第35話 顕現した悪魔

    ▽第三十五話 顕現した悪魔


 深夜の町は人が少ない。

 今は午前3時。

 所々を彩る自動販売機と信号機以外、目立つ明かりはなかった。だから、カイトは移動手段として用意してある――奥の手を使っていた。


 スケートボードだ。

 シュマロに前を走らせて、深夜の道をスケートボードで爆走していく。これは犯罪行為である。通報されれば確実に逮捕されるだろう。


 それでも全力のためには仕方がない。


 某少年探偵だってやっている。

 他者が――しかもアニメキャラが――やっているからと言って犯罪をするのは躊躇われるが……カイトはダンジョン探索中のアクシデントを見過ごすわけにはいかない。


 もしも見過ごしたら。

 嘘になるから。


「急ぐぞ、シュマロ!」

「わおん!」

「お会計してる暇はないよ」


 牧杖がないのでダンジョン時ほどの速度は出ない。それでもジョブで強化されているサモエドの実力たるや目を見張る。

 元々、ソリを引いていた犬種というだけはあるだろう。

 自転車よりも遙かに早く、カイトたちはダンジョンに辿り着いた。


「ここで活動している探索者です。名取さんの救助のお手伝いに来ました」

「い、いぬ……?」

「テイマーです! 名取さんは見つかりましたか?」

「い、いえまだです。ご協力のほどよろしくお願いいたします」

「解りました。見つかったら携帯までご連絡を」


 携帯は必需品だ。

 ダンジョン探索の時にも持っていく人のほうが多い。いつもと明らかに異なるダンジョン探索を行えば、探索者へ受付が連絡をやる。

 ギルドは名取と連絡が取れていない。

 それを改めて確認する。思えばカイトも名取と連絡先を交換していない。


「名取さん……」


 第四階層へと跳ぶ。

 いつもとは異なる夜のダンジョンだった。手で持っていたタラリアを宙へと放り投げるようにして飛ばす。


「偵察。前にダンジョン内で会った探索者を探してくれ」

『かしこまりました』


 飛び立つタラリア。

 そわそわと結果がやって来るのを待ちわびた。しばらくの後、タラリアが帰還してきた。


『登録名称・【名取さん】は発見できませんでした。今階層にいることが想定される場合、カメラに写らない箇所に滞在している可能性が高いです』

「……洞窟。この第四階層に洞窟ってあるかな」

『洞窟は七箇所存在いたします』

「早く着く順番に案内して。一体までなら魔物と遭遇しても即殺できるから」

『かしこまりました。ご案内いたします』


 タラリアの音声案内が開始された。

 ダンジョン内、すでにフル武装のカイトは牧杖を構えながら、ボードに乗り込んだ。


「シュマロ、タラリアについて行くんだ。できるな」

「わふ!」

「そうか、わふ、か。頼りになるね」


 シュマロはあっという間にタラリアを置いてけぼりにした。


「!? ちょっとー!」

「あおおおお!」

「そうか……あおおおお、なんだ……」


       ▽

 タラリアをガン放置した結果、カイトたちが辿り着いたのは……とある洞窟であった。タブレットに表示されるマップによれば、四番目にタラリアが案内するはずの場所だった。


 なんだか異様な気配がする。

 ……ただ事ではない、気配。思わず足が竦む。


「けど、俺の勘も言ってるな。ここだ、、、


 シュマロのリードを手放す。

 カイトはギュッと縋るように牧杖を握りしめた。念のためにタラリアの到着を待つことにした。タブレットでの連絡は済ませてある。

 上空の最短ルートから来たタラリアが、道行きに光を灯す。


『警告いたします』

 タラリアの先導光が赤色を帯びた。

悪魔、、による電磁妨害を確認。この先に悪魔が潜んでいる危険性がございます』

「悪魔?」

『悪魔は知能が高く、カメラなどについて破壊を試みます。現在、当機は電磁妨害の影響を受け、それを機能によって防衛している状況です』


 悪魔が居る、とタラリアが言っている。

 それでもカイトに退く理由はない。念のためにギルドへタラリアから連絡を入れてもらう。ごくり、と生唾を飲んでから前へと進む。


『ギルド規定により悪魔との戦闘は自動配信されます。了承なき場合は撤退を要請いたします』

「おーけー」


 悪魔は世界規模の敵だ。


 ドローンを引き連れて戦闘をする場合、情報の隠蔽が発生したり、情報伝達ミスを防ぐために強制的に「悪魔交戦配信」が発生することになっている。

 悪魔の手の内を暴くための配信である。

 これはとある国が、ギルドにやってきた悪魔情報を隠蔽し、大きな損害を許したことから生まれた規約でもあった。


 悪魔の軍事利用を目論んだが故の損失。

 多くの探索者、そして住民が命を落とすことになった。最悪なのが逃げた悪魔が別の国にまで及んだこと。


 あれはかなりの問題となった。


 悪魔配信は悲劇を防ぐための方針である。

 戦闘の難易度からモザイク配信になることも多い。ただ悪魔はあくまでもボスではなく、レイド判定もされていない。

 

 ジャンルとしては強力なPVPに近い。


「い、行くよ……」

「わん!」


 こつん、とシュマロがカイトの足に頭突きをしてくる。軽い威力の打撃は、まるで「しっかり」と励ますかのようだった。


 戦々恐々とともに洞窟を進んでいく……


 何もない。

 明かりもない。ランタンも松明もない、真っ暗闇だった。ただタラリアの光だけが先行きを見せてくれる。


 洞窟の内部は単純な構造だ。

 タラリア内の情報によれば、ただの一本道。道の幅は成人男性が十名、横一列に手を繋いで進んでいける幅だ。


 距離は一キロもある。

 進んでいく。慎重に。慎重に。暗闇に飲み込まれていくかのように。


 そしてカイトとシュマロ、それからタラリアは目撃した。


 そこには……二人いた。

 一人は地面に蹲るように土下座をしている少女――名取。そしてもう一人、その名取の頭部を踏みつけにしている――黒い天輪を頭上に飾る――無表情の青年。

 タラリアの光が無表情の青年を写す。

 白目のない黒。


 純黒がそこにはあった、、、、、、、、、、


『はけうみをもはう゛もはうもうもばうもうばゅう,も』

「あくま……」


 思わず零したカイトの声。

 それを聞いた名取がふと顔を上げた。カイトの姿を見つけるや否や、悲鳴じみた声を少女があげた。


「逃げて犬飼くん! こいつは――」

『はうはつけうけととうは』


 悪魔が右手を挙げる。

 そこにあるのは人間の拳ではない。肉塊製の悪趣味なパペット。それは表皮のない悪魔の右拳である。

 そのグロさに思わずカイトは目を背ける。

 その時だった。

 一瞬、脳みそが「ずきん」と痛んだ。思わず頭を抑えて蹲るカイトの頭上では、タラリアが情報をつらつらと述べている。


『ギルド登録情報を開示いたします。対象悪魔の名は【ウヴァル】でございます。所有能力は【友愛】。右手を他者にとってもっとも大事な人物だと誤認させます』

「どうして姉さんがここに!?」

『対処法は能力を発動される前の殺害、および能力が発動される前からの遠距離狙撃を推奨いたします。マスターには逃走を推奨いたします』

「そんな能力を使われたらまずい。けど、姉さんが人質にされてるんだ。……俺は逃げられない。姉さんを見捨てられないよ」


 悪魔というのは同一種類が出現する。

 各国によって確認されている悪魔の種類は58種類。今回の敵たる【ウヴァル】も、人類は何度も敵対し、退治することに成功していた。


 けれど厄介だ。


 その能力を使って……探索者を利用する。

 探索者は「大切な人を殺されたくなければ、他の人間を餌として連れてこい」と脅されるのだ。

 そして人数を集め、安全のうちに人を十名殺し……ダンジョンの外に逃げる。


 ウヴァルが厄介なのは幻覚を見せることではない。

 誤認させることだ。

 今のカイトにとってウヴァルの右手は大切な姉と同義だ。これはダンジョンを出たとしても、実際に姉と会ったとしても変わることのない事実となる。


 認識を誤認させる悪夢。

 それがウヴァルの所有する能力であった。ウヴァルが裸足のまま、洞窟をゆっくりと歩き、近づいてくる。


 その手はシュマロに向けられていた。


「に、逃げろ、シュマロ! お前は姉さんのことは――」

「――」


 くうくう、とシュマロが鳴く。

 カイトには理解できないようにされている。今、ウヴァルの右手はシュマロの目には飼い主カイトに見えているだなんて……


 ウヴァルの貫手がサモエドに迫っていた。

 簡単に避けられるはずの攻撃を前に、シュマロは身じろぎもせず――自ら迎え入れるように黙って――!


「シュマロおおおおおおおおお!」


   次回 絶体絶命

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る