第2話

第二章


西暦814年、平安京。桜の花びらがはらはらと舞い落ちる中、光はタイムゲートから現れた。背中には、現代の最先端を行く洗浄機材一式がぎっしりと詰まっている。


「よし、『洗い屋光どの』開業だ!」


意気揚々と呟き、光は平安の都へと足を踏み出した。


宮中の女房部屋では、汗だくの小式部が十二単に身を包みながら、扇子で必死に風を送っていた。


「ああ、この暑さでは命が縮む思いじゃ……」


その時、控えめなノック音が響いた。


「洗い屋光にございます!」


凛とした声に、小式部は訝しげに戸を開ける。そこに立っていたのは、どこか現代的な雰囲気を纏った若者、光だった。


「この”香り”! これは……蘭!? いったいどちらの若君でござる!?」


小式部は、光が放つ清潔感あふれる香りに驚きを隠せない。


「拙者、摂津の国より来たりし……洗い屋・光にございます。そちらのお着物の汚れ、お任せくだされ」


光は慣れた口調で自己紹介すると、背負っていたポータブル洗浄機を取り出した。


「しかも香り付きリンス仕上げ! 裏地は抗菌! シミ抜きは無料キャンペーン中でございます!」


光の言葉に、小式部の目が輝いた。これまで経験したことのない、夢のようなサービスだった。

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それからの数日、宮中では「洗い屋光どの」の噂で持ちきりだった。光は次々と十二単を洗い上げ、その仕上がりの良さと現代的な香りは、女房たちの間で瞬く間に評判となった。


「まあ、この仕上がり!」と桔梗が感嘆の声を上げ、「これまでの洗い方とは全く違いますわ」と夕霧が冷静に分析し、「光どの様は本当に素晴らしいお方です」と若菜が目を潤ませる。


満足そうな女房たちの笑顔、宮中で交わされる光の店の話題――。光のビジネスは、まさに飛ぶ鳥を落とす勢いで大繁盛していた。


光がタイムコア室で電卓を叩きながら計算している。


「えーっと、現代の業務用洗濯機をタイムトラベルで持参するコストが100万円、洗剤や香料が50万円、現地での場所代が...」


モニターには平安時代の物価換算表が表示されている:

- 米1石(約150kg)= 現代の約15万円

- 絹1反 = 現代の約30万円 

- 女房の月給 = 米2石(約30万円)


「十二単1着のクリーニング代を米1合(約1,000円)で設定すれば、1日20着洗えば2万円!月60万円の売上だ!」


光の目が¥マークになる。


「材料費と設備費で月40万円、差し引き20万円の利益! 古くて暑苦しいもんは、だいたい儲かる!」


光が仮設作業場で汗を拭いながら帳簿を眺めていると、ふと新たなアイデアが閃いた。


「こんなに暑いのに、十二枚も重ねてバカなのか?」


スケッチブックを広げ、迷うことなくペンを走らせる。そこに描かれたのは、常識破りのデザインだった。


「夏限定の『半袖十二単』! しかも機能性ポケット付き!」


平安の常識を覆す大胆な発想に、光の顔には自信満々の笑みが浮かんだ。


-----


翌日、光は新作を携えて再び女房の部屋を訪れた。


「さらに! 移動が不便なお方には、これ!」


光が取り出したのは、見たこともない乗り物――セグウェイだった。


「これは……なんと便利な!」と小式部が驚きの声を上げる中、桔梗は目を輝かせて「これに乗ってみたい!」と身を乗り出した。


光は畳みかける。


「髪のセットが時間の無駄とおっしゃる方には、夜会巻きウィッグ! 暑すぎてやばいという方には、ドライミスト・サービス!」


次々と披露される現代の便利グッズに、女房たちは目を輝かせ、その表情は憧れと興奮に満ちていた。


**1週間後**


光が帳簿を見ながら頭を抱えている。


「えーっと、売上は予想通り1日2万円...でも、なんで利益が出ないんだ?」


帳簿には赤字の数字が並んでいる:


**【光の収支計算書】**

- 売上:1日2万円 × 7日 = 14万円

- 設備維持費:1日5,000円 × 7日 = 3.5万円

- 洗剤・香料代:1日3,000円 × 7日 = 2.1万円

- 場所代(宮中の片隅):1日2,000円 × 7日 = 1.4万円

- 水代(井戸使用料):1日1,000円 × 7日 = 0.7万円

- **想定外の出費:**

  - 小式部への心付け:1万円

  - 桔梗への新作試作代:2万円 

  - 若菜への慰労品:0.5万円

  - セグウェイ修理代:1万円

  - 役人への「お心づけ」:1.5万円


**純利益:0.3万円**


「3,000円!? 1週間働いてコンビニバイト以下かよ!」



光は電卓を放り投げて立ち上がる。


「まあいい! 最初はこんなもんだ! 来週からは絶対に儲けてやる!」


**2週間後**


光がさらに青ざめた顔で帳簿を見ている。


「売上は倍の28万円...でも利益が...」


**【第2週収支】**

- 売上:28万円

- 基本経費:15万円

- **追加の想定外出費:**

  - 夕霧への経営相談料:3万円

  - 新しい香料の輸入:5万円

  - 宮中での「接待費」:4万円

  - 機材故障の修理代:2万円


**純利益:-1万円(赤字)**


「赤字転落!? なんで売上が倍になったのに損するんだ!」


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宮中の庭園では、ミニスカ化された十二単を身につけ、セグウェイを乗りこなす桔梗と若菜が風を切って走っていた。


「なんて自由な!」


桔梗の歓声が、庭園に響き渡る。しかし、その光景を遠くから眉をひそめて見つめる者がいた。朝廷の役人・藤原実頼である。


「あの”洗い屋”、風紀を乱しておる……」


その頃、N-TEC本部では、けたたましいアラートが鳴り響いていた。


「光様がまたやらかしました……平安がミラノコレクション状態に……!」


モニターに映し出された平安時代の風景に、父である宗久の怒声が響き渡る。


「あのバカ息子……帰ったら干すぞ!」

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