第2話 伝説の踏切
電車が緑青学園前駅に着いた。
試しにどれだけスイッチができるかと、持ってきたものの、ほんとにゲームを起動してステータス画面を開けたら終わったので、通学時間にゲームを進めるのは無理そうだな、とわかった。明日からは壊れたら嫌だし、家に置いて行こう。
駅の改札を出てから高校までは、南側の改札を出て5分も歩けば着いてしまう。私はキョート第一に不合格になった時に家で話をしたことを思い出していた……。
「いやぁ、お父さんも、ペアレンタルコントロールをしておけばよかったんだけど……仕事でトラブルが続いてついつい、手が回らなくって。父親として情けないね」
そういえば私は受験勉強(毎日マイナス1時間以上)と、きちんと寝る(お母さんとの約束)で、遅く帰ってくるお父さんとは、行ってきますと寝室に向かっていうだけ(行ってきますの挨拶をすることというのもお母さんとの約束)で、会って話すことがすごく少なくなっていた。
「お母さんもそれのやり方を聞いておいたらよかったわねぇ……お母さんとしても、しっかりしてなかったね」
(理由はどうであれ)私の第一志望の高校に合格してくれることを、二人とも期待してくれていたはず。
ただ、もう少し怒られると思っていたのに、実際ゲームのやりすぎで寝てしまって答案がほとんど書けなかったなんて言った瞬間にすごく怒られると思っていたのに、拍子抜けして……よけいにゲームをやりすぎたことを反省した。
それから、あわてて次に受験ができるところ、というと、家から一駅離れた緑青女子高校しかなかった。
中学の進路の先生は、私の成績からいってこの学校は受験してもいけるとは言ってくれたし、さすがに中学で浪人になるのはちょっと怖い気がして、緑青女子高を受験することになった。
キョート第一高校しか行くことを考えていなかったから、そのほかの高校がどういうところかとか、全然調べてなかった。(言ってしまえばキョート第一だって、そんなに知らなかったが。)緑青女子も、女子高だな、というくらいで。女子高だから女子がいる(当たり前)、それでどっちかといえばたぶん、スマホのカジュアルなゲームはやる人はいると思うけど、レトロゲームとかコンシューマーゲームとかって、ものすごく好きな人は少ないんじゃないだろうかとは勝手に想像していた。それはいまの中学が共学でも、ゲームの話がばりばりできるのは女子より男子のほうが多かったからというのもある。
ああそういえば……私みたいな理由じゃなくって、ちゃんと第一志望として、緑青女子を受験した人がいた。それは……、
「羽響野さん?」
「あっ、夢様!」
現実に引き戻された。
朝の空気がふわりとやわらかくなるような声と姿。ロングウェーブの黒髪はいつもつやつや。すらりとした長身の……
中学校では学校で一番のお金持ち……デパートやビルをたくさん持っているハルパスグループの社長の一人娘。でも、ぜんぜん、それでいばるとか、マウントをとってくるとかというタイプじゃなくて、すごくいい人。
「夢様はやめて、恥ずかしいわ」
「ああごめんね、つい、いつものノリで」
みんなが夢様と呼んで慕っているくらいだったのだ。
「夢さんは今日は歩き?」
「ええ、ここの通学ルートはセキュリティが万全だから、高校は車じゃなくなりそうなの」
中学の時は、不審者対策で、車で通学していた阿倍野橋さん。私と同じ新しい制服なのに、布がつやつやしている感じがする。
「翔さんは……第一志望、残念だったね」
「あ、あれは……」
私が(第一志望としていた)キョート第一に落ちたことは、学年のみんなが知っていた--高校受験は、大体ほとんどの人が合格するから、落ちた人のことはすぐにうわさが広がった。(さすがに、その理由までは(お父さん、お母さん以外は)誰も知らない秘密にしている。)
「緑青女子は、翔さんと、
「ああ、そうなんだね」
阿倍野橋さんと話すのは久しぶりだ。中学時代、仲が悪かったというわけではない。でも日曜日に遊んだというのはなかったと思う。反対に、ハルパスグループのプール優待券をクラスのみんなにくれたから、お父さんと行ってきて、お礼を言ったことはある。
それと、席替えで隣になっていた時に、阿倍野橋さんが定規を忘れたことがあって、貸したっけ。たしか、『ファインティングドラゴンレジェンド2』のロゴが入ったやつを--それをじっと見ていたなあ。ぜったい、何のロゴかはわかってなかったと思う。
「よろしくね、翔さん」
「うん!」
私たちは新しい気持ちで、握手した。
快速電車が通過するから、駅のそばの踏切が鳴り始める。
「おおいそこの二人、女子高はこっちだぞ」
踏切の南側の歩道から、腕章をしたがっちりした、いかにも柔道をやってそうな男の人が両手を上げている。さながら、格闘ゲーム『パンチファイター』のキャラだ。
私たちが踏切の手前で話しこんでいたから、道に迷ったと思われたのかもしれない。通過する電車の音を後ろに聞きながら、その人のそばを通る。
「このまま道なりに行けば正門だから」
首からぶら下げている名札に、「緑青学校法人」と書いていた。この人は先生--かな?
私たちが学校に向かおうとしたとき、まだ踏切のあたりで、写真を撮っている新入生がいた。--写真?
「おーい、あんまり寄り道するなよー」
その人が声をかけていた。
「ふふ」
阿倍野橋さんが微笑む。
「伝説の踏切で、記念撮影といったところね」
「--伝説?」
伝説。レジェンド。サーガ……私にとって伝説とは、選ばれし勇者が、諸悪の根源を倒し、世界に平和を(再び、みたび)取り戻す--などとゲームな想像をめぐらせていると、阿倍野橋さんが説明してくれた。
「踏切の南側が緑青女子で、北側が緑青男子。この踏切をはさんで告白して、そのあと快速が通り過ぎても、お互い立っていたら、告白が成立してそのカップルは長続きするの」
すごい乙女ゲーム!
……いや、いま、阿倍野橋さん、「緑青男子」って言った?!
--そしてこの時まで、緑青は女子高と男子校が離れたところにあるということを知らなかった。それぞれの学校の理事長が、同じだそうだ。
うーん、何も知らないなあ……ゲームの情報なら、ひたすら調べまくるのに……。ああそういえば、緑青学園前駅で、同じ色の服を着た男子が、改札から北側に何人か歩いて行っていた気がする。あれは、男子校の生徒だったのか。
「いいわね、伝説」
阿倍野橋さんは、ちょっとうらやましそうに言って、女子高の正門へ歩き出す。リボン・タイが大きな真っ白い羽根のようにふわりと揺れた。緑青女子は制服のリボン・タイは自由にアレンジしていいことになっている。私はまだ、とりあえず初めてのリボン・タイをつけるのに必死だった。
伝説の踏切は、また音を鳴らして、つぎの快速電車が通ることを知らせていた。
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