EP.5 小さき剣聖、壊れた愚者。



「ユウマよ。座りなさい。」


彼は、何処にでも居そうなお爺さんのように見える。なのに、俺とは全く格が違うと思わされるほど、あまりに威厳のある声に、何も言えなくなってしまった。


小さく挨拶をした後、マゴマゴしていた俺は、その場に居た使用人に促されるまま、扉から入って正面の一番手前の椅子に座った。


何日も食事をしていない気がする。それくらいお腹が空いた。待てをされた犬は、こんな気持ちなのか!早く食べさせてくれ!なんて、少し意地汚い気もする。


お腹空いたなぁ……食べたいなぁ……


何も話が聞けないほど空腹だった俺は、目の前の果実の上に意地悪そうに座っているマルを見つめる。俺がお腹空いてるの、知ってるくせに。酷い奴だな。この虫ケラめ。


「めっ!マルちゃん!そんなところに座らないよ!」


……!?


まるで、小さな子供に言い聞かせるようなお爺さんの言葉に、さっきの威厳は何処へ?と驚いてしまった。そんな俺を見てマルは、またクスクスと笑いながらお爺さんの肩に座る。


そんな事よりお腹空いた。ダメだ。もう食べよう。そうしよう。知能のある人間として、礼儀を取るか欲を取るか。………………もちろん、礼儀。


そんな葛藤をしている俺の気も知らず、お爺さんはハッハッハッとひとしきり笑ったところで、この世界に関しての話をしてくれた。俺がどんな人物なのかと言う事は、マルを通して聞いていたようだ。異世界からの転生者であるという事も。


その中で、俺の名前が少し気になったらしい。名を名乗る時は、ヤナセ=ユウマでは無く、ユウマ=ヤナセと名乗った方が、王国から怪しまれずに済むと言われた。怪しまれるのは嫌だからな。今後はそうしようと思う。


何故怪しまれてしまうのか、それは、【不正ギルド】と呼ばれる集団に関係があるらしいが、今は置いておく事にしよう。


食事をしながらでいいと言われ、黒い手袋をテーブル脇に置き、冷静に対応するつもりだったが、待ちに待ったステーキの香りが、空腹だったお腹を刺激して来る。


ダメだ。このままだと、肉は逃げないけど、肉の旨みが逃げてしまう!!結局、行儀が悪いのは分かっていたが、フォークを肉に突き刺し、ナイフも使わずにガブリ。幸せを感じる一口だった。


俺の自己紹介は既に聞いてくれていたため、今度はお爺さんが、自己紹介をしてくれる事になった。


彼の名は、ローレンス=ウッドハート。この屋敷に来る前に、マルから聞いていた人物だ。歳は八十九歳で、白い髭を長く伸ばした小柄な男性だ。


この、クムスの森の創造主であり、生態系のバランスを守るために森林の守護者として、【デフェンダル王国】という国の【木帝】<モクテイ>に君臨している。


【帝】<ミカド>というのは、自然属性である【火,水,木,土】この四つの属性の最強を表すものであり、ローレンスはこの木属性の『王様』。つまり、属性最強の人物であるという事だ。


この他にも、自然属性を組み合わせる事で発動出来る、【上級属性】というものがあり、こちらも四属性の【闇,光,雷,風】で構成されている。その上級属性を当たり前のように発動できるアルファがチートすぎるのだが、本来は扱える者が少ない。


しかし、四人いた帝<ミカド>も、今では二人に減っているらしい。これは現在の帝の選定の条件が変わった事によるもので、帝クラスに強い者がいないというわけでは無いらしい。


他の国にも同じような者がいるらしく、たまに親善試合として国同士で【魔剣士祭】と呼ばれる祭りも開かれるという。そこには選ばれた者だけが集まり、魔術師や剣士として、『最強』を目指している者は【魔剣士祭】に出るために日々、奮起している。


こんなヨボヨボの爺さんに何が出来るんだ?と思うほど弱々しく見えてしまうが、彼は魔法だけで無く剣術も超一流。人は見た目で判断出来ないとは、まさに彼にぴったりの言葉だろう。


話は変わり、マルが産まれた【マディラ】と呼ばれる木は、約三億年という歴史を持ち、この世界で唯一【命を産む木】とされている。とは言っても本当に木から産まれて来たわけでは無く、マルもその木の幹で寝ていたところを連れて来られただけらしい。


ただ、そういった言い伝えがあるだけなんだと。


そんな彼女は、昔はローレンスの付き人として働いていたらしいのだが、自由奔放な性格で、仕事を与えてもふらっと姿を消してしまう事が多々あり、その事から、世話役を解任。ただの友人として仲良く働いてもらっているんだと。


この世界には【使い魔契約】というものがあり、心が通っていれば、誰だって契約を結べるらしい。


せっかくだからマルと契約を結ぼうとしたが、何故だか、彼女とは契約を結ぶ事が出来なかったのだと言う。


契約というのは、【魔力】を込めて【使い魔】と呼ばれる相棒を自由に召喚出来るというもの。更に、魔力を強く込めれば、使い魔は自らの力以上の魔力を、発揮する事が出来るようになるというのだ。


最も、契約の性質上、魔力を多く持つ者と契約するのが当たり前で、魔力が低い者には使い魔なんてものは夢のまた夢である。


契約に関しては魔族や魔物、古代の書物には神の使いとも契約が結べると記載があるらしいのだが、実際に神の使いと契約を結んでいる人間を見た事は無いという。


だが、そもそも使い魔召喚は奥の手とされているため、姿はおろか、召喚自体をしたことがないという者も多いわけだが。


しかし、マルはというと妖精は妖精でも、何故か契約を結ぶ事が出来ない妖精で、ローレンスも過去に一度、契約を結ぼうと試みたらしい。しかし、魔力を込めようとも形だけでもと契約の儀を開いても、マルとは契約を結べなかったようだ。


なので、マルはどんな状況に陥ったとしても、ローレンスの力を借りる事が出来ず、自身の力で道を切り開いていくしかない。契約を結べないというのは、使い魔のデメリットを魔力で補う事が出来ないという事だ。


ローレンスの話はとてもためになるし、俺も気付けば前のめりでローレンスの話を聞いていた。その中で一つ気になったのは、【魔族】と【魔物】の違い。彼の話す内容は、俺の認識とは少し違った。


この世界は、【魔界人族】と【魔性生物】。それを省略して、魔族と魔物というらしい。


その区別の方法として、魔物は、知性を持たない者の事を指すらしい。『例外』はあるが、代表的な者を挙げるとすれば、スライム族や竜族などの、人型では無い生物がこれに該当する。


逆に、知性を持った竜人族や蛇人族等の人型の生物を魔族と言う。なので、知性を持ったゴブリンなども魔族に位置するらしい。他の種族からすれば、人間も一種の魔族みたいなものだと彼は言った。


俺はその他にも、この屋敷や森についての歴史について尋ねたが、そんな昔話をしても若者には面白く無い話と笑われて一蹴されてしまった。


俺達が話している最中、マルは退屈そうに果物を齧っていた。そんな姿に癒されながらも、時間を忘れてローレンスとの会話を楽しむ。彼もこんなに楽しい時間は久しぶりだと俺に笑いかけてくれた。


居住地が無いと言うなら、いつまでも居てくれて構わないと言ってくれたので、御言葉に甘えて、しばらくここにいさせて貰おうと思った。屋敷の二階に、現在は使われていない部屋があるという事なので、今後はそこで寝泊まりをする事に。


楽しい時間も過ぎ去り、これ以上は彼の仕事の邪魔になってしまうので、一旦解散する事にした。


俺はローレンスを見送った後、マルと二人で話しながら、二階の空き部屋へと向かう事にした。部屋へ向かう道中もひっきりなしに人に出会うため、少し疲れてしまった。


部屋の前。


ここが、今日から寝泊まりする俺の部屋らしい。マルはまだ仕事があるから、とヒラヒラと手を振りながら窓の外に飛んで行ってしまった。


彼女を見送った後、扉を開け、部屋に入る。


ホテルの一室のような部屋に、こんなにいい場所に無料で泊まっていいのかと不安になってしまう。そう思いながらもネックレスを外し、枕元にある棚の上に無造作に置いた。


大きな窓の前に置かれている革の椅子に腰かけ、一人の時間を過ごし、瞳を閉じてアスレアに着いてから、今日までの事を思い出す。


アルファは、どうしてるかな。死んでなんか…いないよな。


すると、後方にある扉がコンコンと叩かれた。俺は立ちあがろうとしたが、そのままで良いと、扉の向こう側から女性の使用人の声が聞こえて来た。


「ユウマ様。旦那様から、食後に顔を出して欲しいと言伝を受けました。失礼致しました。」


結局、誰が言いに来たのかも分からないまま、絨毯を歩く音が遠ざかり、もう扉の前には誰もいない事が分かった。


……多分、この声は…さっきの耳長メイドの人だ。どうして、顔を見せないのか疑問に思ったが、俺は誰もいないはずの扉に向かって、少し遅れて「はい」と返事をすると、また窓の方に向き直した。


疲れて空を見ていた俺は、もう一度、瞳を閉じて記憶を辿りながら、『地球』での事を思い出していく。


友人の事。義母の事。妹の事。そして、陽菜の事。


しばらくそんなことを考えていると、明るかった空は夕暮れ時を迎え、何もしていないはずなのにお腹も空いて来た。


この世界の時計の見方が全く分からないが、外の様子から察するに、きっと夕食の時間だろうと、俺は食堂に向かう事にした。


この屋敷には、三台のエレベーターがあるのだが、別のエレベーターで行くと確実に道に迷ってしまう。なので、マルが植えた木の実がぶら下がったエレベーターから地下に降り、今、俺が使わせてもらっている部屋に来た道順で、食堂へ向かう事にした。


少しだけ道に迷いながらも、食堂の前で使用人達が扉を開けて待っていた。その開かれた扉の先にあったものは、まさかの【牛丼】だった。『我々が食べる少量の食事より、若者にはカロリーの高い物をたくさん食べて、精を付けて貰え』と言うローレンスの計らいなんだそうだ。


手袋を外し、テーブルの前の椅子に腰を掛ける。美味しそうな香りを漂わせている料理に、手を合わせ、スプーンで一口。


美味過ぎる!!何だこれは!!!


この牛丼の肉は、【ストラ=タルフェルス】という牛の魔物の肉なんだそうだ。この世界では、食用の魔物と地球のような牛豚などの、家畜もいるらしい。その中でも、このストラ=タルフェルスは、人間が食べやすいように品種改良を重ねて作られた魔物だそうで、肉は柔らかく牛肉特有の筋っぽさも無い。それでいてしっかりと歯応えもあり、人生で一度でも、食べられるかどうか分からないと思えるほど絶品だった。


最高の食事に舌鼓を打ち、無心でその御馳走を頬張る。


スプーンが踊り狂っている!止まらない!美味い!でも!俺!少食だ!!お腹パンパンだ!!


お腹をパンパンに膨らませながら夕食を全て食べ終わり、それからしばらくして使用人にローレンスの部屋に案内して貰う予定だったが、仕事の邪魔になってはいけないと、最低限の場所だけを聞いて、一人で向かう事にした。


食堂を出て、木の実のあるエレベーターを通り越し、更に奥にあるエレベーターに乗り込み、四階へ向かう。そのエレベーターを降りて、右奥の部屋がローレンスの部屋のようだ。


コンコンと二度ノックをし、失礼しますと部屋に入る。そこには、ローレンスとローレンスには勿体無いほど綺麗な女性と無愛想な小さな少年。


女性の名は【キアラ=ウッドハート】と言い、ローレンスの妻で彼の一つ上なのだという。…という事は九十歳…?嘘つくなよ…めちゃくちゃ綺麗なお姉さんじゃねぇか…


ツルツルした髪質の綺麗な金髪で、見た目は、二十代前半の綺麗なお姉さんにしか見えないのだが、最近、歳のせいか身体が思うように動かないのとお淑やかに笑う。


そして、彼女の陰に隠れるようにして立っている少年の名は、【ハンス=ウッドハート】というらしい。ショートヘアで黒髪の彼は、六歳でまだまだ勉強盛りという事だが、其の実、最年少で魔剣士祭に出場するという相当な実力者らしい。本当は左利きらしいが、何故かそれを表に出さずに、右利きだと言い張っているらしい。


ほえぇぇ。なんか知らんけど、そんな強いのか。


ローレンスは、こいつは我々の自慢の息子だと高らかに笑う。……とそれ以上、詳しい話は聞く事は出来なかった。当たり前だが、まだまだ壁があるように感じた。


屋敷の家族を紹介してくれたところで、明日の朝は召使の紹介をしたいと言われたが流石に断った。四十人は、日が暮れてしまいそうだ。


話は変わり、ローレンスは真剣な表情を俺に向けて来た。絶対に、何か頼まれる気がする。俺に出来る事であれば、何でもするつもりだ。


「ユウマ君。君が良ければでいいのだが、明日、我が息子ハンスに剣の稽古を付けてあげてくれないだろうか?勿論、木剣での稽古だ。どうだ?」


突然の提案に剣も握った事が無い自分じゃ相手にならないだろうと、首を横に振ろうとしたが、こちらも助けられている身。痛いのは苦手だから出来れば断りたいなどと思ったが、この世界では剣術は必須のスキルであり、あわよくば自分自身も強くなりたいという葛藤もあったので、願ってもいない事だった。


「えぇ、引き受けます。ですが、私は剣を握った事が無いので、出来る事など無さそうにも思えますが…」


「安心してくれ。君はただハンスを斬ればいい。ハンスはそれを避けるだけだ。」


は?それだけ?


ローレンスの淡々と放つ言葉に、ハンスにはそれほどの実力があるように思える。その実力が見たいと思う俺も、アルファと同じく戦闘狂なのかもしれないな。


ニヤリと笑みが溢れる。明日の朝が楽しみだ。


実は、ハンスの稽古の後に、自分の稽古も彼に付けて貰おうと考えていた。教えてもらう事が出来るなら、後輩だろうと、悪態をつくおじさんだろうと、はたまた年端も行かない少年だろうと吸収出来る物は全て吸収する。負けず嫌いで貪欲な性格だ。


その後は、キアラさんとハンス、二人と軽く話をしてから、二階の自室に戻った。


ハンス…めちゃくちゃ人見知りだったな…でも、あの手…子供の手とは思えないくらい、ゴツかったな。


明日の朝の稽古が楽しみで、ワクワクして眠れないと思っていたが、思ったより疲れていたようで、すぐに夢の中に入って行った。


――翌朝。


朝食を終えた俺は、ハンスと共に屋敷の裏庭に向かった。


裏庭には丸太と縄で作られた木人、他にも投擲ナイフから銃まで、幅広い武器が置かれている。全て木で出来ているようだが、ローレンスの魔力を込めなければ重すぎて使えない物となっているため、侵入者が入り込んでこれらを使おうとしても、脅威になりうる物は無い。


更に、裏庭は木で出来た柵で囲まれており、魔法を防ぐ防御結界が貼られているらしく、訓練には最適な場所だと言える。


しかし、広い。とにかく、すっげぇ広い。広過ぎて、もう庭とか言わないで欲しい。何なら、ただの裏山ですとか言って欲しい。


ハンスは黙ったまま、大きな丸太に無造作に並べられている木剣を拾い上げて渡してくれた。使い込まれた良い剣だ。とか分かった風に言ってみるけど、実際は何にも分からないです。すみません。


「よろしく……です……」


ハンスは人と話すのに慣れていないのか、俺には一切、目を合わさず下を向いたまま礼をする。俺も同じく礼をするが、剣の作法を全く知らない俺は、見様見真似でしか無いわけだが。ハンス、クソ可愛い。


「もう始めてもいいのか?」


やってやるよ!と俺は、ハンスをぶった斬るつもりで木剣を握り締め、見せつけるようにブンブンと振り回してやった。しかし、俺の行動には一切反応する素振りを見せないハンスは、小さな声で「本気で」と言い、木剣を握っていた右手から力を抜き、構えを解いてしまった。


まさかの動きに面を食らったが、脱力はれっきとした業である事は、流石の俺も知っている。だが、構えまで解くのは見た事が無い。ただ立っているだけで、構えを解いた姿は隙だらけなはずなのに、全く隙が見当たらない。


たった六歳の少年とは思えない、その武神のような面構えに、好奇心と武者震いが止まらなくなっていた。思い切り、斬りかかってみたい。そう思ってしまう俺は大人気無いのかもしれない。


ハンス!お前の力を見せてくれ!そして!俺にその全てを教えろ!!

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