第3話 大学生の元カレ

 星崎さんは、学校の近所の大学に通ってる。そして、つい二週間前までわたしの彼氏だった人だ。

 その日の放課後、藍理に「用事があるからひとりで帰るね」と告げた。藍理は心配そうにわたしを見たけど、「そっか」と短く言っただけだった。

 星崎さんとよく行ったハワイアンカフェは、北千住駅から徒歩15分くらいのところにある。わたしの高校からだともっと近くて10分くらい歩くと着く。


 元カレの星崎さんとの待ち合わせに使っていたお気に入りの店だったよね。

 御朱印帳の入った手提げ袋の持ち手を、何かのお守りのようにキュッと握りしめてしまうよ。店内に入るとちょうどよく空いてた。

 星崎さんはもう来てた。少しくたびれたような笑い方をするのを、付き合ってた頃は好ましく感じたものだったけれど。


 わたしがテーブルに座ると。メニュー表を見るのだってまだなのに、

「バイト代入ったからさ。返すよ。二万円!」

 星崎さんは感情の抜け落ちた声で言うと、テーブルの上に四つ折りにされた「一万円札2枚」をバン、と叩きつけるように置いた。

 眉間に縦のシワが寄っていて、とてもこわいよ。


 怒鳴られないように、メニュー表に必死に目を落としたけれど。

「じゃあ俺さ。もう帰るから。とりあえず、金の催促されるのやだから渡しただけ! 今後は、金輪際、連絡してくんなよ!」


 口調がかなり強めだった。だからかな。

 

 隣の席の、品のいい老婦人二人が、ギョッとしたように星崎さんを見てたよね。

 星崎さんの外見は、タイプだったよ。理系の大学に通ってる彼は、真面目で知的そうな「昔ながらの大学生」って感じだったから。


 付き合ってから、お金の催促を「五千円ずつ」されるようになった。何に使ってたのかは知らないけれど。

 

 わたしの大切な「二万円」を急いで財布に入れたよ。

 何か頼まなきゃ。

 店員さんに「キャラメルマキアートください」と頼んだとたん、目の奥から涙がはじけた。えー。もう。止まらないよ。

 紙ナプキンでゴシゴシ涙をこすってると、


「お嬢さん。こちらのティッシュをお使いなさいよ」


 と、老婦人のひとりが、アニメのうさちゃん柄のティッシュをそっと差し出してくれた。


「ぁ、ありがとうござぃます」


 蚊の鳴くような声でお礼を言った。

 老婦人たちは暇だったのかな。

 キャラメルマキアートを飲みながら、少しだけ、世間話というやつをした。


「お金をとる男なんてサイテーよね」


「縁が切れて良かったと、思うものよ。今は辛くてもねぇ」


 老婦人たちは30分ほどしたら、「おうちのことがあるからおいとまするわね」と言って店を出ていってしまった。


 ポツリと残されたわたしは、手提げ袋の中から御朱印帳を取り出して、表面をそっと撫でていた。


 すごく落ち着いたよ。そうやってると。

 

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