まつりと神楽、一緒にお買い物にいく-3

 ギターのあとは楽譜のコーナーを少し覗いて、2人は楽器店を後にする。まつりは神楽に訊く。


「ここ確か、食料品が売ってるスーパーが入ってたよね」


「うん。でも、スーパーでは絶対に何か買って帰ると思うから、最後にしようよ」


「そうだね」


 食料品売り場をスルーして、無印良品や靴屋さん、大型玩具店のあるエリアに足を踏み入れる。


「神楽くんは玩具見たい?」


「僕はもう玩具が欲しいって歳じゃないよ」


「そうだね。ゲームだってダウンロードだし、お店で見ないよね」


「確かにゲームも付き合い程度にはするけど、そうじゃない」


 まつりに子どもだと思われたくなくて、神楽は背伸びをするような発言をする。もしかしてこれこそ逆に子どもっぽいと思われてしまう発言かもと後から気付き、どう話を変えようか考えるが、思い浮かばない。なので少し気になっていたものを見てみようと思う。


「そうだ。僕、欲しいものあったや。靴」


「なんだ。それならそうと早く言ってよ」


 まつりは待ちわびていたような表情を浮かべ、神楽は少し申し訳なく思う。 


 神楽は靴屋に行き、スポーツシューズのコーナーを見る。


「わお。スニーカーが欲しいんだ。男の子ぉ」


「違うよ。ランニングシューズが欲しいんだ」


「そっか。走っているんだっけ」


 まつりには朝、走っていることをちゃんと説明している。


「神楽くんは育ち盛りだからね。脚が壊れたら元も子もない。きちんとしたランニングシューズを買おうよ」


 まつりは真面目な顔をして店員に声を掛けた。買う気が全くなかったのに、まつりが大いに乗り気になってしまい、神楽は困ってしまう。しかも店員も張り切ってセールスしているので、店から逃げ出しにくくなってしまった。


 結局まつりは、キッズシューズで有名なブランドのランニングシューズを買ってしまった。確かに気になっていたモデルなので嬉しいが、お金は大切にしようねと話し合ったばかりなので、少し罪悪感を覚える。


 靴屋を出て食料品売り場に向かう途中、まつりはすっかり大人しくなった神楽の顔をのぞき込んで聞いた。


「どうしたの? 必要なモノを買ったのに嬉しくないの?」


 まつりに不審がられてしまい、彼女を心配させたくないので、神楽は正直に答える。


「だって節約しようって言ってたばかりなのに……」


「そんなことか。お金はね、使えるところには使うべきだよ。無駄遣いをしなければいいの。これであのシューズはどうだろう、このシューズはどうだろうって、必要もないのにとっかえひっかえしたら無駄遣いだけどね」


 まつりに説明されて、神楽は少し気が楽になる。


「おっ! 津守じゃん? お前も買い物か?」


「一緒にいるの誰?」


 正面からクラスメイトの白旗しらはた草薙くさなぎが歩いてきた。放課後一緒にゲームしたりカードゲームをしたりする仲間だ。白旗は背が高く、スポーツができる男。草薙は見たところ穏やかな感じで、なかなかのイケメンだ。


「誰々? 紹介して?」


 2人と出くわしてまつりは嬉しそうだ。メイクをがんばっていたのはこういう事態を想定していたのかなあ、と神楽は想像する。


「クラスメイトの白旗と草薙。基本ゲーム仲間」


「わお。そうか。私、二宮まつり。神楽くんをよろしくね!」


 まつりは高いテンションで2人に言った。白旗と草薙は目を丸くする。


「二宮さん、津守のなんなん?」


「美人だよね!? 驚いたよ」


「ふふふふふ。私、神楽くんの彼女~~」


 そしてまつりは繋いでいる手を2人に見せつけた。まつりの口から神楽が想像すらできなかった言葉が飛び出し、激しく動揺しつつ、2人に弁解する。


「ち、違うよ。叔母さんなんだ。これから一緒に住んでくれるんだ」


「なーんだ。そんなことだろうと思った」


「でもこんな美人と一緒に暮らすなんてうらやまし」


「美人だなんて今まで言われたこと1度もないわ」


 まつりはえっへんと自慢げに胸を張り、神楽を見る。なので神楽も言ってみる。


「じゃあもう一つおまけに美人」


「心がこもってない」


 まつりは唇をへの字にした。


 じゃあまた明日学校で、と言って2人とは別れ、食料品売り場に向かった。


「ごめんなさい」


 神楽は2人の姿が消えてすぐ、まつりに謝った。


「どうしたの急に……」


 まつりは戸惑った様子だったので、神楽は説明する。


「まつりちゃんを叔母さんだって言っちゃった。まつりちゃんはまつりちゃんだって言ったばかりなのに……」


 叔母とは思いたくない自分がいるのに、白旗と草薙の前では照れてしまって、叔母と言ってしまった。ダブルスタンダードだと反省する。


「どっちでもいいよ。大切なのは神楽くんの気持ちが楽になるかどうかだもの」


 まつりは優しい言葉を口にする。だから神楽は、叔母であることが話題になった今、言っておこうと思う。


「まつりちゃんは僕を1人にしないでくれた。血が繋がったまつりちゃんが側にいてくれたから、これからどうやって生きていけばいいのか考えなくて済んだ。まつりちゃん、ありがとう」


 祖父母と両親が死んだという報を受けて、現実感のない不安に溺れそうになった時、まつりが側にいてくれたから、神楽は悲しみの渦に巻き込まれずに済んだ。悲しみは穏やかに訪れ、今も自分と共にいるが、刃となって神楽を襲うことはない。それはみな、まつりが側にいてくれるからこそだと神楽は分かっている。しかしそれでももう2度と、まつりと血が繋がっているとは言いたくない。まつりは叔母である以上に、神楽の初恋の人だから。それは決して叶わない初恋だ。


 まつりは微笑んで神楽の思いに応えた。


「2人でうまくやっていこうよ、神楽くん」


 しかし神楽にはその微笑みの中に少し寂しげな何かが見えた気がした。


 すぐに食料品売り場に着く。そこでわかったことは、2人とも特に食べ物の好き嫌いがないということだった。


 お野菜はなんでも大丈夫。もうトウモロコシが出ていたのでさっそくカゴに入れる。パクチーがあったので話題にする。パクチーは食べられるけど、買ってまでは食べないというところで意見が一致した。


 肉は豚肉が好きだが、鶏も牛もぜんぜん大丈夫。今日の所は豚こまを入れる。


 お魚も食べられるけど、高いからあんまり食卓に上らないよね、と2人で値段を確認して悩む。けど、メザシを買ってみる。


 冷凍食品はあまり買わない。けれどやっぱり便利なものは便利に使おうと話し合う。ミックスベジタブルや冷凍ポテト。そして餃子は作るより冷凍食品の餃子の方が絶対美味しい、とまた意見が一致する。保冷バッグを持ってきていないので冷凍食品は近くのスーパーで買うことにして、セルフレジに並んだ。


 2人はいろいろエコバックに詰めて両手で持って、ショッピングモールを出て、自転車置き場に戻る。そして買ったものを自転車のカゴに収めた終わった後、まつりが言った。


「ここに来るときは思いもしなかったけど、神楽くんのお友だちに会えてよかった」


「そうなの?」


 神楽はそうまつりが言う理由が分からない。


「うん。私も神楽くんに会わせたい友達がいるから。今度連れてきてもいいかな」


「もちろんだよ。だってもう僕の家はまつりちゃんの家でもあるんだもの。まつりちゃんが友だちを連れてきて何が悪いの?」


「ふふ。そうか。ありがと」


「変なの」


「いやだって、たぶん私、神楽くんのお料理当番の日に連れてくるからさ」


「そういうこと!?」


 どうやら神楽がまつりの友だちを歓待しなければならないらしい。


 まつりは悪戯っぽい笑顔をして自転車にまたがる。自分が先行しないと道に迷うかもしれないと神楽も慌てて自転車にまたがり、ペダルを踏み込む。


「お昼、何作ってくれるの?」


 後ろを走るまつりが神楽に聞き、神楽はすぐに答える。


「カレーライス」


 すぐに作れるのはそんなものだ。ご飯だって早炊きモードにすればカレーの完成に充分間に合う。


「カレーライス大好き!」


 まつりは弾ける笑顔で答えてくれた。


 まつりちゃんこそ小学生男子みたいだ。 


 自転車を走らせながら、神楽は考える。


 まつりちゃんの友だちはどんな人なのだろう。やっぱりかわいい人なのかな。音楽やる人なのかな。


 神楽はいろいろ想像を膨らませるが、人を喜ばせるような料理を考えるのは大変だということも思い出す。まつりを歓迎するための料理はいろいろ考え、苦労して作った。しかし苦労した甲斐あってまつりに喜んで貰えたし、その過程も含めてとても楽しかった。


 だから次の苦労もきっと、楽しい苦労に違いない。がんばろう。


 そう思える神楽だった。

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