第19話






 ダリウスの工房を後にしてから数日後。アリアは騎士団の仕事へと戻り、バルドゥスも――自身の責務を果たすためにダンジョンへと来ていた。

 ダンジョンの最奥部にて、ただ一人。


 目指すは、このダンジョンにいるグリムリーパー。

 かつて、バルドゥスが騎士団長として率いた精鋭部隊を、蹂躙し、彼自身にも深い傷と、生涯忘れることのできぬ屈辱。

 そして何よりも大切な仲間たちを解放するために、バルドゥスはこの場へと来ていた。

 グリムリーパーに殺された者の魂は、その大鎌に囚われ、永遠に苦しみ、使役されるという。

 この十数年、バルドゥスは、かつての部下たちの魂を解放するため、王都の、いや、大陸中の名だたる実力者たちに、この魔物の討伐を幾度となく依頼してきた。しかし、そのどれもが失敗に終わっていた。


 バルドゥス以外の強者がこのダンジョンの奥深くを訪れても、グリムリーパーは決して姿を現さなかったのだ。グリムリーパーは自分が確実に勝てる、あるいは弄ぶことができると確信した相手の前にしか姿を見せないのかもしれないと考えられるようになった。


 だからこそ、バルドゥスは自分自身で片をつけるしかなかった。

 仲間たちの魂を解放したい。その一心で、彼は老いた身に鞭打ち、再びこの呪われた場所へと一人で足を踏み入れたのだ。


 ――そして、そいつは姿を現した。

 

 ボロ布を継ぎ接ぎしたかのような漆黒の外套を纏っている。ただその魔物の異様さは今日も十二分以上に理解させられる。


『ククク……クカカカカ!』


 グリムリーパーは、バルドゥスの姿を認識すると――嗤った。

 無数のガラス破片を擦り合わせたような、聞くだけで鼓膜と精神を同時に苛む不快な響きとともに。

 周囲の瘴気が、その声に呼応するように濃くなっていく中、バルドゥスは大きく呼吸を行い、剣を握り締めた。


「貴様を……この手で葬り去ろう。そして……今日で、全てを終わりにしてやる」


 バルドゥスは静かに剣を構える。ダリウスが再調整してくれた長剣を握り締めた瞬間、剣が応えるかのように、刀身が淡い光を放った。

 この場に来る前に、バルドゥスはその剣の途方もない力を十分に理解していた。ダリウスの工房を後にしてからというもの、この剣を振り続け、己の魂と剣を同調させるための訓練を重ねてきた。

 その力は、バルドゥスがこれまでの生涯で手にしてきたいかなる名剣をも遥かに凌駕するものであり、なおもまだ、この剣の全ての力を使いこなせているという感覚はなかった。


『クカカカッ!』


 グリムリーパーが再び嘲笑と共に大鎌を虚空に振るうと、その切っ先から黒い霧が噴き出した。

 そしてそこから、苦悶の表情を浮かべた半透明の人影が、次々と実体化し始める。

 その数は、数十にも及ぶ。だが、すべての顔に見覚えがあった。

 かつての仲間たちだ。


 若き日のバルドゥスの副官であり、彼の右腕とまで言われた剣士ライナス。誰よりも屈強な体躯で、常に仲間たちの盾となり続けたボルグ。そして、部隊の紅一点であり、その弓術は百発百中と謳われた女射手エルザ。


「タスケ……テ……」

「バルドゥス……サ……ン……」

「クルシ……イ……」


 魂たちの口から、途切れ途切れの、しかしあまりにも痛切な助けを求める声が漏れ聞こえてくる。

 しかし、バルドゥスの心は、嵐の後の街のように驚くほど静かに落ち着いていた。


(……ああ、そうか)


 バルドゥスは、その心の平穏が、手に握る剣から伝わってきていることを理解した。ダリウスが打ち、魂を込めてくれたこの剣が、「落ち着け」と、無言のうちに語りかけてくれているかのようだ。


 この剣のおかげで、心に余裕が生まれている。

 ――自分はこの場所に一人で来たわけではない。

 志半ばで倒れていった仲間たちの魂、かつて剣を高め合った好敵手たちの記憶、そして何より、この剣を託してくれたダリウスの信頼。その全てを、今、この腕に背負っているのだ。


(ダリウス殿……そして皆……。ここで負ければ……儂は、彼らの誇りにも泥を塗ることになる、か。それは――できぬな)


 バルドゥスは、改めて剣を握り締め、気合を入れなおす。そして、苦しむ仲間たちの魂へと、穏やかに、しかし力強く語りかけた。


「皆。……もう、苦しむことはない。これから救う」

『クカカカカッ!』


 バルドゥスの静かな宣言を嘲笑うかのように、グリムリーパーが甲高い笑い声を響かせた。その号令のもと、魂たちはバルドゥスへ一斉に襲いかかってきた。

 ライナスが雷光のような剣閃を放ち、ボルグが巨体を生かした突進を繰り出し、エルザの放つ魔力の矢が正確にバルドゥスの急所を狙う。

 生前の彼らの強さ、癖、そして連携までもが忠実に再現された、情け容赦のない波状攻撃。


 だが、バルドゥスは冷静だった。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る