まつりと神楽、一緒にお買い物にいく-2
神楽は後ろをついてくるまつりの自転車を振り返り、一緒に自転車に乗る日が来るなんてとちょっと嬉しくなった。
神楽のマンションからショッピングモールまでは3キロほども離れているので自転車で行くのが便利だ。10分もペダルを漕げば到着。日曜日の朝一番だが、もう大勢の人が来ている。
「何から見る?」
自転車を停めてショッピングモールの入り口まで歩く最中、まつりが訊いた。今日もまつりはかわいい。いや。メイクを決めて、黒いワンピースを着こなしたまつりはきれいだと神楽は思う。
「特に欲しいものはないから、歩いていて気になったら立ち止まろうよ」
「じゃあそうしよっか」
ショッピングモールの1階部分は駐車場で、入り口は2階だ。2階に上るエスカレーターに乗り、神楽は後ろを振り返る。きょとんとしてまつりが首を傾げる。はしゃいでいる自分を真正面から見られて少し恥ずかしくなる。
朝、裸を見られたことなんて、今、こうやって2人でショッピングに来られたことと比べたらどうということはない小さな出来事だと思える。
ショッピングモールに入ってすぐは量販衣料店や携帯ショップがある。ファッション系・小物系のお店も多いが、まつりはあまり興味を持っているようには見えない。しかし大手量販衣料店を見つけると、神楽に言った。
「神楽くんは服は欲しくないの?」
「うーん、あるもので別に」
「そっか。でも神楽くんがどんな服が好きか知りたいからいってみよう」
まつりは神楽の手を取り、大手量販衣料店に足を踏み入れた。
神楽とまつりが手を繋ぐのは久しぶりだ。小さい頃、まつりが遊びに来てみんなでお出かけするときなど、よく繋いだ。しかし2人で暮らし始めた今、神楽は違う意味にとりたくて、彼女の手のひらから伝わってくる体温と、柔らかな感触を、文字通り手放したくなくて、ぎゅっと力を込めて握り返した。
まつりはレディースコーナーを余所に、KIDsコーナ-につかつかと歩いて行く。彼女は今、本当に自分の好みを知りたいんだと分かって、神楽は照れくさくなる。
衣服の棚の脇にハンガーにかけられたコーディネートが幾つか展示されている。割とマンガとのコラボや横文字系の何かが描かれた服が多い。
「こういうのはお気に召さない?」
どうやらまつりに自分の表情を読まれたらしい。
「うん。お母さんが買ってきたものを着てたけど、僕は絵とか文字とか入っている服はあんまり好きじゃない」
「そうなんだ」
「スポーツ系のは別ね」
「そういえば昨日、サッカーのユニフォームっぽいの着てたね」
神楽は頷いた。
「あと、もったいないからあるものはちゃんと着るよ。じゃあ次はまつりちゃんの好みを教えてよ」
「私? そうねえ……」
まつりはレディースコーナーの方に戻っていく。レディースコーナーにはマネキンがあって、やはりコーディネートされたものを着ている。
「フィットしたパンツに、スカート系を合わせたり、上着も丈が長いのが好きね。ひらひらしてるのがいい。暖色系よりは寒色系。寒色系の中でもやっぱり暗い色が好き」
「今日も黒だもんね。ワンピース、大人っぽい」
「これこれ、大人をからかうもんじゃありません」
そう言いつつまつりは照れる。
「自分でも大人っぽさを意識して買ったロングワンピースだったから、神楽くんにそう言ってもらえて嬉しいよ」
「まつりちゃんはかわいくて大人! でもわかった! 好きな服のタイプ」
「大雑把だけどね。今度はどこに行こうか?」
「雑貨屋さん?」
「あまりアクセサリーには興味ないよ」
「そうなんだ。じゃあ、コスメ屋さん?」
「そうだね。それは大学に行くのにとても必要だから。必要だからやっているけど特に好きってわけじゃないよ」
「そーなんだ」
そう話しながら量販衣料店を出て、ショッピングモールの中央の方に歩いていく。雑貨屋や時計屋、革小物のお店など色々並んでいる。
「でもね、神楽くんがきれいだって言ってくれるなら、お化粧だってがんばっちゃうよ。だってきれいな叔母さんの方がいいでしょ?」
「まつりちゃんはオバさんじゃないよ!」
「叔母よ、叔母」
まつりは強調して言う。
「そんなの分かってるって。でも叔母さんだとも僕は思ってないよ。まつりちゃんはまつりちゃんだもの」
「よくわかんない」
「わかんなくてもいい」
自身が自分の初恋の人だということに、まつりはこれっぽっちも気付こうとしない。だから神楽は正直イラッとすることもあるが、自分で言葉にするのは難しいと思う。口にしたら最後、まつりと一緒に暮らせなくなる気がする。
食料品売り場に行く前に3階のフロアに行く。エスカレーターで上ると、まず本屋さんと映画館がある。そして少し中央寄りまで歩くと楽器店を見つけて、まつりは目を輝かせた。
「ちょっと寄っていい?」
「もちろん。だってまつりちゃんを知るために来たんだもの。寄りたいところに寄ってくれないとまつりちゃんの『好き』が見られないよ」
神楽はまつりをみあげて大真面目に答えた。
「そ……そっか……面と向かって言われると照れるね」
まつりは照れ笑いした。
店頭に流行のウクレレや定番のキーボードが陳列され、通路すぐの壁にギターがいっぱい掛けられていた。ざっと数えただけでも50本以上ある。常時こんなに展示しているのだから、ギターは人気の楽器なのだ。そういえばまつりは昨日もギターを木更津の家から担いで来ていた。
まつりは目を輝かせて、上の方にかかっているギターばかりを見ている。それもそのはず、高い方がお客さんの手に触れないので高価なギターがかかっているからだ。特価!! とPOPが貼られていても28万円。ケタを数え直したが間違いない。
「すごい。ギターって高いんだね。まつりちゃんが使っているギターも高いの?」
「私のは安物よ。でも、いつかこんなギターを弾いてみたいな」
目を輝かせているまつりは、神楽があまり見たことがない顔をしていた。
まつりが好きなものをまた1つ知り、神楽はくすぐったいような不思議な喜びを覚えた。まだ彼女とは手を繋いだままだ。手を繋いだときはその意味を考えたし、自分の願いも意識したが、今はもうただ、まつりと繋がっていられればそれでいいと思う。
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