異世界分割払い1回目生活

第1話 異世界転生は分割払いでお願いします

 あ。という間も無かった。右から突進してくる大型トラックが視界の端に見えた瞬間、僕はかれて死んだ。


 次の瞬間、僕は刑事ドラマでよく見る取調室のような暗い部屋の中でパイプ椅子に座っていた。目の前には、アラフォーくらいの中年男性が座っている。


甲本裕典こうもとゆうすけさま。あなたがあまりにも可哀かわいそうな死に方をしたので、転生の機会を与えます」


 男は無表情でこう言ってきた。この瞬間、僕はやっぱり自分が死んだんだと確信した。34歳会社員。あと二週間で35歳の誕生日を迎えるはずだった。彼女居ない歴=年齢。僕は大学を卒業してから自動販売機の営業をする仕事をしていたが、夜の11時すぎに退社した後、自宅アパートに向かう帰宅中、トラックに轢かれて即死したのである。何も良いことがない会社員人生だった。


 これが、ちまたでいう異世界転生というやつか。不思議と僕は事態を達観していて、心はすごく落ち着いていた。男は言った。


「ユースケさまが転生するにあたって、二つの選択肢があります。若くして死んでしまった転生者があまりにも不憫ふびんですので、いくばくかのバフを与えたいのですが、そのバフについては、こちらからユースケ様に、一括払いと分割払いで支払う二種類があります。読んで字のごとく一括なら、転生した後、一度に全部のバフが与えられます。分割なら、小さなバフを分割で継続的に与えられます。どちらを選びますか」


 僕は家電とかパソコンを買う際に、基本的には一括払いを選んでいる。分割払いにすると、余計な金利とか手数料がかかって、結局不利だと思うからだ。僕は迷わず、


「じゃあ、一括払いでお願いします」


 と男に言った。


「ほう、一括ですか。いちおうユースケさまの最終決定の前に、もう少しこのシステムを説明しますね。一括払いで転生のバフが得られると、その効果は最初の一回だけです。異世界で生活するにあたって、言語理解のスキル、容姿のスキル、魔法スキル、その他もろもろのバフが一度きりだけ与えられます。しかし分割払いにすると、最低限の言語スキルと容姿スキル以外は、少しづつ分割で―、つまり長年にわたって付与され続けるのです」

「そうなんですか」

「はい。こう説明すると、分割払いのほうが損だと思う方もおられます。ですが、分割払いを選択していただくと、いわゆる前世でいう”利息”に相当するボーナスが発生します。つまり、分割払いですと、そのぶん私どもからの支払期間が長くなってしまいますが、それを補うために、年間で2割、つまり20パーセント分のバフを利息として上乗せしてお支払することにします。つまり、分割払いのバフは、一括払いよりも、年間で2割、多くのボーナスが付与されるのです」

「はあ」

「ぜひ長い時間の単位で考えてみてください。一括だとそれきりです。でも分割払いだと、1年に2割のバフが与えられます。この分割は複利ふくりで計算いたしますので、1年経過するとそのバフは1.2倍にります。2年だとこれが約1.44倍になります。10年ではなんと6.19倍になります。2割の利息が、分割するごとに加算されていくことになるんです」


 いいですか、ここ重要です。と男は語気を強めた。


「つまり、なにもしなくても、2年目には4割強もバフが増えるんです。前世では銀行に現金を預けても、せいぜい1%の利息が関の山でしたよね。今回は大ボーナス。1年で20%です。この差は大きいですよ。私どもとしましては、ぜひ分割払いのほうをお勧めしているのですが」


 ふーん、と僕は思った。一括でも分割でも、僕は死んだわけだから、どちらでも変わらないと思ったのだが、トータルで受け取る転生先の能力が多いのならば、分割もアリかなという感じだった。


「そうですか!では転生にあたっては、バフの受け取りは分割払いということでよろしいですね」

「ええ、まあ。そのほうが得なら、それでいいですけど」


 男はさっそく、羊皮紙のようなものを取り出し、僕の前に置いた。


「ではここにサインを。24回の分割払いで転生のバフを受け取る、という内容で」


 僕は言われるがまま署名をした。


「ありがとうございます。ではユースケさまは、分割払いということで転生いただきます!」


 そう男が言ったとたん、軽い浮遊感の後、僕は草原の中に居た。草むらの上に生暖かい風が吹いている。あ。これ、異世界に転生したんだな。僕は直感した。


 このとき、男の「分割払い」という誘い文句ののまま、安直に契約書にサインしてしまったことが、僕を一生に渡って後悔させることになるなど、まったく思いもしなかったのである。



(第2話に続く)

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