第13話
「……俺の自己管理が甘かった。それだけ、ですよ」
らしくもなく、気遣わしげに見てくるものだから。その視線に耐えられなくて、避けるように目を伏せた。
……というか、そもそも。
(なんで、こんなにも優しく接してくれてるんだろう…?)
先生には俺の気持ち、バレてしまったわけで。
同じ男から向けられるこの気持ちが、すごくすごく、嫌なはずなのに。
俺とはもう、顔すら合わせたくないはずなのに。
こうして、寝込んでしまってる俺を、気遣ってくれる。
――いや、俺が弱ってるからこそ、教師として優しくせざるを得ないのかもしれない。
だとしたら。
「……そう。俺が勝手に、先生のこと、好きになっただけ。だから、先生は、悪くない」
俺はちゃんと、ケリをつけないといけない。
自分のためにも。
……先生のためにも。
「……は?急に何を――」
「ただ、その好きが……自分で思ってたより、ダメになってしまうくらい、好きになってて……それだけ、なんです」
「……月島?」
もう、いいんだ。
治ったらもう二度と、先生には、関わらないから。
だから。
「……すみません。気持ち悪いですよね、俺。……でも。それくらい、好きで好きで……どうしようも、ないんです」
ちゃんと、言うんだ。
今度こそ、自分の意思で。
アイツとは、関係ない。
今、この時に。
「……気付いたら、つい、先生の姿、探すようになってしまって。この5年間、ずっと傍で見てきたから。先生が嫌がることも、安心してくれる距離も、分かってた、つもりです」
目の奥が、熱い。だけど、もう。
初めて会った時のように、先生の前で泣くのは、だめだ。
あの時と違って、そんなの。
先生に甘えていたいだけの、ただの卑怯者になってしまうから。
シーツを強く掴み、零れそうになる雫を必死にこらえていく。
「……自分でも、なんで好きになっちゃったんだろうな、って。思うこともあるし。でも……やっぱり、好きなんですよね」
泣くな、泣くな。
迷惑、いっぱいかけてしまったんだ。
だから、これ以上は。
「……ごめんなさい。好きになって、ごめんなさい。でも、もう、大丈夫ですから。治療、ありがとうございました。だから、もう……」
もう、無理しなくていいですよって。
そう、言おうとしたのに。
「……ホント。馬鹿だよ、お前は」
そう、先生が掠れた声で、絞り出したように、言った後。
温かくて、大きなナニかが、俺の身体を包み込んできた。
その持ち主が誰のものか、一瞬理解出来なくて。
その先の言葉を思わず飲み込んでしまった。
「先……生?」
しばらく呆けてた俺がやっとの思いで呼びかければ、なんだ、と先生がそっけなく聞き返しながら、優しく背中をぽんぽん、とあやすように叩かれる。
どうやら夢でないらしい。
「なん、で……」
この人の行動の意味がわからず、俺は戸惑う。
けれど、そんな俺の様子を気にも止めず、先生は別に、とだけ言って。そのまま宥めるように背中を撫でられていく。
「俺が甘やかしたいと思ったから、甘やかしているだけだ。そんなに、変か?」
「……意味がわからない、です……」
わからない。
だって、先生は俺のこと、嫌いになったんじゃないのか…?
「……あの日」
「え?」
唐突に発せられた言葉に、俺は間抜けな声をあげる。けれどその事に気にした様子もなく、先生はただ、強く抱き締めてきた。
「……あの日、1週間前。お前にしつこく、聞いたのは。横道の言われたことが本当か、確かめたかったからだ」
唐突に出てきた元凶の名前に、俺はピクリと体を震わせる。その様子に気付いたのか、先生は落ち着かせるように俺の背中を優しく撫でてくれながら、先を続ける。
「……今から2週間ぐらい前、だったか。たまたま教室棟の方へ用事が会った時、あの宇宙人と鉢合わせちまってな。面倒だからとっととずらかろうとしたが、しつこいぐらいに話しかけられたんだが。
その時、言われたんだ。お前が、俺のこと好きなんだと知ってる、ってな」
「……っ!」
思わず腕から振り払おうともがくが、大怪我したばかりの体では思うように振り払えず。先生も、俺の反応など予想していたのか、先程よりも強く、しっかりと抱きしめたままそのまま続ける。
「まあ、そのことに驚かない訳じゃねぇけど。
……かもな、とも思った」
「ぇ……?」
抵抗することをやめて、思わず視線を上げれば。困ったように眉を下げた先生の顔と、目が合った。
「……言われて、思い出してしまえば。お前がたまにこっちを見るときの妙に強い視線も、俺が告白を台無しにする度に、なんとも言えない顔をしていたことは、知っていた。……それをただ、見ないふりをしていただけだと、気付いた」
まあ、それでも信じてたわけではないけどな、と髪の毛をわしゃわしゃ掻きむしった。
「……お前は、自覚はしていないだろうが、優秀だ。まあ、最近生意気なところあるし、ついでに小言もチクチクうるさい。そうやって、俺が何かする度に、プリプリ怒ったりして、からかい甲斐があるところは悪くないんだがな。あとは、そうだな……バカみたいにお人好しがすぎるところがあるのは、時と場合によっては考えものだな?」
……俺は今、優しい声でひどいことを言われているワケなのだが。ここに来てお説教でもされてるのだろうか?あと最後の部分については、そのまま熨斗つけてお返ししたいところですね。
「基本的には素直だし、頭の回転が早いからか臨機応変な動きもできて、助手としても便利。備品の管理と若いながらしっかりしてくれるしな。
それから、俺より生徒へのフォローがうまいからとても助かってる。泣きわめく生徒を宥めるなんざ、俺は苦手だし」
いつの間にか、俺への悪口が、褒め言葉に変わっていて。それが少し、むず痒くなってきた。
「……それは。評価しすぎ、じゃないですか?」
そこまで、自分のことを見て貰えてるとは思わなかった。
そもそも、最初のこの人との出会いも、先生にしてみればよくあることだっただろう。
その後も、無理やり先生の腕に惚れこんで助手に志願したけど、渋々といった様子で承認してくれたし。
生徒の相手と言っても、普段は先生が対応してるし。そりゃあ、たまに俺が代わりに話しかけることもあるけど。大抵は先生の尻拭いしてるだけだし。
「そうか?俺から見た普段のお前の感想そのままを言っただけだが」
そう言って、俺を誉め殺しにされても。
どう反応すればいいか、わからない。
「……だから、だろうな。俺は。そんなお前に、無意識に甘えちまったんだ」
ふと目線を下げて、懺悔するかのように、一瞬だけ、固く目を閉じられた。
「……あの宇宙人の言葉が、嘘であれ本当であれ。お前なら、うまくいなしてみせるだろうと。俺の戯れに怒ろうが、呆れようが。どちらにしろ、いい着地点を見つけて、『なんでもない』ことにしてしまうだろう……と」
お前の気持ちを、無意識に蔑ろにしてしまった。
好きな相手である俺自身が追い詰めることで、どれだけお前を傷つけてしまったか。
挙句、フォローもせず中途半端なまま、1週間も放置してしまった。
俺の監督責任不行き届きだ。
……本当に、すまなかった。
そう、頭を下げられてしまった。
「……」
今更、横道に対しての苛立ちが募る。
……本当に、余計なことをしてくれたと思う。
彼が言わなければ、先生も見て見ぬ振りをし続けてくれたのだろう。
俺が卒業するまでの、もう長くもない、限られた時間ぐらいまでは。
「……なら、なおさら。なんで、優しくするんですか?」
「あ?」
俺の問いに、先生は訝しげにする。
「俺の気持ち、分かってますよね?だから、…優しくされると、勘違いしたくなる、というか…」
俺だって男だ。だからこう、いくら怪我人であると言っても、ここまで親切にして貰って、挙句抱きしめられたなら。もしかしたら、まだ期待してもいいんじゃないかって。
「意味が分からん。お前、もうちょっと簡潔に喋れ」
「……先生。それ、わざとじゃないですよね?」
……当の本人は、そんな俺の複雑な気持ちをわかっていなさそうな上に、態度がまるで変わらないから、多分そういうつもりではないんだろうけど。
どう捉えればよいか分からない振る舞いをする先生に、俺は頭を抱えたくなった。
今もまだ抱きしめられたままなので、両腕は動かすことが出来ないのだけど。
「さっきも言っただろう。甘やかすのは、俺の勝手だって」
「……だからそれがわからないんですって!俺は貴方が大嫌いな、ホモ野郎だっていうのに!!」
あまりにも平然としている先生に苛つき、勢い余って大声を出してしまう。
息を荒げる俺に、先生から強く視線を感じて。何となく居心地が悪いような気分だ。
「……月島。お前さぁ」
急に名前を呼ばれ、体がビクリと震える。
が、次の一言で、思わず脱力した。
「そんな大声出すと、今度は貧血で倒れるぞ?今日やっと会話出来るほど回復したばっかだってのに」
「……先生、それ、本気で言ってます?」
わざと言ってるのか、それとも天然なのか。
……いい加減逆ギレしてもいいよね?俺。
「まあ、冗談はさておき」
抱きしめていた腕の力はこめたまま、子供をあやすように俺の背中をぽん、ぽんと優しく叩く。
……絶対本気だろ、今の発言。じゃなきゃ、こんな風に子供扱いしたりしないだろうし。
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