第35話



 血と泥に濡れた剣を、ヴェリエは振り払った。

 あくる日も、あくる日も、戦い続けている。

 ひたすらに剣を振るい、魔物の命を奪い続ける。そうして積み上がった骸の山を前にしながらも、焦りが心を支配していた。


 兄カイランの容態が、日に日に悪化していたからだ。

 兄を救うには、元凶であるナイトウォーカーを倒すしかない。

 その居場所が、ティグレスというアルドリアン王国内にある街である可能性が高いことも分かっていた。

 最後、兄が襲われたのがその街だったからだ。だから、まずはティグレスにまで行きたい。


 しかし、今の戦力では、ティグレスにたどり着くことさえ叶わない。だから、今は、ただ目の前の魔物を狩り続けるしかない。

 一つでも多く命を奪い、力を蓄え、ナイトウォーカーの元へたどり着くための、礎とするために。

 魔物を倒せば、その分だけ肉体が成長していくことは、昔から知られていたことだ。だから、とにかく魔物を倒して、倒しまくっていた。

 しかし、それで得られる成長は微々たるものであり、焦りがヴェリエの内心にあった。


 一度拠点に戻ると、ヴェリエは息を整える間もなく、騎士の一人を問い詰めた。


「次の進撃はいつに、なる?」


 その鬼気迫る姿に、護衛の騎士はたまらず声を上げた。


「ヴェリエ様……! 本日はもうお休みください! これ以上は危険です!」

「休んでなどいられない。……早くしなければ兄さんが――」

(私が、強くならなければ、私が――)


 ヴェリエが声を荒らげそうになった時だった。

 ふと、野営地のある地点から落ち着いた空気が流れてきた。

 喧騒が、まるで潮が引くように遠のいていく。

 その変化に、ヴェリエは顔を上げた。


 野営地の中を、一人の女性が静かにこちらへ向かってきていた。

 純白の衣を纏い、その歩みには一切の無駄も隙もない。

 隣には、侍女のような女性が二人付き従っている。

 彼女が放つ穏やかで、しかし凛とした存在感は、この殺伐とした戦場においてあまりにも異質だった。

 そして、女性はヴェリエの前に立つと、優雅に一礼した。


「初めまして、ヴェリエ様」

「……あなたは?」


 ヴェリエの問いに、女性は静かに顔を上げた。


「ソフィアと申します。一応聖女として仕事をしています。陛下のご命令により、結界の調査に参りました」

(……そういえば、聖女様が来られるという話が来ていた、な)

「……なるほど。あなたが聖女ソフィア様でしたか。お会いできて光栄です。……それで、本日はどのような御用でしょうか?」

「結界の再生のため、ご協力をお願いしたく参りました」

「……結界の再生、ですか?」


 それは聞き捨てならない話だった。

 万が一、結界が再生できれば今ヴェリエが抱えている問題のいくつかが解決するからだ。

 反射的に立ち上がってしまったヴェリエは、自らの行いに少し恥ずかしさを覚えつつソフィアへ視線を送る。


「ええ。調査の結果、大聖女様の結界は、大陸各地にある媒体を基点に展開されている可能性があると分かりました。……恐らく、長年の運用に耐えられなかったかあるいは別の原因があるかは分かりませんが……アルドリアン王国のそれが壊れてしまったのだと思います」


 ソフィアはそこで一度言葉を切り、ヴェリエに問いかけた。


「ヴェリエ様は、その媒体の場所に、心当たりはございませんか? もしかしたら、調査し原因が分かれば、結界の再生が可能かもしれません」


 ソフィアの質問にヴェリエは少し考える。


「……いえ、心当たりは……いや、しかし……」

「何か、あるのですか?」

「我が国には、古くから重要拠点とされてきた場所がざいます。歴史書によれば、王国はその地から発展していった、と。……もしかしたら、そこに何かあるのかもしれません」

「……なるほど。それらの場所はどちらになりますか?」

「首都アルドリアンとティグレスという街になります」


 ヴェリエは部下に地図を持ってきてもらい、その場所について示していく。

 現在の野営地からの距離を確かめるように、ソフィアは地図を覗き込んでいる。


「ここから近いのは……ティグレスですね。分かりました。少し調査に行ってきます」


 ソフィアが事もなげに言うと、ヴェリエは驚いて声を上げた。


「ティ、ティグレスに、ですか!? お一人で!?」

「ええ」

「……あの地はすでに魔物の巣窟と化しております。聖女様とはいえ、あまりに危険です! それに、ティグレスには……私の兄の魂を食らったあのナイトウォーカーがいるはずなのです!」


 ソフィアは、ヴェリエの悲痛な訴えを、静かに受け止めた。


「そうでしたか……。であれば、なおさら私が行かなければなりません」


 再度そういった彼女に、ヴェリエは黙っているわけにはいかなかった。

 多少の恐怖心はあったが、それでも兄を助けるため、ヴェリエはすぐに声をかけた。


「ソフィア様……私にも、同行させてほしいです。……兄を、助けたいんです。我々が同行することをお許しいただけませんか?」


 ソフィアは、すぐには答えなかった。

 少し考えるような素振りを見せたあと、小さく頷いた。


「……そうですね。分かりました。ヴェリエ様、ご同行をお願いします。……あまり現地には詳しくありませんし、案内できる方がいた方がいいですしね」

「……分かりました。必ずあなたをお守りしましょう」

「大丈夫です。自分の身は自分で守れますので。皆さまも、ご自身の体を気遣ってください」

「……はい。出発はいつ頃になりますか?」

「明日の朝にしましょう。一日で終わらせたいので、朝早くに出発します」

「ええ、分かりました」


 ソフィアが立ち去った後、ヴェリエは一人、小さく息を吐いた。


(……ティグレスまで、たどり着けるかどうかは分からない。だが、兄を救うには……今しかない……っ)


 一刻も早くナイトウォーカーを討伐しなければ、手遅れになるかもしれないのだ。

 本当は、今すぐにでも出発したい気持ちをこらえるように、ヴェリエは胸元にあるネックレスを強く握りしめた。

 兄だけではない。逃げ延びた民の、亡くなった全ての国民の想いが、今、この両肩にのしかかっている。


(……何としても、やらなければ。戦うのは……まだ怖い。……結界外に行くのだって怖いけど……それでも、頑張らないと)


 万全の状態で、明日の戦いに臨むため、ヴェリエは休養に努めた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る