EP.4 異世界の恩人、嘘吐きの姿。
暗闇の中、星が満天に広がる世界。
意識はあれど、動かない身体。
スカイフィールドに包まれて、海中を風に乗るように流されている最中、俺は意識を取り戻していた。
あの光景が、頭から離れる事は無いのだろう。
影から噴き出る青い魔力に、聞いた事も無いような呻き声を上げるアルファ。
俺を助けるために、自分が助かる選択をしなかった。もしかしたら、アルファは自らのあの状態から抜けられる魔法があったかもしれないのに。
いつだってそうだ。失敗するからと逃げて。自分が失敗するかもしれないから自分を優先する。そんな自分に、後から悔やみ、嘆く。
俺は空を見上げながら、何度も後悔した。自分の不甲斐なさを思い、何度も泣いた。
いつか、人を守れるようになりたい。自分のためじゃ無く、人のために戦いたい。
そんなことを思っていた俺は、いつの間にか薄暗くなった砂浜に打ち上げられていた。
どれだけ長い時間、海を旅したのだろう。ゆらゆらと流されているだけなのに、身体と心は酷く疲れていた。
打ち上げられた砂浜のすぐそこには、森への入口が見える。俺を取り囲むように、様々な音が聞こえて来たんだ。
波の音。魔物の声。木々の揺れる音。風の音。
アルファの声は……
聞こえない。
このまま死ねたらいいのにと思う、弱い自分を押し殺し……それでも、自分のために生きる事を恥じた。
だが、陽菜と帰るまでは死ねない。あいつを、一人にさせられない。
しかし、今は目を閉じる。疲れてしまった身体を癒すため、瞳を閉じる。
やがて、俺は眠りについた。
***
あれから、何時間経ったのだろう。
あれだけ暗かった世界も、見違えるように明るくなった。白い雲の隙間から見える日差しに、少しだけ目が眩む。
氷のように冷え切ってしまった身体を、太陽の暖かい光が優しく包み込んだ。
俺は、潮水に浸かってずぶ濡れになった身体を起こそうと、ひんやりと濡れた地面に手を着いたその瞬間、立ちあがろうと下を向いていた顔前に、虫のような何かが横切った。
「うわっ!!!」
あまりの気持ちの悪さから、咄嗟に声が出てしまい、それを振り払うように手を前に突き出し、その何かを叩き落とそうとするがギリギリで避けられた。
虫は嫌いなんだ。当然だろう?チラチラ飛び回る奴らは、俺にとっては全部、虫なんだ。
……いや、違う。
ふわふわと俺の前をチラついて来るそれは、体長は二十センチほどの、青い蝶のような羽を持った小さな妖精?だったようだ。
虫じゃ無かった…と安堵するが、羽が生えてるから、でっかい虫みたいなもんかと、謎の納得をしてしまった俺は、きっと疲れているのだろう。
「びっくりさせちゃってごめんなさい。クムスの森に、海側から来る人なんていなかったから、気になっちゃって。」
少し生意気な妖精はクスクスと笑い、俺の周りを蝶のように飛び回っている。可愛らしい顔をしてるようだが、羽が生えているというだけで、虫認定が出来てしまう自分の想像力が凄いと思えた。
羽が生えてるんだよなぁ……虫なんかなぁ……?ようせ……いや、虫か?
洗濯に掛けたのかと言うくらい、ずぶ濡れになった服を絞りながら、一通りの自己紹介を済ませると、近くの岩に腰を掛けようと歩き出した。
だが、長時間潮水に晒された肌は、赤みを帯びており、歩こうとする度ヒリヒリと擦れたような痛みが響いた。
痛過ぎて歩けない。
俺の身体は真っ赤に染まり、その痛みを和らげようと、老人のような歩き方になっていた。その様子に見かねた妖精は、俺に癒しの魔法を唱えてくれた。
「森の命よ、我が手に集いし木の繊維となれ。自然の力を宿した衣を紡ぎ出せ。木属性の魔力よ、その身を包み込め。操木術<ソウモクジュツ>【アシュタロン】」
魔法詠唱後、青い光が俺を包んだと同時に、破れてボロボロになったずぶ濡れのブレザーが、新しい衣装に形を変えた。
俺の制服に似ているような気もするが、少しだけ青みを帯びていたジャケットは、真っ黒な装飾の無い黒いジャケットに。
白い無地のシンプルなワイシャツには、黒いネクタイが存在感を出している。滑らかな素材の黒いスラックスに、黒い革の手袋の着け心地が最高だ。
ワイシャツの下に見える、スペードのネックレスは少しくすんでいるようだが…そんな事は今はどうでもいい。
「ありが……いてて……」
しかし、服が治ったところで身体の方は治っていない。擦れた痛みは響くばかりだった。
それでもボロボロの服じゃ歩き回ることすら出来ない。彼女に感謝の意を表して深々とお礼をした。
「傷を治すのが先だったよね?ごめんなさい。水属性魔法よ、彼のものを清め全てを取り払う癒しとなれ。【ケアウォータ】」
それは、一瞬だった。
青い光が俺の身体を包み込んだかと思うと、あれほど痛々しかった赤みを帯びた肌が、綺麗な白い肌に戻った。それと同時に、歩けないほどの痛みは何も無かったかのように消え失せていた。
凄い!治った!魔法は本当に便利だ!なんて、つくづく思う。
「ゆーきが着ていた服。似せようと思ったけど、服は繊細だから苦手なんだ。」
ゆーきじゃねぇよ。ユウマだよ。まあ、ありがたかったし、面倒だったから訂正はしなかった。
彼女は俺に敵意は無いなんて言っているが、そもそも敵意があるなんて思っちゃいない。彼女は命の恩人だ。
せっかく、綺麗にしてもらった服のままと言うのは忍びないが、砂浜に打ち上げられた岩に座ることにした。身体の傷は治っても、疲れが治ったわけじゃないからな。
そこで、妖精に自己紹介をしてもらう事にした。
虫………妖精の名前は【マル】と言い、自分でもいつからここにいるかは分からないが、三年前に【マディラ】と呼ばれる大きな木の中で産まれたらしい。
木の中で産まれたというだけあって、木属性魔法を主体とするが、実際には魔物とは一度も戦った事が無い。
だから、自分の魔法が強いのかどうかは分からないんだってさ。
最も、マル曰くこのクムスの森に棲む魔物達は大人しく戦闘を好まないので、戦う事自体が無い。
だから、自身が強いかどうかなんて、分かるはずが無かった。その証拠に、マルが目の前を通ろうとすると魔物達は道を開けて、引き下がって行くらしい。
マルだけなのか?と聞くと、自分は誰かと一緒に行動をしないから分からないって、本当に自由なむ………妖精なんだなあと思った。
その他にも、この森の中心には【帝】<ミカド>と呼ばれる魔術師が住んでいるそうで、名は【ローレンス=ウッドハート】というらしい。
マルにとって、彼は人間の中では初めての友達なんだそうで、彼からはクムスの森の外の話を毎日聞かせてもらっているらしい。
彼女は、とても楽しそうに色々な話をしてくれた。
というのも、この世界にマルが産まれ落ちてから、森にいる人間以外で人が現れたのは今回が初めてだそうだ。
正直なところ、ローレンス達の他に人間が存在しているという事すら怪しんでいたんだと。
彼女の話を聞いていた俺は、ここが森のどの辺りに位置する場所なのかを聞いておくことにした。
今後この世界で生活する上で、食料が獲れそうなここは、何度か立ち寄る可能性は大いにあるからな。一応、聞いておかないと。
ここは【クムスの浜辺】といい、大陸の地図上に広がる【クムスの森】の東部に位置する浜辺。
ヤシの木が所々生えた白い砂浜と、エメラルドブルーの水が光に反射する美しい景色が広がっているが、実際のところは大きな『河川』であって、潮水では無く真水なんだそう。
この森は、昔は観光地やリゾート地として人気があったらしいのだが、大きな事件があって以来、人間は寄り付かなくなったらしい。
それについてはよく知らないからと、これ以上の情報は得られなかった。
そして、この木のトンネルを潜った先にあるのが【クムスの森】と呼ばれ、【デフェンダル大陸】の北部に位置する広大な森林なのだが、実は最初から森林だったわけでは無い。
ここには昔、人間との『共存』を望んだ心優しい魔族の城があったらしい。
しかし、共存していた人族の裏切りに遭ってしまい、魔王は暗殺。そのまま人間に滅ぼされてしまったらしい。
ローレンスは、共存を望んだ彼らの想いを踏みにじるわけにはいかないと、滅ぼされた跡地に盗人が立ち寄らぬよう、ここら一帯を森に変えたというのだ。
それから時は流れ、現在では様々な生物や植物があり、花々に囲まれた美しい景観や古代の遺跡として、残されているらしい。
話を聞くだけでも、かなり綺麗な場所。俺もいつか、そんな遺跡に行ってみたいと思うなんて、この状況で少し楽観的になり過ぎてる気もする。
それから、鬱蒼とした木々が生い茂るクムスの森を、まっすぐ南に下って行くと、竜の潜む山脈【ドラグマ・ルイン山脈】へと繋がる。
ここら辺は、屋敷にある本を読んで得た知識だが、森から出た事が無いため、実際のところはよく分からないらしい。
この世界は本当に、不思議だなあと、ようやく実感が湧いて来た。
だって、今の今まで、わけも分からないまま殺されかけてただけだからね?
そんな話をしている時、空を見上げたマルは思い出したように大きく口を開いた。
「あ!そうだ!お屋敷に案内するよ!ローレンスが会いたがっているんだ!」
「会いたがってる…?俺が来てるのを、知ってるのか?」
ローレンスは、このクムスの森の守護者。ここに到着した時点で、俺の存在には気付いてて、生きた人間に会わせるというサプライズをするために、わざと何も言わずにクムスの浜辺に行かせたそうだ。
森の中では離れていても、ローレンスと常に会話が出来るから、道に迷わなくて済むって言うけど、怖いと思うのは俺だけだろうか?
メンヘラ彼女がGPSを入れるみたいな感覚で、心配だからというのを楯にして、実際は何処で何をしているか把握しておきたいとか?など、この世界で一番どうでもいい事を考えてしまう。
白い砂浜に打ち上げられていた岩の上に座っていた俺達は、一通りの会話を楽しんだところで、屋敷に行く事になった。
俺は、空を飛ぶマルの後ろに付いてクムスの森の中を進んで行った。
森の中は風が日傘の役割をしている木の葉と、隙間から差し込む木漏れ日が暖かく、小鳥がチュンチュンと鳴いて癒される雰囲気だった。
小さなリスに似た魔物や、小鳥のような魔物。いずれも人懐っこく、構ってくれと言わんばかりに屋敷へと向かう俺達の周りを楽しそうにくるくると走り回っていた。
そんな姿を見て微笑む事が出来ている俺は、ひとときの苦しみから解き放たれていた。
その道中、大きな魔物が木々の隙間からこちらを狙うように隠れているが、唸り声を上げるだけで一切出て来ようとはしない。そもそもこちらに見向きもせず、草を頬張っているだけの魔物もいた。
唸ってる奴が気になるけど、確かに好戦的では無さそうだ。
グルグルと同じ場所を歩いていると錯覚してしまう程、同じような景色が続く入り組んだ森の中を、マルは迷う事無く、右左とくねくねと進んで行く。
道に迷わないように必死になってマルに着いて行くが、入り組んだ道のせいで俺の乱れた呼吸は、更に乱れて行く。
疲れが限界を迎えた頃、俺の正面に何かの文字が描かれているであろう立札が現れてきた。こちらの言語だろうか?なんと書いてあるのかは読めない。
その看板の先に花のゲートがあり、名も知らぬ花畑に囲まれたレンガ造りの赤い屋根の屋敷があった。
「おつかれさまでーす!到着でーす!」
笑いながら屋敷を指差すマル。ここが、俺達の目指していた屋敷らしい。
ヘラヘラしやがって……めちゃくちゃ歩いたぞ……!!!お前も歩け……!!飛ぶな!!!とは流石に言えない。
美しい景観の広がる屋敷に、やっとの思いで辿り着くことが出来た。だが、やはり森というのは少し歩くだけでも酷く疲れてしまう。何も持たずに、森の中に入るべきでは無いと心底思った。
花のゲートを潜った先の真正面には、四階層のタウンハウスのような佇まいの屋敷が建っており、その周りに咲く色とりどりの花に見惚れていた俺は、『屋敷に行く』という目標も、忘れてしまっていた。
紫色、桃色、黄色、赤色、白色……
これは……何の花だ……?花は……知らねえな……知らないけど、綺麗だな……
ふと、屋敷の方に目をやった。
すると、屋敷の窓からチラチラと人影が見えた。恐らくこの屋敷の使用人だろう、忙しなく動き回る人影の後方に付いて回る小さな人影も見える。
ここには、マルみたいに凄い魔法が使える妖精もいるのか?便利そうだなぁ。なんて、呑気な事を考えてしまう。
すると、マルは屋敷を見上げたまま立ち尽くす俺の服を引っ張り、いい加減にしろと言わんばかりに促して来る。
そろそろ行かないと。知らない人が屋敷の周りをうろついているのも怖いだろうし。
「さぁ!ゆーき!はいって!はいって!」
そう言うと、彼女は装飾の無い木製の二枚扉をノックした。それと同時に鐘の音が鳴り響き、ただ立っているだけで扉が開かれた。
その先で、男女様々な使用人達の声が聞こえてくる。
「マルさん!お帰りなさい!ローレンス様なら食堂にいらっしゃいますよ!」
「あーい!行きますよゆーきさーん!」
「あぁ……はい。」
大きく返事をしながらヒラヒラと屋敷の中に入っていくマルに、長いうさぎの耳をした使用人は要件を伝えた。
何その超連携。メンヘラGPSってこの人達にも、備わってんのかな?そういえば俺も彼女が居た時に、GPSアプリが入ってた事あったな。使い方が分からねえから、そのままにしてたけど。
マルを見送った使用人達は俺の姿を見て、再度大きな挨拶をした後、お辞儀をしてそそくさと奥の部屋に消えて行った。
きっと、俺の相手も出来ないくらい忙しいんだろう。あれだけ慌ただしくしていたんだ、それは仕方が無い話だと少し寂しい気持ちになった。
ニコニコと笑顔で俺の服を引っ張るマルも、使用人の連携には慣れたもので、特に気にも止めず挨拶を返していた。
もちろんそんな彼女とは違い、俺は緊張しながら靴を脱いで中に入った。脱いだ靴は別の使用人がその場で受け取り、扉が取り付けられた靴棚の中にしまいこまれた。
「なんだか緊張するな。初めてだから……」
「緊張しない緊張しない!ほらっ!行くよー!」
赤いカーペットの敷かれた長い廊下を歩き、ツタで吊るされただけの危険そうなエレベーターに恐る恐る足を踏み入れる。
特に何も操作はしていないが、格子状の扉はガチャと閉まり、音を立ててエレベーターは地下へと進み始めた。
下へと降りて行くエレベーターに壁などは無く、下から上にズレていく景色に恐怖を感じてしまう。
間違えて外側に手をつこうものなら、手の皮全部めくれあがるぞと言った想像をしてしまい鳥肌が立ってくる。
地下へと向かうエレベーターの天井には、アーモンドのような形の赤い謎の木の実がぶら下がっていた。
一体これは何だ?とその木の実を見つめていると、それに気付いたマルに促され、赤い木の実を一つだけ口に運んだ。
うんまぁい。もっと食べたぁい。
マル曰く、これは非常食の一つで、万が一エレベーターが動かなくなっても食糧に困らないようにと、用心深いマルが仕込んでおいた木の実だそうだ。
意外にもそれが好評だったようで、ここを使う使用人達はおやつ感覚で食べたりするらしい。
ちなみに、桃の味わいでカリカリと噛みごたえのある食感になっている。
適当な雑談をしながらもエレベーターは地下に止まり、扉が開くと俺達はまた赤いカーペットの上を歩き出した。
厳密に言うとマルは飛んでいるが、些細な事なのでそれは気にするな。
マルに連れられて食堂に向かう間にも、慌ただしく歩いている使用人達に挨拶をされる。その中に、俺と同じ『人間』とはまだ出会っていない。
これだけの数の人に会う俺は、一体何人この屋敷に住んでいるか気になり彼女に尋ねた。
現在、この屋敷に住む人々は全部で四十四名で、そのうち四十名が召使いなのだそうだ。
何処にいても、ひっきりなしに人が現れるものだから、人と会わないのも寂しいが、人が多すぎるのも嫌な俺にとっては複雑な気持ちだった。
エレベーターを背にして右に歩き、小鳥の絵画が掛けられた突き当たりを左に向かう。その先にある、正面の扉の向こう側が食堂となっているようだ。
食堂から漏れて来る、久しく食べていないステーキの香りが、何も食べていない空腹のお腹を刺激し、食欲をそそった。
まだ、アスレアに来て『二日』と経たないが、紆余曲折あった俺にとっては、その二日が人生の中でも一番と言えるほど長く感じた。
肉の焼ける香りを漂わせる食堂への扉を開けると、そこには肉や魚、野菜や果物など、豊富な御馳走がテーブルいっぱいに並べられていた。
食べたい。
そのご馳走を前に思わず、涎が垂れてしまうほどに美味しそうだ。
食べたい。
絶対に食べ切れないであろう量の御馳走が乗ったテーブルを挟んで、正面には白い髭を生やしたお爺さんが座っていた。
厳かな雰囲気の彼は優しくも……いや、誰がどう見てもただのヨボヨボ爺さんや!!!
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