羽響野 翔は冒険したい(はびきの かける は ぼうけんしたい)
なみかわ
新連載(ep.1):新生活、新しい出会い
第1話 こんなはずじゃなかった
こんなはずじゃなかった、って思うことは ない?
私みたいに、たった15年くらいしか人間やってなくても--
『普通キョート行き、発車しまーす』
描いたシナリオ通りだったら、私は今ごろ--期待に胸をわくわくさせた高校1年生として、入学祝いに買ってもらった新しい靴とカバン、ノイキャンヘッドホンで。
あの紺ブレザーのキョート第一高校の制服に身を包んで、1番ホームから飛び出す快速キョート駅行きに乗って、ウルフショートの髪の先を窓にうつしながら、発車のアナウンスを聞いていたのだと思う。
でも私は。
深緑色のブレザーに、まだ折り目のついたリボン・タイをぎこちなく巻いて--スイッチ(携帯ゲーム機)をスリープから起こしたけど。
『まもなく、
国民的RPG、ファインティングドラゴンレジェンドパート3『黎明の伝説』のステータス画面を開けるくらいしかできなかった。髪の先がちょっとだけ画面にさわったくらい。
通学時間に!
めいっぱい!
ゲームしたかったのに!!
ナララ駅からキョート駅までは快速電車で1時間。ゲームは1日1時間という、お父さんが教えてくれた格言の2倍もゲームができる、とびっきりのチャンスを、私は高校受験失敗で逃がしてしまった。そしてなんとか受かった別の高校までは……各駅停車で一駅しか離れていない。これじゃあ3年間でゲームをクリアするどころか、勇者の装備も整えられないまま終わるのではないだろうか。
私は
好きなジャンルはやっぱりロールプレイングゲーム。でも、アクションは苦手だから、アクション性の高いものや、時間が決まっている要素の強い謎解きが苦手。いまは女子でもスマホでオンラインで、みんなで集まってバトルするゲームとかもはやりだけど、あれもちょっと苦手。
だからゲームの話はよく男子ともしていた。小学校中学校とそういう、ゲームの話をしながら家に帰ってくるところを隣のユキ姉さんが見ていたから、そろそろ高校進学をどうしようかってころになると、ユキ姉さんは冗談で「かけるんは、男子校でeスポーツでもやるの~?」とか言ってきた。
私はそのころから、ぼんやり、やっぱり高校は通学で電車に乗るものだから、そうしたら電車でゲームができるほうがいいなと思っていた。なので、これもなんとなく、ナララ駅から1時間くらい電車に乗って行ける高校を探した。それがキョート第一だったというわけだ。
「なるほど~、かけるんはあの紺ブレがいいってわけね~」
「あ、うん、えへへ」
担任の先生にも、模試の成績としても、問題ないでしょう、と言われていたので、高校生になってから、どれだけたくさんのゲームが(通学時間に)できるだろうと、わくわくしていた。
「翔、またこんな遅くまでゲームし……あら、勉強?!」
お母さんがびっくりするのも無理はない。だいたい、私が夜更かしするとしたらゲームに熱中しているときだったから。これからのゲームざんまいの日々をめざしたのだ。
年が明けてからは、けっこう、いつも帰りが遅いお父さんとよく話をした。
「お母さんが心配するから、勉強もほどほどにな。昼間がつらくなるぞ」とか、「お父さんもこれから仕事が忙しくなるから、今より遅くなるし、あんまり勉強を見てやれないかも。でも、質問を書いてくれてたら、できるだけ答えるようにするよ」とか。その質問も、数学の問題だけじゃなくて、リメイクされたRPGで次にどこへ行けばいいのかわからなくて手紙を残しておいたら、きちんと返事が来たりするんだけどね。
そんなある日。お父さんのスマホがポンと鳴った。
「お仕事のメール?」
「うーん、この音は……」
そうじゃないな、とお父さんはスマホを3回ほど叩く。「翔、大ニュースだ」
「エターナルドラゴンファイアー23の緊急アップデートが発表された」
「ええーっ!! ほんとに?!」
エターナルドラゴンファイアーシリーズはお父さんが大学生くらいの時からの人気ロールプレイングゲームのシリーズで、最新の23が去年に発売された。そして以前から、新しいストーリーやキャラクター、冒険に出るときに就ける職業にも追加があるといううわさがあった。そのニュースが、今、本当に来たんだ!
「うれしい! うれしいけど、」
「そうだね。まずは受験だね」
(
しばらく電源を入れていなかったスイッチ。充電するついでに、本体アップデートもしておこうとした。EDF23はダウンロード版を買ってたから、本体メニューに表示される。本体アップデートの後、EDF23のアイコンを見ると、ゲームのロゴの右下に、「v3.1」の文字が追加されていた。
(ああ、ゲーム本体を持っている人には、自動でアップデートも、もらえるようになってるんだ……)
……
…………
………………
……………………1時間なら…………………
もうこれEDF24っていっていいんじゃないかっていうくらい、新要素が多くて、新鮮な気分で私はEDF23(v3.1)の世界にこの瞬間からどっぷりはまっていった。お母さんは、勉強をしていると思い込んでいたから部屋に来ることもなかったし、お父さんはネンドマツっていう仕事がたてこんでいて日曜日も仕事に行ってたりしてたからこちらもあまり話すことをしなかった。
そして試験日。
「快速キョート行きが発車します」
(……はっ!?)
まずい、家からどうやってナララ駅に向かったかも覚えてない--私はすっかり寝不足の体になっていた。--受験票、ちゃんと持ってた?! えんぴつ入れた?!
快速電車は動き出す。またうつらうつらしながら、EDF23(v3.1)の新職業のスキルツリーで埋めきれてないところをどうやってやれば実績がとれるかと考え始めた……
「はい時間になりました。鉛筆を置いてください」
(……えっ!?)
からからから、と乾いた木が机に転がる音が響く。カカカカ、と椅子と床がすれる音がする。ぱさぱさぱさ、と後ろから問題用紙が回収され--さらにぱさぱさぱさ、と、私の答案用紙--真っ白な答案用紙が--持っていかれた。
(……ええっ!?)
机には写真を貼った受験票がきちんとおいていた。隣の席の人のあたりには、いっぱい消しゴムのカスがあった。私の目の前には、きれいな消しゴムと、とがった鉛筆が3本あった。
「かけるん、お疲れさまー。どうだった?」
「ユキ姉……私……」
とぼとぼ家の前を歩いて帰ってきてユキ姉さんに言いかけたけど、言えなかった。
この1か月ほとんどゲームをやってて、勉強もほどほどどころか、完全に寝不足になってて、
テストのときも寝てしまったことを--!
はたして。
キョート第一高校の合格発表を見に行くために快速キョート行きに乗ったのが、最後の『学校に行くために快速キョート行きに乗る』となった。毎日わくわくしながらスイッチをプレイする、そんな新生活は無くなった。
こんなはずじゃなかった。
いやもちろんゲームをやりすぎた私がダメダメなんだけども。
ああ、EDF23v3.1はきっちりクリアして実績バッジもフルコンプした。(だから、いまは
私の高校生活、どうなるんだろうな……。
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