目にも留まらぬ速さでアレックスに接近した。

 アレックスが蹴り上げようとした脚を左手で掴み。


「これ」


 つ、と脛の傷をなぞった。


「痛っ……!」

「そーだよね、痛いよねー。どうしたらこんなに傷が広がるか、わかる?」

「……」


 ルカの問いに対し、アレックスは黙り込んでしまった。

 表情を見るに、わからない訳ではなく、どうしてか答えたくないらしい。


「君の発動体」


 左の懐に手を入れながら言った。


「あんまり見ないタイプだよね。攻撃に重みがあるし、初見だと攻略しにくいと思う。

 ……ただ、ね」


 冷たくなっていたルカの微笑に、ある種の優しさが宿った気がした。

 彼の視線の先の傷は、痛々しく目を背けたくなるものだった。

 この激痛に耐えながら試合を続けるのは、相当辛かっただろう。


「攻撃を避けれないとき、盾を作るよね。でも君のだと、いちいち攻撃止めないといけないでしょ?」


 アレックスは、黙りこくってルカの右手の指先を見つめていた。

 ルカが何かを呟くと、傷口が徐々に塞がっていく。

 その光景に、アリナを含めた観衆は奇妙にも感じた。


「それにね。君が作った盾、小さいし硬すぎるの。攻撃が当たったら、特に端っこが飛び散って自分にかかっちゃう。

 ……相手が潰れない限り、勝手にじわじわ自滅してく、ってワケ」


 傷が完全に治ったところで、ルカはアレックスの脚を放した。

 再び、間合いをとる。


「もう一回だけ付き合ったげる。せっかく傷治してあげたんだし、もうちょーっと頑張ってよね」

「……るせぇ。わーってるよ、そんなもん」


 ルカの顔に宿ったばかりの優しさは、既に消えてなくなっていた。

 アレックスは発動体を投げようとした。


 が。


「⁉︎」


 彼の手には、発動体の姿はなかった。


「お前……俺の発動体どこやった」


 両手が空いたままのアレックスは、絶望を隠しきれない様子だった。

 その様を目に入れると、ルカの笑顔は一層強まった。

 まるで、彼を愚弄するような。


「ふふふっ、あはははははは。これも、けっこー大問題なんだよねぇ」


 狼狽の色が見え隠れする、アレックスの面相。

 ルカの思う壺にまんまとはまってしまったらしい。


「お前、まさか……」

「君に限った話じゃないけど。、発動体なしで魔法使えないんだもん。

 ほら、君のダイジな発動体はここだよぉ」


 また、何かを呟いてから。

 右の懐を探り、丸い硝子球を取り出す。

 それは確かに、アレックスが使っていた発動体と同じ見た目をしていた。


「……クソ虫があああ‼︎‼︎‼︎」


 発動体を取り返すべく、彼の元へ駆け出す。

 したり顔のルカはそれをあっさりと膝蹴りで跳ね除けて、硝子球を放り投げた。

 放り投げた方へ手をかざし、そこに光る義手のようなものを作った。

 機械のように角ばった義手の先に、硝子玉がふわふわと浮かんでいる。


「何すんだよ、返せ!」

「例えば」


 懇願ともとれるアレックスの怒声を耳にも留めず。

 独特の玉音で、独り言のように語りかける。


「こうしてみれば。唯一の武器を壊されてしまった相手は、どうすると思う?」


 ぐ、と手を握ると、手先の義手も手を握った。

 義手が握りしめた硝子玉は、あっけなく砕け散った。


 義手の隙間からしゃらしゃらと破片が落ちる音が、フロアの壁に反響した。

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