第40話 超越者
▽第四十話 超越者
「あ、あたま、いった……!」
犬飼カイトは気づけば頭を押さえて、その場をのたうち回っていた。鼻からは絶えず血が流れている。
不安そうなシュマロがペロペロ、と顔を舐めつけてくる。
しばらく転がった後、ようやく息を整えて立ち上がった。牧杖は立つのに役立つ。
「……あれ、生きてる。勝った……のか?」
体を見下ろせば怪我も回復していた。
上等な回復薬なり回復術なりが施されたとみるべきだ、とカイトは考えた。よもや『無事な体』を【引き寄せた】結果だとは思うまい。
お陰でMPはスッカラカンだ。
ウヴァルを殺すためのMPを節約したのも、回復に割くためである。ウヴァル討伐に5割、肉体の修繕に5割といった配分であった。
「あ、あの……犬飼くん」
「名取さん。無事で良かったです」
「すみませんでした!」
そう告げて名取は深く頭を下げた。
腕を折られていたはずの名取もまた回復済みだ。
カイトが願ったのは『みんなを助けたい』だったから。ウヴァルという強敵を打倒し、その上で全員の治療まで起こした。
それをもっとも近くで見守っていた名取をして、カイトの異常さは際立つ。
その異常を引き起こし、戦闘中は別人のように超常を支配していたカイトは……困ったように髪を掻いた。
「何についての謝罪ですか……?」
「私、犬飼くんを裏切って……ここに連れてこようとしましたから。優しい貴方を裏切りました。すみません、なんて言葉ではいくら言っても足りないくらい……申し訳なく思っています」
「仕方がないです」
カイトは死体と化したウヴァルを見つめた。
悪趣味な肉塊のパペット。
あれが少し前まで姉に見えていた事実にぞっとする。しかも、カイトはタラリアの言葉でウヴァルが「そういう能力」を持っていることを理解していたのだ。
理解していたのに、それはともかく姉を助けねば、と思わされていた。
あれを食らって平然としていられる者などいない。
ウヴァルの打倒方法に超遠距離からの狙撃が推奨されている理由が解る。あれは頑張ってどうにかなる攻撃ではない。理屈ではない。
「貴方は頑張った。それに俺を連れてくる機会はいくらでもあったけれど、一度でも事実として貴方はここに誰も連れてこなかった。そうでしょう?」
「……それは、そうです、が」
「だったら、それで良いじゃないですか」
カイトはにっこりと微笑んだ。
「貴方は卑怯者じゃなかった」
「ひきょうものじゃ、ない……」
これは私見なんですけど、と少年は前置いてから、
「正義の味方は悪に勝つからヒーローじゃないと思います。悪と戦った、命を懸けて。きっとそれは普通の人にはできないことで、それだけで十分過ぎる価値があるんです」
だから、と犬飼カイトはまるで当然を口にするような気軽さで言ったのだ。
その……言葉は。
「俺は貴女が変な人で良かったと思いますよ」
名取が目を見開いた。
名取風香にとって「変」というのはずっと重りだったから。変であることは罪だと思っていた。
けれど。
変な人で良かった。
きっとそれが名取がずっとほしかった言葉だった。
変な人であることを否定してほしかったわけじゃない。
下心で優しい言葉を投げてくる人物は、決まって「キミは変じゃない」と歪な言葉しか口にしてくれない。
でも違う。
名取は変な奴で……
変な人であることが「良かった」だなんて……初めて言われた。今までの自分の生き方が丸ごと優しく抱きしめられたかのような、救われたような心地がした。
名取が思うのは幼い自分。
幼稚園児の頃、一人で孤独に砂場で訓練をしていた自分の姿。無様だと、無駄だと、馬鹿にされていた自分。
きっと自分でも馬鹿にしていた自分の姿が……
懐かしい思い出に変わっていた。
思わず涙が零れた。
涙が熱いものだと名取は、この時、生まれて初めて知ったかもしれない。
「ありがとう、ございました……助けて、くれて」
「? あ、ああ、うん、俺のほうこそ」
首を傾げたカイトは頷いた。
カイトは誤解していた。まさか自分がウヴァルを討伐しただなんて夢にも思っていないのだ。だから、自分が気絶している間に、シュマロと名取、あるいはタラリアが呼んでくれた救援者などが上手くやったのだろう、と勘違いしていた。
それなのにお礼を言われて戸惑っている。
カイトは結論した。
(やっぱりこの人、変な人だなあ)
▽
帰宅した。
色々と事情聴取的なものも受けたが、そのほとんどに「覚えてません……すみません」で押し通していた。
事実として何も覚えていない。
ただ職員が言うには救援はなく、あの場のメンツでウヴァルを始末したようだ。
「【狂戦士】だしな、シュマロが暴れたのかな」
戦闘の記録はまだモザイク処理が終えられていないので確認できていない。おそらくシュマロと名取が上手くやったのだろう、とカイトは思っていた。
ウヴァルが胸くそ悪いのでなるべくなら確認したくない。
悪魔などと二度と遭遇しないだろう、統計的に。そもそも悪魔戦を確認する意義は薄い。奴らは各々が特異な権能を有しており、対策するのが難しい。
今後も悪魔戦を想定するならウヴァルよりも別の悪魔を調べるべきだ。
そして全悪魔を網羅したとしても、その悪魔対策グッズを全て所持することは不可能。新種の悪魔も想定するならキリがない……
今回の探索は元々選択肢もなくどうしようもなかった。学べることもないだろう……
そういう言い訳を考えついた。
「……」
何か胸の中に違和感があるのだ。
拒絶感のようなものがある。映像を観たくないという強迫観念。死を淵にしたことゆえのPTSDか、と疑ってしまう。
ずきりと頭や身体が痛む。
ふと思い出すのは――――――
「なんで夕暮園さんを」
疑問したところ、シュマロがてしりと手にお手を食らわせてくる。このような無害そうな前足がウヴァルを屠ったのだろう。
相変わらず犬がめっちゃ強い。
「うちの犬、強すぎないか……?」
「?」
「よく頑張ったな、えらいぞ」
ぐりぐりと頭を撫でれば身をよじって喜ぶ。
ソファで寛いでいるカイトの膝を勝手に枕にされる。膝は犬の顎おきに丁度良い。ふんす、と鼻息を立てて目を閉じる。
そういえばウヴァル戦でレベルアップした。
しかも2レベル上昇だ。
また宝箱もドロップした。
今日はさすがに疲れすぎて解錠を待つことができなかった。さっさと帰ってきた。カイトとしてはウヴァルを撃破に貢献した名取(勘違い)が手に入れるべきだと思ったのだが……
よほど洞窟に連れて行こうとしたことに罪の意識があるようだ、と合点していた。
罪の意識の解消には罰は必須だろう、がカイトの意見である。
「疲れたけど得るものは多かった、かな」
もうすっかり朝だ。
深夜にあんなに頑張ったのは初めてかもしれない。
「俺も寝るか……」
シュマロは【毛繕い】で綺麗にした。が、カイト自身には効果が現れない。服は泥だらけ、血まみれ……
疲れすぎてギルドで体を綺麗にする余裕もなかった。
「お風呂、は……もう、良いか」
どうせもう家も出て行く。
いつもならば汚れた体で布団になど触りたくもない。それでもカイトは今日だけは、自分に妥協できる気がした。
だって頑張ったから。
届かなかったけれど、きっと――犬飼カイトは卑怯者じゃないから。
シュマロを起こさないように頭を退かして、二階の自室に戻った。最低限の抵抗として衣服を脱ぎ去り、下着だけ新しいものに変える。
布団に体を潜り込ませた瞬間、もう溶けるように眠りについた。
気づけば夕方だった。
シュマロが執拗に顔を舐めてきて、それによって強引に起床させられた。
「おい、なんでいるんだ?」
「わんわんわん! あおー!」
「そうか、わんわん……ともかく、そうか」
勝手に階段を上がって、ドアを上手いこと開けたらしい。ダンジョンを走破したことにより、もしかしたら知能まで上昇しているのかもしれない、とテイマーは疑う。
一人で寝たい派のカイトは、やや頬を引き攣らせた。
もしかして、今後、毎日部屋に来たりしないよな、と。
「とりあえず食事か。もう今日はダンジョンと散歩は良いよな?」
シュマロは首を左右に振った。
何にも考えていない、とでも主張するように舌を出している。
カイトもまた首を左右に振った。飼い主と飼い犬はしばらく首を左右に振り合っていた。根負けしたのは飼い主のほうだった。
次回 悪魔からのドロップ
――――
作者からのお知らせです。
今話にて第三章『八番目』は終了です。
明日からは第四章『スタンピード』編が始まります。強力な悪魔を討伐したことから、色々とカイトたちの世界が変化していくようです。
さしあたっては超良いドロップアイテムからですね。
さて、もしもここまでで「面白い」や「悪魔のドロップが気になる」「杖、強すぎね?」「なんか犬飼くんの様子が変じゃね?」と思った方はよろしければお話の『フォロー』と『評価(星付け)』をお願いいたします。
残念ながら星平均が2.7を下回ってしまったので、打ち切りは残りツーアウトとなりました。しかしながら、この話数まで打ち切りラインを一つしか超えていないのはラッキーかもしれませんね。
引き続き応援いただければ幸いです。
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