第36話 絶体絶命
▽第三十六話 絶体絶命
思えば名取風香にとって人生は難しいものだった。
ずっと失敗が続いた。
変な人間だったのだろう、と思う。
ともだちが作れなかった。
昔、一目見ただけの日曜朝のテレビドラマ。架空のヒーローが架空の悪を退治する光景が、鮮烈に脳を焼き焦がしたのをまだ覚えている。
――焦がれるほどに憧れた。
――――ああ、なりたいと思った。
そうなることが人生の目的なのだと幼少の時分に悟ったのだ。
本物が良かった。
ごっこ遊びに参加しても、たのしくなかった。おんなは成れないみたい。成った人もいるのかもしれないけれど、少なくとも風香の世代ではテレビ版にはまだ居なかった。
本物が良かった。
だから、ずっと体を鍛えることに明け暮れた。習い事をさせてくれるような家庭ではなかったので、一日中、公園や学校で殴ったり、蹴ったりの練習に明け暮れた。
本物が良かった。
だから、周囲にどれほど馬鹿にされても気にならなかった。話が合わなくても構わなかった。強くなれば世界が変わると思った。
中学くらいから、自分を好きだという人が現れた。
それは異性としての容姿目的での好きだったり、あるいは同じ趣味を持つ同志としての好きだ。前者は難しく、後者についても……風香は特殊で話が合うわけもなく。
「ずっと一人だ」
思えば。
最初から本当はどうでも良かったのだろう。
悪い奴をぶん殴りたかった。
悪い世界をぶん殴ったら変わるような気がした。会話もしてくれない両親。ずっと喧嘩を続けている両親。
ネグレクトなんて言葉は当時、風香の辞書にはなかった。
最低な家庭。
そこから逃避するように励む訓練。すぐに風香は探索者になることを決めた。探索者になって強くなれば……世界が変わる気がした。
あの時の少女は悪党を両親に重ね、それを蹴って強引に解決することを夢みていたのかもしれない。勝手な話だ、と彼女は自分でも思う。
いつしか成りたいだけが残滓して、もう訳も解らない。
それでも強くなること。
憧れることだけは忘れられなかった。だから、罪に臆することもなくジョブを得る覚悟ができたのだ。
探索者になってから、初めて友人ができた。
ライダーになりたい、とライダーについての知識など微塵もないのに宣う風香を笑って仲間にしてくれた女の子だった。
一緒に冒険を繰り返していた。
ある日のことだ。
第四階層でそれは起きた。
誰も入らない洞窟で休もうとして、悪魔と出会った。悪魔は風香の親友を人質にするなり、こう指示をしてきたのだ。
『この娘を殺されたくなければ、別の人間を連れてこい』
だから。
従うしかなかった。風香は悪魔に従うつもりだった。
だけど。
このダンジョンには人気がない。そもそも人が居ない。助けも呼べない。助けを呼んだと判断されれば親友を殺されてしまうから。
できない。
できない。人を連れて行って殺させるなんてできない。できない。できない。それでも親友が殺されるところなんて見たくはない。
せめてこっそり撮影をしようとした。
バレなければ、そう思って配信に特化したドローンを購入し、遠距離から撮影させようとした。が、すぐに壊れた。
悪魔は安いドローンやカメラを壊す能力をデフォルトで身につけているらしい。
そのドローンがきっかけで風香はカイトと出会ったのだが。
そういえば。
ふと風香は思った。
▽
「そ、そっか。そっかあ」
風香は涙を流しながら、ようやく自分の置かれていた状況を理解した。ずっと親友を人質にされているので、誰かを第四階層の洞窟に連れてこないといけない、と思い込んでいた。
あまり強くない探索者。
自分と同じくらいの実力の探索者を。
でもさ、そうか、私に親友なんて最初から
風香の目に映るのは親友の姿ではなく、ただの悪魔の醜い右手だけだ。
肉で作られたパペット人形。
さっきまでアレこそが唯一、自分の人生になくてはならない親友だと信じていた。
ウヴァルの情報を思い出す。
新発見だな、と空嗤いした。大切な人がいない者は、大切な人がいると信じ込まされてしまうんだ。
「だったら……! だったら、わたしは」
なんのためにカイトを連れてこようとした。
何度か挑戦して、途中で断念した。怖くなって。罪悪感で。申し訳なくて。かわいそうで。
悪を進む勇気がなくて。
だから、結果としてカイトを連れてくることはしなかった。
けれど。
あんなに良い人なのに。
俯いていたら声をかけてくれた。変な話をしても気にせずに付き合ってくれた。何か隠し事をしていて、本当は誰かと探索をしたくない人だったのに……不安そうな顔をみてついてきてくれた。
心配してくれていた。
思えば今まで心配してくれた人は……居たのかもしれないが目に入らなかった。接し方が解らなかったから。
「犬飼くん……!」
その時だった。
ウヴァルが動いた。奴は黙々と何故か居る大型犬に近づいたかと思えば、その手のひらを残虐に向けていた。
犬が殺される。
そう思った直後のことだった。犬飼カイトが飛び出していた。
「シュマロおおおおおおおおおおお!」
抱きつくようにして。
代わりにカイトの右肩付近に風穴が開いている。撃ち抜かれていた。信じられない量の血液が垂れている。
血の気が引いている。
あれは駄目な出血だ、と風香はすぐに理解した。だから、
「う、ああああああああああああああ! おまえええええええええ!」
風香は魔法を使った。
全身を加速させる魔法。前へと自分を吹き飛ばす魔法。身体能力を向上させる魔法。それから拳の威力を上昇させるグローブ型の魔道具。
武器に爆発属性を付与する魔法。
魔法使いとしてはアンバランスながら、近接戦闘こそが風香の真価だ。
拳を振るう。
だが、ちらり、とウヴァルがこちらを見たかと思えば――地面を転がっていたのは自分だった。
痛い。
飛びかかったところを頬を張られて撃墜されたのだ。
あまりにも格が違いすぎた。
体が動かない。
動け、と命じるように目視した足は折れていた。脳が揺れている。顎の骨が砕けて顔の形が歪んでいるのが自覚できる。
――レベルが違いすぎる。
「あああああああ、あああ!」
それでも立ち上がろうとした。
役に立たない膝を殴打して、殴打して、ふらつきながら立ち上がる。よろめきながら近づく。しかし、その一歩が致命的だった。
骨が良くない場所に突き刺さった。
物理的に、人間の構造的に……動けなくなる。顔面から地面に倒れた。鼻が潰れたような痛みがほとばしる。
鼻血を垂らしながら、まだ動く手を伸ばした。
「犬飼くん、逃げて! ここは私が」
「……逃げない」
「それは偽物なの! そこに貴方の大切な人は居ないんだよっ!」
「……僕は見捨てられないんだ。姉さんも、シュマロも、キミも……!」
血だらけになりながら、ぎゅっとカイトが白い犬を抱きしめた。立ち上がる。だらん、と垂れた右腕に執着はないらしく、左手で転がっていた杖を握りしめていた。
その手は迫り来る明確な死を前に、がたがたと震えていた。
焦点の合わぬ瞳。
咄嗟に風香が叫ぶ。
「私が悪いの! 貴方を裏切った! ここに連れてこようとした……ここで死ぬべきは私だけ! だから逃げて、お願い……」
「キミは頑張ってた……!」
「……!」
「頑張ってたから、他のことはどうだって……良いんだ。助けるよ。
そうつぶやいて。
犬飼カイトはふらつきながらの一歩を踏みしめた。直後のことだ。彼の腹は悪魔が放ったレーザーのような攻撃で……撃ち抜かれていた。
走馬燈さながら。
嘘の如きゆっくりした速度で――信じたくない――犬飼カイトが洞窟の地面に倒れていった。
次回
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