第6話
マーケット内の小さなカフェ。氷の入ったレモングラスティーが、グラスの縁を濡らしている。
互いに言葉を探すように、何度も目を合わせては逸らしてを繰り返した。再会の喜びで満たされた心の隅には、切なさの欠片が残っていた。
「どうして何も言ってくれなかったんですか?」
紗奈は静かに問いかけた。
店主と客、ただそれだけの関係でしかない自分には、知る権利がなかっただけなのかもしれない。
「正直、迷ってたんだ。君の顔を見ると決心が揺らぐと思ったから、黙って日本を離れた」
思いも寄らない言葉が返ってきた。
琉生の目は、テーブルの上の水滴をじっと見つめていた。
「あなたが決めたことに、私が反対すると思ったんですか?」
「いや、そうじゃない。ただ僕が……もしも、ほんの少しでも君が寂しがってくれでもしたら、僕が君を放っていけなくなると思ったんだ」
その言葉は、店主と客以上の感情が含まれているように聞こえた。
「きっと私、ショック受けて大泣きしちゃって、あなたを困らせたと思います。でも、それと同じぐらい、話してもらえなかったことがショックでした」
半年間、胸に抱えてきた切ない想いを口にする。
「君に行き先を伝えなかったこと、ものすごく後悔したよ。せめて行き先だけでも伝えてたら、もしかしたら会いに来てくれたかも、なんてちょっと考えたりもしたんだ。自惚れもいいとこだけど」
紗奈は黙ったままグラスに視線を落とした。
「連絡先もわからないし、どこに住んでるかもわからない。たとえ日本に戻ったって、君に会える保証なんてどこにもないから……もう忘れるしかないと思ってたんだ。それなのに、またこうして会えた」
再び顔を上げ、視線を真っ直ぐ琉生に向けた。
「偶然だとしたら、運命としか思えない……なんてね」
琉生が冗談めかして笑った。
「笑わないでください!」
紗奈の声に驚いたように、琉生が目を見開いた。
「――ふざけないでください!」
溢れた涙が頬を伝う。
「何も聞かされないまま、突然あなたがいなくなって、どれだけショックで、辛くて寂しかったかわかりますか? 毎日部屋にバニラのお香を焚きしめて、あなたの店で買った雑貨に囲まれながら、ずっとあなたとの思い出にしがみついて過ごしてきたんです」
半ば告白のような言葉だった。唇が震えていた。けれど、もう隠せなかった。
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