第2話 異世界で姉に童貞を奪われる

 男の言われるがまま、「分割払い」で異世界転生をした僕は、転生地点である草原から「コボイ」という村に行くことになった。正確には転生したばかりで右往左往していた僕のところに、村から来た羊飼いが偶然通りかかり、「客人」として村に連れていかれたのだ。


 言語理解スキルのおかげで、この世界の人々との意思疎通はまったく問題なかった。しかし、僕の格好が変だった。前世で34歳だった僕は20歳くらいの青年の姿になっていた。そしてその服装は、僕が前世でトラックに轢かれた瞬間のまま、ワイシャツとスラックス姿になっていたからである。


 言葉は通じるが、変な格好の異国から来た人―、という理解で、僕はコボイの村に滞在を許されることになった。この村の人々は、外国人と会うことが滅多めったに無いらしく、異国風の服装に身を包んだ僕を一目見ようと、大勢の村人が広場に集まっていた。しかし百人近く集まった村人たちは、不思議と年寄りと女・子供しかいないのである。


 中年の村長は僕に優しかった。村長の自宅近くにある、離れの小屋にしばらく泊まることになった。ワイシャツとスラックスの代わりに、この村の衣装―上下つなぎの古代ギリシャ風のようなもの―、に着替えた。


 コボイの村での第一夜、村長から言われたのだろう、僕に食事を運んでくる女性が居た。ランプの明かりがともす彼女の横顔は、見たところ20歳くらいという感じで、鼻筋が通った美人だった。


「ねえあなた、どこから来たの。異国の人なのに、どうしてそんなに言葉が喋れるの」


 この女性はアンジェという名前で、実は村長の次女だということがすぐに分かった。


「うーん、僕にもよくわからないんだけど。なんだかこの”世界”にお節介せっかいになるような運命らしいね」

「…運命、ね。ふうん。で、あなたの国は、南のカサルなの?それとももっと別の国?」


 この世界には、コボイの村から遥か南に、カサルという大きな王国があるということだった。カサルの人々はコボイの村人とは外見上大きな違いは無いものの、貿易立国として栄えていて、さらに南方の国々の人が頻繁に行き来しているということだった。アンジェは、僕がカサルを経由して、遠方からやって来た商人か何かだと思ったらしいのである。


「いや違うよ。僕はそのカサルの出身でもないし、それ以外の国の出身でもない。君に言っても分からないかもしれないけど、もっと別の、そうだなあ…。君が知らない別の世界から来た人間だよ」

「…そうなんだ。なんかよくわかんないけど、じゃあ偶然あなたは、この村に立ち寄った感じなんだね」

「うん、そうとも言えるかな。僕自身も、この先の目的もないし。どう過ごしていいかも分からないんだよ。許されるのなら、しばらくこの村に置いてほしいんだ」

「そうなんだね。それなら時間もあるようだし、ゆっくりこの村を見ていったらいいよ」


 アンジェはそう言って小屋から出ていった。しかしそれからちょうど1時間ほど経って、僕の小屋に別の女性が訪れたのである。その女はアンジェより少し年上くらいに見えた。


「失礼します、旅人さん」

「…はい?」

「私はアンジェの姉のブルーって言うの」

「お姉さん、ですか」

「…ねえ自覚ある?村中があなたの話題で持ちきりなのを」


 ブルーと名乗ったその女性は、痩せ型のアンジェとは比較にならないほど豊満な胸を持つ女の子だった。前世ではとうぜん、ブルーは「青色」を意味する英単語だが、この世界では英語の意味が流通しているかどうかも分からない。彼女の髪はブルーという名に反して、紺碧に輝くブロンドだった。


「…そりゃあ、いきなりこんなナリの男が、突然現れたんだから、みんな珍しがるだろうね」


 ブルーは無言のまま、僕の横に座った。


「ねえ旅人さん。あなた、どこからいらっしゃったの?南のほう?」


 ブルーはアンジェと同じ質問をする。どこから来たのか、と言われても、異世界転生の結果なのだから、南も北も何もない。


「知ってる?」


 ブルーは一升瓶のようなガラス製の容器から、乳白色の液体を徳利とっくりのようなグラスに注いだ。ブルーはそれを飲めと勧める。僕はそれが、この世界における「お酒」のようなものなんだとすぐに理解した。


「この村はね、辺境の田舎だから、外国人なんて滅多に来ないのよ。それに、オネハイスとの戦争以来ね、この村の働き盛りの男は、全部戦死するか奴隷になってしまったのよ」


 ブルーの話では、数年前にこのコボイの村は、ここからさらに北にある、オネハイスという大国の侵略を受けたというのだ。その戦争の際に、村の若い男が兵隊として駆り出されたという。僕は転生先のこの世界でも、前世の世界と同じように戦争や紛争が絶えないのだと知って、絶望的な気分になった。


「だからね、この村の女はみんな、亭主を戦争で亡くしてるのよね。私もそう。結婚していた夫が、オネハイムとの戦争で死んだの。それ以来、残された子供を一人で育ててるのよ。もっとも父が村長だから、生活にはあまり不自由していないけど」


 ブルーの綺麗な顔の、その頬は紅潮こうちょうしていた。あ、この子、意外にお酒に弱いのかなと思った瞬間、ブルーは僕の唇を奪った。


「旅人さん。私、あなたみたいないい男と、思い出作りたいな。だってあなた、いつこの村を出ていくか分からないじゃない。だから、今日だけでも、このまま一緒に寝たいの。いいわよね?」


 僕はこの時、前世では34歳。転生してからわずか12時間。童貞を捨てた。



(第3話に続く)

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