第43話
(……何のために?)
その疑問に、ヴェリエはいつも自分に言い聞かせてきた答えを思い出す。
(兄のため、民のため、この国を取り戻すため……王女だから――)
だが、その答えは、どこか曖昧なものだった。
それは、誰かに押し付けられた役割でもあったからだろう。
再び問いが聞こえた。
『――何のために、戦うのだ?』
(……私は)
ヴェリエは、自らの心の奥底と向き合う。
(――私は……兄さんを、助けたい。まずは……今は……そのために、戦いたい。大切な、家族だから。戦うのは怖いが、それでも私は……誰かを守るために、剣を振るいたい。私自身の、意志で。……だから――)
ヴェリエ自身の魂からの叫び。
その純粋な意志とともに、彼女は手を伸ばした。
(力を、貸してほしい……ッ!)
ヴェリエの手がダリウスの剣に触れた瞬間だった。
まばゆい光が、周囲に溢れた。
「……これは――」
ヴェリエは、悩んでいる暇などなかった。
その剣を強く握りしめ、ナイトウォーカーを睨む。
ナイトウォーカーもまた、その魔力の輝きに気づいたようだ。
初めて焦っているかのような雰囲気を見せる。
ナイトウォーカーは周囲の騎士たちを払いのけ、ヴェリエを仕留めんとばかりに突っ込んできた。
それを迎え撃つように、ヴェリエは剣を上段へと構える。
「――終わりだ!」
ヴェリエは、ありったけの力を込めた一閃を放つ。
今までとは比べ物にならないほどの一撃は、ナイトウォーカーの大剣を打ち砕き、その身体を両断した。
断末魔の叫びと共に、ナイトウォーカーは光の粒子となって消滅していく。
(……や、やった……っ! これで、兄さんも、助かるはずだ……っ!)
静寂が戻ったそこで、生き残った騎士たちが、絞り出すように声をあげる。
「……勝った、か」
「……ヴぇ、ヴェリエ様! 大丈夫ですか!?」
「……あ、ああ大丈夫、だ」
最後に放った一撃は、魔法剣だ。
ただ、調子に乗って魔力を消費しすぎてしまい、ヴェリエは疲労困憊で、今にも倒れそうだった。
そんなヴェリエは騎士に支えられている中、ソフィアが口を開いた。
「……私はこのまま、結界の再生を行います」
「……お願い、します」
ソフィアはそう短く返し、ソフィアの魔法が展開されるのを見守った。
彼女の腕を疑うことはない。その証拠に、結界は再び展開され、空間を包み込んでいた淀んだ魔力は、すぐに浄化されていく。
ひび割れた大地には若々しい草がよみがえり始める。
枯れていた木々には、まるで奇跡のように、小さな緑の葉が宿り始めていた。
死の大地とも呼ばれていたそこに、生命が取り戻されていく。
「……おお……おお……!」
生き残った騎士たちが、涙ながらに歓声を上げた。
ナイトウォーカーを倒したという実感と、故郷が再生していく光景が彼らの心を満たしているようだった。
ティグレスを取り戻した一行は速やかにアステリア王国へと帰還した。
王都へ戻ったヴェリエは、すぐさま国王へ謁見し、ティグレスでの一部始終を報告した。
ナイトウォーカーとの死闘、結界の核の再生という奇跡。
その報告に謁見の間が沸き立った。
報告を終えたヴェリエは、すぐに兄カイランが眠る部屋へと向かった。
「兄さん……!」
扉を開けて兄の名を呼んだ。
だが、その声に応えはない。
ベッドに横たわるカイランは、以前と何一つ変わらず、ただ静かに目を閉じたままだった。
一気に不安が込み上げ、ヴェリエは兄のもとへと駆け寄った。
ベッドの傍らに座り、その冷たい手を、祈るように両手で握りしめる。
「兄さん……ただいま、戻りました。……勝ちましたよ。私たちの故郷を、一部ですが……取り戻しましたよ。……ですから、どうか目を、開けてください……」
語りかけるヴェリエ。
その涙が頬を伝い、カイランへと落ちた時だった。
ゆっくりと、その瞼が開かれる。
「……ヴェ、リエ……?」
「兄さん……! ああ、兄さん良かったです、ご無事のようで……っ!」
「……僕は……そういえば、魔物と戦い――」
「ええ。その魔物はもう討伐されました……っ!」
涙で顔を歪めるヴェリエに、カイランは何かを察したようで柔らかく微笑んだ。
「……そう、か。……色々と、苦労させてしまったようだね」
かすれた、しかし確かな兄の声に、ヴェリエは泣き崩れた。
兄が、帰ってきた。これ以上の喜びはなかった。
後に、この戦いはティグレスの奇跡として、歴史に語り継がれることになる。
ソフィアとヴェリエ、二人の力によって、滅びたはずのアルドリアン王国の結界は、見事に再生された。
この偉業が評価された最大の理由は、縮小し続ける結界への、人類初の反抗でもあったからだ。
アステリア王国は大陸における不動の地位を築き、世界に希望をもたらした。
そして、その奇跡を成し遂げた英雄たちの誰もが、同じ一人の男の名を口にした。
ヴェリエを導いた奇跡の剣も、結界再生の礎となった聖女の力も、その源には、辺境の森の魔導鍛冶師――ダリウスの存在があったのだと。
ただ、それでもまだすべての戦いは終わっていない。
アルドリアン王国全土を取り戻す。
まさにこれから、その戦いが始まろうとしていた。
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