竜の聖女は、薄明の旋律を彩る
綾野あや
第1部 竜の聖女編
第1話 光と音の聖女
コツ、と音が鳴った。
それは、“お飾り聖女”と呼ばれた、私の小さな靴音。
ほの暗い廊下を一歩、また一歩。
その虚飾を振り払い、踏みしめながら私は歩き出す。
向かう先は、この国の音楽が変わる最高のステージ。
そこで私は魔法を使って、舞台を彩り演出する“光の魔法使い”に生まれ変わる。
私の名前は、
半年ほど前、国を守護する竜を御するために“竜の聖女”として異世界に召喚された。
けれど、私は特別な力を持たない存在で、背負わされた重圧と頼りなさに不安ばかりが膨らんで苦しかった。
今、着ている慣れない衣装の裾、胸元、そして着飾ったメイク。
そのぎこちない姿に、過去の私が重なって見えて、手が震える。
――変われると思っていた。
自然と顔が俯いて、元の世界で過ごした学生生活の苦い日々が脳裏をよぎる。
いじめられたわけじゃないけど、ずっと周りから一歩引いている自分がいた。
他人と距離を保つことに精一杯で、心の中では常に疎外感が付きまとう。
そんな私を支えてくれたのは、画面の向こうでスポットライトを浴びる「アイドル」だった。
彼らの歌やステージを何度も見聞きして、クラスの隅っこで舞台への秘めた想いだけを頼りに生きてきた。
誰に対しても心から話せないまま、年月だけが過ぎていった。
――結局、変われない。
19歳になった今でも、まだ幼く無力なままだった。
でも、今は違う。
手に宿った魔法。胸を焦がす仲間からの音と光。
新たな道を探す王子との行く先を照らし出しているのも、少しずつ私の中に変化が生まれてきたからだ。
それも全て――世界へ踏み出す勇気を、最初に竜がくれたから。
視線をグッと上げ、前を向く。
扉の隙間から漏れる淡い光に足先を照らされ、胸の高鳴りを感じながら歩みを進める。
もう立ち止まる理由はない。
私が行き着く先は、観客席最後方にある演出ブースだ。
扉が開く。
波打つような人々の声が耳に届き、自然と心が沸き立つ。
そこにあったのは――
ドルガスア竜王国・宮廷大ホール。
百人規模の楽団が、今まさに音を紡ごうとしていた。
重厚な扉が閉じた瞬間、暗転。
貴族たちのざわめきが空気を揺らす。
張り詰めるような雰囲気のなか、その幕開けを私も――そして誰もが待ち望んでいた。
混乱を制するように、チューニングの音が響き渡った。
弦のしなやかな旋律。
金管の高らかな響き。
木管の柔らかな音色。
打楽器のリズムが、ざわめく人々の心を、ひとつずつ落ち着かせていく。
私はブースに入ると、先に待っていてくれた魔術士たちと視線を交わした。
これから一緒に最高の舞台を作り上げる大切な仲間だ。
そして、舞台上にひとりの男性が現れた。
ドルガスア竜王国宮廷楽団の団長にして、国を代表するマエストロ。
観客は、彼の登場に大きな拍手をあげ、一心の期待を寄せる。
そのタクトは、まるで魔法の杖のよう。ただ振るだけで、聴衆の心を虜にする。
だから――私はその指揮棒に、“本物の魔法”を宿す。
白磁の棒が上がる。
その一条の光が、闇夜を裂いた。
その瞬間、会場が息を呑み、静寂が生まれる。
私は左手の甲から腕にかけて、意識を集中させる。
心臓が脈打つたびに、力があふれ、全身に駆け巡っていく。
細長い竜の瞳の紋章。それは、彼と深く結ばれた絆の形。
これまでの歩みの証が、蔦のように伸び、繊細で美しい文様を描いていく。
私は静かに息を吸い、魔術詠唱することもなく、ただタクトの先端を見つめた。
ぽうっ、と光の玉が灯る。
やがてそれは、星の砂をこぼしながら、ゆっくりと空中へ浮かび上がる。
舞い上がっていく様を観客たちは固唾をのんで見守った。
その星彩に魅入られ目を離すことができない。
そして、ふわりと、弾けた。
キラキラと舞い落ちる光の粒子。
客席から感嘆の声が上がる中、オーケストラの演奏が始まった。
音が風に乗るように、光が旋律に絡み合い広がる。
クラシックよりも鮮烈で、心を強く惹きつける曲。
ヴァイオリンが細かな旋律を奏で、ビオラがそれを支える。
コントラバスとチェロが低音の厚みを加え、打楽器がテンポを刻む。
管楽器のメロディーが重なれば、次第に華やかな音楽の舞台が広がっていく。
この独自の音楽に出会ったとき、私の胸は大きく弾んだ。
アイドルソングのような煌めきに聞きほれて、心を奪われていた。
だからこそ、もっと輝かせたかったんだと思う。
話すことも、誰かと共に何かをすることも苦手だったけれど、仲間と一緒にこの音色を更に魅せたくなった。
一緒にいる演出チームの魔術士たちへ、そっと合図を送る。
すると彼らは、小声で光魔術用の詠唱を始めた。
私も術式が描かれた紙に触れながら、次の演出に備える。
サーチライトの光が、観客を照らし出した。客席の頭上を様々な色の波がたなびく。
そのオーロラを見上げる人もいれば、光と音の共演に酔いしれる人もいる。
人々の瞳は、ただただ目の前の美しい光景を取り込むだけで精一杯だった。
抑えきれない衝動を噛みしめ高揚しながら、夢のような空間に身も心もゆだねていく。
私の魔法だけじゃない。魔術でも、同じように美しい光景が生み出されていく。
――わかるよ。私も、元の世界ではそこにいたから。
ステージはこんなにも眩しくて、胸を焦がして、言葉にならない感動で満たしてくれるんだ。
下支えする低音が身体のなかで渦を巻き、高音が鼓膜を震わせて、全身に染み込んでいく。
それが、重なり層となってエネルギーになる。
この音色は、竜にも届いているだろうか。
自分の瞳に映る世界を見つめながら、静かに考える。
いつも、1人でいられる“強さ”があれば、と願っていた。
けれど現実は、不安と孤独に押しつぶされて、何度も、涙をこぼした。
――そう、自分の力だけで、強くなりたかった。
でも、きっとそれは違っていたのだ。
誇り高く、強く生きる彼の手に、そっと触れられたときに知った。
白銀色の美しい竜と共に歩めたこと。
それが、何よりも誇らしかった。
あのときの熱は、今も私の胸に残って、支えとなる。
彼だけじゃない。
今、演奏の中央で眩しい笑顔を浮かべる彼女。
演出を支えてくれる魔術士たち。
そして、上座にいる金糸の後ろ姿。
この手から生み出す魔法は、決して私一人の力じゃない。
私は、弱い自分が嫌いだった。
強くなりたかった。でも、なれなかった。
でも、本当の強さって――――
誰かと一緒じゃなきゃ、見つからない。
誰かがいるからこそ、人は強くなれるんだ。
そっと、契約紋章に指を添える。
彼の息吹を感じて、身体が熱くなる。
私の竜へ。
この感謝を、魔法に乗せて伝えよう。
舞台に――まばゆい光が降り注ぐ。
“これは、ひとりぼっちだった聖女が、光のステージに立つまでの物語”
◇━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━◇
第1話をお読みくださり、ありがとうございました!
このコンサートシーンは、第36話にリンクしています。
晴歌がどうしてこの場に立つことができたのか、引き続き読んでくださると幸いです。また♡やブクマ、一言でも構いません感想等お待ちしております。
いただけたら、とても嬉しいです!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます